第10話 聖女の護衛

「聖女様、本日はわざわざお越しいただきありがとうございます。」


 ミツキは王宮にある王都騎士団詰所を訪れていた。

 教会を訪れていたティエリ伯爵とは一緒に戻って来たが門のところで別れ、今は教会の従者やシスターだけを伴っての訪問だった。そこで、本日の訪問先である第5騎士団の副団長と挨拶を交わしていた。


「こんにちは!いつもお務めご苦労さまです。」


 定期的に実施している騎士団の巡回訪問という名の出張回復サービスだった。

 教会からすると、この国の防衛戦力に対して教会の有用性と友好をアピールすることを狙っているが、ミツキにとっては知り合いに会いに行くお出かけの認識だ。

 騎士団側も団員の士気高揚と更に訓練後の治療も進むと、こちらも歓迎していた。


「まずはいつものように訓練の様子を見て頂き、その後治癒の施しをお願いしたいと思っております。よろしいでしょうか。」


「はい!よろしくお願いします。」


 王都騎士団の、特に若手の面々は麗しの聖女様の見学というイベントに、より一層奮起し、いつも以上に張り切って模擬戦に臨んだのは仕方ない事だった。その結果、怪我人も増えるのだが、治療までがワンセットなので問題ない。


 模擬戦もそろそろ終えようとした時に彼女が現れた。


「あ、エルザさん!」


 近衛騎士団を離れ、教会へ出向する手続きを進めていたが、ようやく本日から聖女付が許されたのでこのタイミングでの合流となり、早速駆けつけたのだ。


「聖女様、護衛でありながら遅参してしまい誠に申し訳ない。これからは常にお側で護らせて頂きたい。」


「今日から一緒なんですね。嬉しいです。」


 聖女に加えて騎士団のアイドルが加わった事でより一層、騎士たちも盛り上がりを見せていたが、一部この状態に不満をもつ輩も存在していた。

 ルベーグ小隊長は第5騎士団の中では中堅で、それなりの実力者でもあると自負している。彼からすると未熟な技量で聖女様に良いところを見せようと浮かれ立つ団員にも不満だったし、更に後から来て付き添うように聖女様の横に立ったエルザの実力にも疑問を持っていた。


「エルザ殿、折角ですから私と一手、手合わせお願いしたい!」


「私は護衛としてここに居る。申し訳ないが側を離れるわけにはいかない。」


 即答で断られても彼は引かない。


「ここには実力者揃いの騎士団の面々が周りを護っております。護衛としては十分で、聖女様も安心でしょう。模擬戦の相手は問題ないと思いますが。」


 エルザの実力を侮った挑発であったが、この場の責任者である副団長は離れた処におり、発言を咎める者がいなかった。

 

「役割を果たすのが護衛騎士の本分。お側を離れるわけにはいかない。」


「先日、稽古でも大怪我をなさったとか?実力が伴っているか分からなければ、聖女様も不安を抱かれましょう。この試合で直接確認できれば、ご安心いただけると考えますが。」 


 自分の方が実力もあり、何なら護衛にも相応しいとも思っているルベーグ小隊長は挑戦的な物言いが止まらない。


「エルザさん、私もエルザさんの戦ってるとこ見たいです! (エルザさん!何か嫌な感じです!エルザさんの強いトコ見せつけて下さい!)」


 ミツキはルベーグ小隊長の言い方にちょっと怒っていたので、エルザにお願いしつつ小声で付け加えていた。

 エルザはビックリしたように聖女ミツキを見て、頷いた。


「聖女様のご要望であれば是非もありません。」


 二人は模擬戦をすることになった。

 ようやくこのトラブルに副団長も気付いたが、双方と聖女様も許可してるとの事で容認せざるを得なかった。




「怪我の具合は大丈夫なんですか?本気で動けないなどと言い訳されても今更聞けませんよ。」


「問題ない。もちろん全力で行かせていただく。」


 直前まで挑発を受けたが、エルザは淡々と返していた。


 開始の合図が告げられ、即、両者は勢いよく飛び出した。


 流石はお互い練達の動きで、鋭く踏み込み正面から剣を打ち交わす。

 ルベーグは内心驚愕していた。

 幾ら元王妃付きの筆頭護衛騎士とは言え女性ばかりの中での筆頭。自分たち日々鍛錬している男性騎士とは比較にならないだろうと侮っていたのだ。

 実際にぶつかってみると、受け止めるのも難しいだろうと思いつつ放った自分の十分に体重を乗せた打ち込みを正面から受け止められ、更には押し返される勢いだ。


 一旦お互い距離を取り、再度踏み込んでは二度三度と剣を打ち交わす。

 今現在、ルベールの見立てでは互角よりやや分が悪い。当初単純な力勝負で押し切れると楽観していたが、このままではマズイと判断し作戦を切り替えた。

 フェイントやテクニックを駆使した剣技勝負にすれば、流石に騎士としての経験の多い自分が上回るだろう。

 しかし、まさか剣技まで使わされるとは!随分と計算が違ったがこれで終わりだ。


 ルベールはテクニックを駆使し、打ち込まれた剣を逸らすと同時に絡め取り弾き飛ばそうとした。


 その瞬間、またしても、そして致命的となる驚きに目を見張り、敗北を予感した。


 弾き飛ばされたのは自分の剣だった。そして直後に首元に突きつけられるエルザの剣先。


「そこまで!勝者エルザ殿!」


「やったー!エルザさん強い!」


 エルザは特に喜びを表に出すこともなく、一礼して下がっていった。


「さすがエルザさんです!なんたって筆頭護衛騎士ですもんね!」 


「いえ、その役目は既に辞しております。それに今の私ではスピード、威力共に聖女様の域には届いておりません。」


 ルベールはエルザの言っている後半の意味は理解できなかったが、自分が完全に負けたことは理解した。


「くっ!ま、負けました。力量を疑ったこと大変申し訳ないっ。」


「ルベール殿こそ良い打ち込みだった。最後、小手先の技でなく正面からの攻防を続けたらもう少し情勢は変わっただろう。」


「エルザ殿…」


 ルベールは虚を突かれた顔で見返していた。まさか罵倒されることは有っても評価されるとは思っていなかったからだ。確かにもう少し正面からの正攻法を継続すれば長期戦となり体力勝負で巻き返しができたのかもしれない。しかし。


「いや、それでも結果は変わらないでしょう。基本から鍛え直します。」


 すっかり大人しくなったルベールを見て副団長もホッとした顔をしている。聖女関係者との軋轢なぞ避けるに越したことはない。

 

 この後全ての模擬戦を終え、怪我人とは思えないにこやかな顔の団員たちを治療して、この日の騎士団訪問は終了した。



帰り道、エルザが小声でミツキへ話しかける。


「聖女様、不穏な気配がずっと付き纏っております。対処しますか?」


「んー、そうなんですよ。でもストーカーユリアンさん自身は付き纏いでなく護衛してるって言い張ってるんですよね。実害は出てないし最近はちゃんと言う事も聞いてくれて部屋の覗きはしてないので、今はそのままで!」


「っ!…では、そのように。不貞な輩共含め、近接警護は私にお任せを。」


 聖女の周辺警護はコンスタン司教の心配など吹き飛ばすレベルで着々と強化されて行くのだった。

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