第40話 お出かけ② —初対面—

 空也くうやが向かったのは、自身の泊まっている宿だ。


 空也は三人——皐月さつき沙希さき、ヒナ——を残して宿に入り、一人の人間を連れ出した。

 その人物、愛理あいりは最初は困惑した表情だったが、皐月を見ると慌てて姿勢を正した。


「えっ、く、九条くじょう家のご息女⁉︎」

「あら、私のことをご存知なのですか?」

「は、はい。以前何度かお顔を拝見させていただいたことがあって——」


 ガチガチに固くなっている愛理を見て、空也は小さく吹き出してしまった。愛理が言葉を止めたのはそのためだ。


「空也君?」


 皐月にジト目で睨まれる。


「ごめんごめん。愛理が期待以上の反応をするものだから、つい」

「だ、だって空也、友達を連れてきたって言うから、てっきり冒険者仲間でも呼んできたのかと……」

「意外に悪戯好きなのですね、空也君は」


 クスリと笑った後、皐月は姿勢を正して愛理に向き合った。


「改めて自己紹介をさせていただきます。私は九条皐月。九条家の一人娘です。そしてこの二人は早坂はやさか沙希さき福島ふくしまヒナ。私の護衛兼友人です。愛理さん、これからどうぞよろしくお願いします」


 皐月に手で示された二人は、綺麗な所作で礼をした。護衛隊の隊服こそ着ていないが、そこには職業魂が感じられた。


「よ、よろしくお願いします」


 深くお辞儀をする愛理の表情は、緊張で固まったままだ。


「愛理。皐月さんは一つ年下だし、沙希さんと福島さんは同い年だから、そんなに緊張しないで良いよ」

「ええ、でも……」

「そうですよ」


 皐月が戸惑う愛理に頷きかける。いつになく積極的だ。


「愛理さんにも空也君のようにフラットに接していただけると嬉しいのですが……。公の場以外ではあまり仰々ぎょうぎょうしいのは好きではありませんし、それに私、同年代の女の子の友達というものが夢だったのです。沙希やヒナはそれに近いですが、どうしても立場が付きまとうときが多いですから」


 その言葉は、単なるフォローというには熱がこもっていた。そもそも、愛理をフォローするだけならここまで言う必要はない。

 その熱量は愛理にも伝わったようだ。


「わ、わかった……皐月ちゃん」


 相当勇気を振りしぼったのだろう。愛理の頬は引きつっており、声は尻すぼみに小さくなっていた。

 それはとても「同年代の友達」に向ける態度ではなかったが……、


「皐月ちゃん……良い響きです」


 皐月は、噛みしめるようにそう呟いた後、花が咲いたような笑みを浮かべた。


「改めまして。よろしくお願いします、愛理さん」

「……うん!」


 頷く愛理の表情は、皐月たちと出会ってから初めて浮かべる自然な笑みだった。




◇ ◇ ◇




 引き合わせて正解だったな。

 四人の楽しそうな会話を聞いて、空也は安堵あんどの息を吐いた。


 愛理と沙希、ヒナはお互いを呼び捨てしているし、愛理と皐月の波長も合うようだ。


「……あっ」


 そして空也はもう一人、この集団に入れるべき人物の魔力を捉えた。


「どうしたの?」


 沙希が聞いてくる。


片桐かたぎりさん見つけた」

「えっ、どこですか?」

「あっち」


 空也は南西を指差した。


「……確かにいますね」


 ヒナも【索敵】で捉えたようだ。


「沙希は?」

「いえ」


 皐月の問いに沙希は首を横に振る。

 彼女は【索敵】が得意ではない。ミサがいる場所までは距離があるため、仕方ないだろう。


「結構遠いですよ、ミサ様がいるのは……瀬川せがわ様、常時【索敵】を発動させているっておっしゃっていましたけど、ずっとこんな広い範囲を?」

「まさか」


 空也は笑って首を振った。


「いつもはもっと狭いよ。ただ、たまに気分で【索敵】の範囲を広げるんだ。今回はそれに引っかかっただけ」

「気分で、ですか……やっぱりすごいですね」


 ヒナが苦笑した。


「瀬川様にコツを教えてもらって以来、結構上達はしているのですが……なかなか瀬川様の領域までは達せませんね。ね、沙希?」

「う、うん。私も特に【身体強化しんたいきょうか】とかは良くなってきているけど……」


 沙希は、彼女にしては珍しくどもりながら頷いた。

 その理由を空也はすぐに察したが、言及はしなかった。


「【索敵】と【身体強化】は、飛び抜けて僕の得意分野だからね。負けるわけにはいかないよ」

「いいえ。絶対追い抜きますからっ!」


 ヒナがグッと握り拳を作った。その横で頷く沙希も、その気がないわけではなさそうだ。

 前向きになれたみたいだな、と空也は安堵した。


「ミサがここにいるってことはオフですよね?」


 皐月が話を戻した。


「せっかくなら会いに行きましょうか」

「いや、ちょっと遠いから僕が呼びに行ってみるよ。市場とは逆方向だし、片桐さんに予定でもあったら無駄足になっちゃうから」


 じゃあ待ってて、と言い残し、空也は小走りでミサのいる方角へ向かった。




◇ ◇ ◇




 ミサは目的もなくブラブラしていたようで、空也が誘えば二つ返事で乗ってきた。


 愛理とミサはどちらも明るい性格だし、すぐに打ち解けるだろうと空也は思っていた。

 そして事実、二人はすぐに仲良くなったのだが……、


「あっ、これ似合いそう! 愛理、着てみてよー」

「えっ、こ、これっ? これはちょっと——」

「良いから良いから!」


 困惑する愛理に服を持たせ、ミサが試着室に押し込んでいる。文字通り、愛理を着せ替え人形にして楽しんでいるのだ。


「ちょっと相性良すぎたかな……」


 そこには初対面の者ばかりの愛理への気遣いという意味合いもあるのだろうが、単純に愛理をおもちゃにして楽しんでいる、という側面も決して小さくはないだろう。

 その勢いは、セールスをしようとしている店員ですら近寄れないほどだ。


「愛理さんはイジられ役なのですか?」

「まあ、素直だから揶揄からかい甲斐はあるよね」

「ああ……」


 皐月が納得したように頷いた。


「ヒナが清楚で純粋になった感じ?」

「それはもう別人ね」


 沙希の例えに皐月がツッコミを入れて、笑いが起こる。


「どちらかといえば、萌波もなみちゃんが純粋に育った感じかもね」

「あっ、何となくわかる」


 二人と雑談を交わしていると、ヒナが近づいてくる。


「ねえ沙希、これとこれどっちが良いかな?」

「水色」


 間髪入れずに沙希が答えた。皐月が小さく吹き出す。


「……黄色とピンクなんだけど」

「……ピンクのほうがヒナのイメージに合う」

「ピンクね、了解!」


 ヒナが奥へと引き返していく。

 入れ替わるようにミサがやってきた。と思えば、ちょっと来て、と皐月を引っ張っていく。


「……皆の買い物は退屈がないね」

「確かに」


 沙希が苦笑した。


「おーい、瀬川君ー」


 ミサが試着室から顔を覗かせ、手を振っていた。


「何?」

「ちょっと来て」


 空也は沙希とともにミサの元に向かった。

 すると、試着室には頬を薄く染めた皐月がいた。


「どう? ミサ特製大人の皐月ちゃん!」


 ミサがドヤ顔で皐月を示す。


「料理みたいに言っているのは置いておくとして……すごく似合っているし、綺麗だと思う」


 ただ、と空也は言葉を詰まらせた。


「ちょっと露出が多い」


 沙希がその先を引き継いでくれる。


 皐月の着ている服は、上は両肩の見えるもの——オフショルダーというらしい——だった。お腹も少し覗いており、下は太ももの見えるショートパンツだ。

 空也の周囲には美少女が多いが、バランスという意味では皐月が一番だ。そんな彼女が露出多めの格好をすれば、男にとって刺激的な絵になるのは間違いなかった。


「そ、そうですよねっ」


 皐月がさらに顔を赤く染める。やはり、彼女もこの格好には抵抗を覚えていたらしい。

 やっぱり恥ずかしいです、と皐月は試着室に引っ込んだ。


「えー、良いと思ったんだけどなぁ」


 ミサが残念そうに呟いた。


「皐月さんはもっと清楚なものが良いんじゃない?」

「それだと王道すぎて面白くないじゃん」


 空也は苦笑した。悪戯好きなミサらしい意見だ。


「空也ー」


 愛理がやってくる。


「愛理、どうしたの?」

「これとこれ、どっちが良いと思う?」


 愛理が左右の手に持った服を交互に見せてきた。


「うーん……オレンジのほうが似合うかな」

「ホント? じゃあそうするー」


 ありがとう、と笑い、愛理はズボンの売られているコーナーへ歩いて行く。


 すごい信頼ね、とミサが呆れ気味に呟いた。


「なぜかね」


 空也は苦笑を浮かべた。




◇ ◇ ◇




 程なくして、ミサと空也は飲み物を買うために二人で歩いていた。他の四人は席を確保している。


「ちょっと愛理で遊びすぎちゃったかな?」


 反応が面白くてつい、とミサは頭をいた。


「まあ大丈夫じゃない?」


 ミサは半分本気で反省していたが、空也の返答は軽いものだった。


「ああ見えて愛理は、本当に嫌なことなら嫌って言える子だから」

「そっか」


 ミサが息を吐いた。そして呟く。


「愛理のこと、すごく大切に思っているんだね」

「どうしたの? 急に」


 空也が不思議そうにミサを見た。


「いや、今の目とか口調がすごい優しかったからさ。大事な存在なんだなーって」


 普段から空也の表情は優しげではあるが、愛理のことを語る空也のそれは、いつも以上に温かいものだった。


「それは間違いないね」


 空也は迷わずに頷いた。


「知り合ってからは結構一緒にいるし。多分、一番一緒にいたんじゃないかな」

「付き合ってはないの?」

「うん。愛理はどちらかと言うと妹……かな。義理の妹に似ているんだ」

「なるほど。妹ね」


 ミサはウンウンと頷いた。

 空也の場合は本当にそう思っていそうだが、男の子の言う「妹」は、大抵は女の子への好意を隠すための表現だ。


「それより片桐さん」


 ニヤニヤと笑うミサに、空也がやや真剣な口調で問いかけた。

 彼が遮音の結界を張ったので、ミサも気持ちを切り替える。


「魔物の中規模ハザード、どんな感じだった?」


 空也の問いは、ミサの予想通りのものだった。

 二人で飲み物を買いに来ているのも、空也がミサに目配せをしたからだ。その時点で、何か重要な話があるのだろう、とミサは推測していた。


「うーん」


 ミサは当時の状況を頭に思い浮かべた。


「これまでに比べるとスパンが短い、同時に二箇所で起こるのは珍しいってこと以外は特には……ああでも、魔物が少し手強かったな」

「強かったってこと?」

「うーん、強かったと言うよりは、なんか賢かった気がするんだよね。被害自体は少なかったけど、いつもよりうまく避けられたり防がれたりして時間がかかったって印象だった——まあ、気のせいだと言われちゃったらそれまでなんだけど」

「いや、信じるよ」

「……えっ?」


 魔物が賢くなるなどということが非現実的なのは、ミサ自身が一番わかっていた。

 他の冒険者はほとんどそんなこと感じていなかったようだし、具体的にどのように賢かったのか、と聞かれても答えられないほど感覚的なものだったからだ、


 だから、その話をあっさりと受け入れた空也に、ミサは意外感を覚えていた。


「……信じてくれるの?」

「もちろん」


 空也は口元を緩めて頷いた。


「魔物の行動が通常と異なる例なら、身を持って体感しているからね」

「そっか。【ファング・ハント】!」


 ミサは手を叩いた。


「そういうこと」

「それで、私に魔物のハザードについて聞いてきたんだ? ——瀬川君と沙希が対峙したっていう、ローブ男の仲間がいたかどうか知るために」

「さすが、察しが良いね。でも、その言い方だと——」

「君ほどの【索敵さくてき】使いはいなかったから断定はできないけど、少なくとも近くには魔物を操っていそうな奴はいなかったよ」

「そっか……」


 空也は考え込むように、視線を下に向けた。


「まあ、そんなことは今考えても仕方ないし、ぼちぼち戻ろうよ」


 ミサは空也の袖を引っ張るが、彼はその場を動こうとしなかった。遮音の結界も維持したままだ。


「瀬川君?」


 ミサが声をかければ、空也は何かを決意したような表情でミサを見た。


「片桐さん」

「な、何?」

「一つ、君に話しておきたいことがある」

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