2節 フリバー・ライヘルド8


 「――午後5時か、そこまで長話は出来ないな…」

 宿屋に戻って来たのは、それから一時間程。

 部屋の中心にある、小さなテーブルの前で、時計を確認しながら、フリバーは小さく呟いた。

 ――夜が無いと言うのは本当に不便だ。時間間隔がおかしくなる。

 長い話になりそうだが、流石に今日出会ったばかりの人物を何時間も留めて置くことは出来ない。

 一応、今日の所は最低限の情報を交換して解散するとしよう。長くても後2時間が限界だろう。


 「………おい、それなんだ?」

 「――は?」


 そんな事を考えていると、ブレイルが後ろから、のぞき込むように不思議そうに声を掛けて来た。

 彼が指差すのはフリバーが持つ時計だ。

 ――、一瞬冗談かと思ったが、その目に嘘は混ざっていない。


 「……時計だ。時間を把握するための道具……って此処まで説明する必要あるか?」

 「へー。それ、時計って言ったのか……。あー、そういやエルシューのとこも同じようなのが嵌まっていたよな。もっとでっかい奴。いやー、存在は知ってるし、リリーから持って置けって渡されたんだけど、正直どうやって使うか、知らなかった」


 ――あ、まじか。

 フリバーは固まった。此処まで時計の存在知らない人間要るんだ――と。

いや、しかしブレイルは生粋の異世界人だ。

 正直、フリバーですら時計を見たのは、少なくとも彼此18年ぶりとなる。

 つまりはフリバーが転生した先の世界でも時計と言うものは存在していなかった。いや、厳密に言えば存在してはいたが、貴族と呼ばれる人種だけが使用していたものだ。

 そもそも冒険で時計はあまり意味をなさないからなのだが。いや、それは今関係ないけど。そもそも時計で時間をつぶすわけには行かないんだけど。

 だから多分。ブレイルの世界も時計なんてモノは存在していなかった。そう考えよう。

 ――しかし。


 「……お前、一か月間、いたんだよな?どうやって生活……。時間確認していた?太陽も落ちない、落ちないどころか同じ場所に在り続けている世界だぞ?朝と夜の区別どうやって見分けていた?」

 「――?……いや、毎日死を探して走り回って、腹が減ったら食事して、疲れたら家に帰っていた。周りから人が居なくなった頃が夜だろうなぁと判断して、朝帰りしてパルとリリーによく怒られる」

 「……」


 ――体力お化けの馬鹿かな?

 そう思ったが、我慢する。……仕方がないので帰りにでも時計の読み方を教えてあげることにした。


 まぁ、時計の話はそこまでにしておいて、コホンと咳払いを一つ。

 とりあえず、目の前のテーブルを挟み、椅子に座ってもらう事に。ブレイルと反対側の椅子に座って。ようやく本題に入る。

 すなわち、“死”とこの”世界”についてだ。


 「で、ブレイル……だったな。お前も同じだろうが、俺はお互いの話を聞きたい。“死”についてとこの異世界についてだ」

 フリバーの言葉にブレイルは静かに頷いた。

 ブレイルの性格を考えながらフリバーは話を始める。一番に思い付いたのは自分たちについてだ。一先ず、自己紹介しておく必要がある。その方がスムーズに話が進むのは確かに思えたからだ。

 だって、先に自己紹介しておかないと、こういう輩は絶対途中で話の腰を折ってくる。

 

 

「一応改めて自己紹介しておく、俺はフリバー。フリバー・ライヘルド。冒険者だ。……一応聞くが、俺の名前と、それからギルド『メレディス』。この名前に聞き覚えはあるか?」

「?いいや。お前の名前もその『ギルド』?とかいう物も聞いたことない。何かあるのか?」

 「……いや、俺はコレでも結構な有名人なんでな。メレディスってギルド名も俺の世界では知らない奴の方が少ない。だからちょっとした確認だ。――先に言っておくと、俺もお前の名前は知らん。聞いたこともない」

 一応の確認であったが、こうなればやはり、お互い別の世界の異世界人と考えてよさそうだ。

 フリバーは、一応「お前は?」とブレイルに問う。


 「俺はブレイル・ホワイトスター。さっきエルシューが言った通り、勇者だ。証明になるかは分からないが、この剣は勇者にしか触れない聖剣だ。……俺も同じように元の世界では名が通っている。知らない方が可笑しい。だから互いを知らないのなら、本当に異世界人なんだろうな」


 ブレイルも正直に自身を名乗った。どうやら彼も同じ考えに至ったようだ。

 しかしと、フリバーは少しだけブレイルが言った聖剣を見る。

 何か特別な剣だと思っていたが、聖剣だとは思いもしなかった。彼が歩んだ人生は興味が無いと言うと嘘になるが、簡単に表せば王道RPGの主人公となるのだろう。

 何にせよ、これ以上ここでお互いの存在を疑っても時間の無駄だ。自己紹介はここで終わりとする。ここからが本題だ。


 「じゃあ、ブレイル。俺はこの世界について情報が欲しい。なんせ、俺はここにきて二日しか経ってないからな。だから、まだ本題については一先ず置いておいてくれ。まずはこの街の神について、世界について、何でもいい。教えてくれ」

 「え?」

 フリバーの問いを聞き、ブレイルは一瞬不満そうな顔をした。きっと彼は“死”について話し合いたいのだろう。

 しかし、フリバーの状況も彼なりに把握したらしい。「分かった」と一言。

 少しの間、ブレイルは口を開いた。


 「まず、この”異世界”に名前は無い。『“街”』があってそこに人間と神様が共存して暮らしている。種族で言えば人間しかいないらしい。えー、俺の世界ではモンスター…魔族っていう人とは違う姿形の存在がいるんだが、今のところはそういったモノは暮らしていない」

 「……」

 1つめの情報はフリバーも知っている事が多かった。

 ただ、「人間以外の種族がいない」と言うのは初めての情報だ。

 モンスターはフリバーの世界にも居る。しかし、その他の種族は?


 「……俺の世界にはエルフ――……耳が尖がっていて長寿の種族やら、ドワーフと言った体格のいい種族…所謂人間以外の種族も暮らしている。この異世界には、そういったやつもいないのか?」

 「そういった存在がいるのか?……俺は見たことが無いから分からないが、少なくとも、そういった特徴の奴はこの街でも見たこと無いな。人間と神。二つだけだ」

 「……」

 この異世界には人間と神しか住んで居ない。これは確かなようだ。

 続いてブレイルは口にする。


 「それから、“神”……についてだが、あいつらは他人の姿に化けて“街”に溶け込んでいる。それも“異世界人の姿“をとっているようなんだ」

 「――は?」

 唐突な2つ目の情報。この一言には声を漏らすしかなかった。

 フリバーの様子を見て、ブレイルも頭をかいた。彼の反応は良く分かるからだ。

 しかし、ブレイルからすれば事実であるのに違いない。

 「あー、なんというか」なんて一呼吸おいてから話をつづける。


 「少なくとも俺は一ヶ月の間に12人の神様に会った。一人はエルシュー、一人は“死”、一人は“医術”と名乗ったな。他にも9人。その12人の中で4人が俺の知っている人物…『そのもの』の顔をしていた。…背格好と声はちがうが……」

 「――まて、意味が分からん。どういう事だ」

 話を聞いても理解ができなかった。

 もっと詳しく話せと眉を顰める。

 ブレイルは少しだけ悩む、どう説明すればいいか。そんな顔をして、ゆっくりと状況を説明する。


 「だから……。まず一人、医術の神を名乗ったアクスレオスってやつがいるんだが、どういう訳か、そいつの顔が俺と一緒に旅をしていた仲間と瓜二つだったんだ。……いや、瓜二つってレベルじゃない。全く同じ顔をしていた。背格好は多分少しだけ違う、性格と声は全く違う。」

 「…………」

 「他にも三人、知っている顔に会った。まずカルトって……“神”だ。――そいつの顔はパルと同じ顔だった。背格好も同じだ。……声は違う」

 『カルト』――名前だけは知っている。パルと言う人物は先程からブレイルがちょくちょく出している、彼と一緒にやって来た仲間。しかし疑問に思う。今の説明、妙に曖昧だ。曖昧過ぎる。何故、そんな曖昧なのか。

 それでも話の腰を折るとこはせずにブレイルの話を聞く。


 「一人は、名前は分からない。――俺が昔倒した盗賊の頭領の顔をしていた。こっちも同じだ。背格好は同じで声だけが違う。そして、一人は、知り合いと言うか、なんと言うか……」

 ブレイルが目に見えて言葉に詰まる。

 まるで、どう説明すればいいのか。そう言うようだ。


 「なんだ。話せ」

 「……一人は、俺の世界の大昔の偉人だ。肖像画でしか見たことのない大昔の英雄。絵でしか見たこと無かったが、アレは間違いなく俺の世界の大英雄さまだった。こっちでの名前はゲレル。光の……“神様”だ」


 長い沈黙の後、ブレイルが言葉にする。

 しかし信じるに信じられない。ブレイルが一瞬言葉に詰まった理由が良く分かった。

  ――神様が、他人の姿をしていて、それも『異世界』の、大昔に死んだ人間の姿をとっているとか。信じられる話じゃない。少なくとも、フリバーの出会った三人の神は知らない顔だ。


 「――信じられない。俺は三人の神に会った。一人はエルシュー。あいつは初めて見る顔だ。それから“死”だ。いや、こいつは顔が見えなかったか。……だが」

 「その“死”はアドニスっての姿をしている。――アドニスってのは俺らと同じ異世界人の男だ。アドニス本人と比べると“死”は酷く幼いが、間違いない。顔は見てなくても姿は見ただろ?」

 「――」

 フリバーは言葉を失う。

 確かに、あの“死の少女”はどう見ても少女の背格好では無かった。

 しかし、そう説明されれば納得ができる。

 『異世界の男の姿をとっていた』

 それなら、少女にしてはあまりに大きかった姿に理解できる。


 「――おいブレイル。12人中4人が知っている姿って言ったな。じゃあ、その残りの知らない8人、それに“死”と、それからエルシューも含まれているのか?」

 「うん?ああ。少なくとも俺は初めて見る顔だったからな」

 「だったら、後6人か?なら、そいつらの外見の特徴を教えろ」

 「え?あ、ああ分かった」


 突然の要求にブレイルは戸惑いを見せた。しかし、素直に応じる。

 ブレイルは思い出しながらエルシューを除いた残りの6人の特徴上げていく。

 一人一人、出来るだけ丁寧に。

 髪の色や髪型と、瞳の色に顔立ち。黒子や傷跡など特徴があるならそれも。

 その6人の特徴を聞いて、フリバーは大きく息を付いた。


 ――聞いた限り3人、知っている“人物”がいる。


 「――信じる。今お前が言った愛の神と恋の神は俺の知り合いの姿だ。そして、もう一人はお前と同じだ……。俺の世界で英雄と言われていた女騎士の容姿に酷使している」

 ブレイルは「ほらな」と笑う。

 彼が出会ったと言う12人の神のうち、合計7人。

フリバーとブレイル、2つの世界の住人の顔をしているのだ。


 ――信じがたい。しかしこれは事実だ。

 確かにこの世界の神は『異世界の住人』の姿をしている。

 それも見かけだけでは”神様”の。――いや。

 

 「――……その殆どが姿って事で良いのか?」

 「ああ、少なくとも“死”、エルシューと“医術”を除く全員、9人は女の姿をしていたな」

 「いや、補足しておく。10人だ。――俺も最後にあった“アプロ”と言う神は少女の姿をしていた」


 ――そう。正確に言えば“神様”は、その殆どが『女性の姿』をしていたのだ。

 しかし姿が女性なだけで本当に女性かと言われればブレイルも分からないと言った。

 その代表一号が“死”だ。

 なにせ少年の姿をとっている“死”は姿こそ男だが、フリバーにはあれは少女に見えた。

 「お嬢ちゃん」と呼んだ時、否定せず。どことない仕草と、声は少女そのもの。

 しかし、もしかしたらあの子は少年である可能性が出てきてしまった。。


 ブレイルが先ほど、カルトと言う神を曖昧に女神であろうと零したのも納得できる。

 おそらくカルトと言う神はパルと言う少女の姿でありながら、その実、なのだろう。

 ――これは混乱する。

 こちらの知っている顔なので、ある意味見分けは付きやすいと言えるが。

 

 「男の姿をとっている神はエルシュー、アクスレオス、死のおじょ…死神ちゃんだけか」

 「今のところはなー。一応確認したが、エルシューとアクスレオスは正真正銘男らしい。……“死”はアレで女だ」

 「そうなのか?なんで断言できる」

 反対にブレイルはすんなりと“死”を女性と呼んだ。

 あまりに“死”をすんなりと女とした、ブレイルにフリバーは首をかしげる。

 もう少し悩んでもよさそうなものだが。


 「エルシューが言っていた。『死は性別的には女だ』ってな。」

 そう言えば、思い出せば先ほどエルシューは“死”を”彼女”と呼んでいた。

 なら、”あの子”はやはり少女と言う事で良いのだろうか。

 この際フリバーからすれば、どちらでも良いと言えばどちらでも良いのだが、それが原因で神の逆鱗に触れたりしたら厄介だ。


 「どういう訳か今は男の姿だが、それに、元の容姿は毛先が金髪で目の中に十字の模様が入った紫の瞳の小柄な少女らしい――」

 「………ああ?」


 ――唐突に初耳な事実に思わずフリバーは、らしくない声を漏らす。

 今、この男はなんと言った。


 「まて、元の姿って……。どういうことだ?神様、少なくとも“死神”には本来の姿でもあるってことか?」

 「?ああ。らしいぜ。えーと、数千年前までは少女の姿をしていたって、後で教えてもらった」

 「…………」


 フリバーの問いにブレイルは当たり前に答えた。


 ――なんで早く言ってくれ無かったのだろうこの男。

 姿が、男だとか女とか、それ以前に。

 どうして、姿って先に言ってくれなかったのだろう?


 今は他人の姿をしている。でも、本来は別の姿だって。先に言えばいいのに――。


 「……おい、ブレイル。それはつまりだ。神様達は、今は他人の姿をしていても、気まぐれ一つで元の姿にも戻れる可能性があるって事じゃないのか?」

 「ん?……あー。ああ!!確かに!!それはありうるかもしれないな!!いや、そこまでは考え付かなかった!!」

 「…………」


 ――。我慢。

 とりあえず、だ。神様が普段は別の人間。それも『異世界人の姿』をして暮らしている事は判明出来た。

 それは“死”も例外じゃない。少なくとも、アドニスと言う少年の姿を、今はとりあえず映しとっており、もしかしたら金髪紫目の少女に成るかも知れないと言う可能性があると言う。それだけだ。


 「――……他には?何か“神”について気が付いたことは無いか?」

 我慢してフリバーは質問を続ける。

 しかしだ、ブレイルは「うーん」と悩んだ後に首を振った。


 「わるいな。これ以上は分かんねぇ」

 「……そうか、一応聞くが……。『アプロ』って神がどんな神か知らないか?」

 「悪い。聞いたことも無い名前だ」


 最後にフリバーが出会った“アプロ”と言う神についても問いただしてみたが、此方に関してもブレイルは首を横に振る。


 「――じゃあ、『ソレイユ』は?」

 此処で思い出す。あの“彼女”が呼ばれていた別の名を。

 フリバーの言葉に、ブレイルは「それなら」と頷いた。


 「“太陽の神”だな、そりゃ」

 「!この世界の太陽そのもので、夜と喧嘩中の?」

 「そ!――俺も名前しか聞いたこと無いんだが、会ったのか?」

 「あ、ああ」

 ブレイルの問いに、頷く。

 何か特別な“神”と思っていたが、まさか“太陽”であったとは。

 しかし、あの少女が『誰か他人』の姿を取っている?納得できない容姿であったのは確かだが――。アレは本当に他人の容姿を取っているだけのか?

 あの神々しい姿が?

 話を聞くかぎり、この世界の“神様”が他人の姿を取っているのは本当。でも、別の本当の姿も存在する。

 だったら、あの“少女”は、あの“少女”の姿こそ、本来の姿ではないのか?――……そう考えるのがしっくり来た。

 

 「そうなれば、やっぱり“神”は、元の姿と、他人の姿の両方を持っている可能性が高いか……」

 「?――なんで、そう思う?」

 アプロと言う“神”を見ていないブレイルが首を傾げる。

 ただ、簡単であるが、説明すると、ブレイルもまた同じ結論に至ったらしく、眉を顰めて頷いてくれた。

 「俺の世界では容姿をもつ存在はいない。まるで、おとぎ話に出てくる。神様みたいだ」

 ただ、そう、静かに呟いていて、取り敢えず納得してくれたようであった。


 アプロと言う少女の情報が出た。憶測も出た。コレは良い。

 ただ、ここで、情報は途絶える。

 ブレイルも他の情報は無いと言うし、勿論フリバーも無い。

 残念だが、これ以上“神”について知れる事はなさそうだ。

 「“神様”は他人の姿を取っていて、本来の姿もある」これを知れただけで良しとしよう。

 それならば、次に進むしかない。



 ◇

 

 

 「――で、次だが。そのアドニスってやつはどんな奴だ」

 「……悪い。分からない。俺も一度会ったきりだ」

 次の問い。

 それは今現在“死”が姿を映しとっている「もう一人の異世界人」。

 だが、これに関してブレイルは直ぐに首を横に振った。


 「分かる事はアドニスって名前。見た目は黒い髪と黒い目、長身の男だ。……何故か、”死”と行動しているって事だな。最初に会った時は”死”の正体がまだ掴めてないときで。――……その時は”死”に借りがあるとか言ってお互い協力関係と言っていたがそれ以上は分からない。少なくともエルシューには協力しないと断言していた」

 ブレイルの説明は酷く簡単な物だった。

 簡単な容姿と、彼の取っている行動ぐらいしか分からない。

 どうして“死”と行動しているとか、何の目的があって“彼女”の側に居るのか、全くの不明である。

 しかしコレは仕方が無いとも思う。

 ただ、ブレイルはあまり納得していないようだが。「エルシューに協力しない」そう決めた存在が現れても全く可笑しくない。

現にフリバーもエルシューには協力しないと決めたのだから。


 「そうか。ま、そういう奴もいるだろう。たぶんそいつは俺と同じ結論に至ったんじゃないか?」

 「……………」


 ブレイルは何も言わない。

 さっきの今だ。エルシューの願い、思惑と言うべきか?ソレは明らかになっている。

 今思い出しても腹立たしい。だから、アドニスもフリバーと同じ考えに至ったと考えれば、「エルシューには協力しない」この考えに辿り着いても可笑しくはないだろう。


 「ただ、”死”の正体を知っているかは不明だがな」

 最後にそれだけを付け足しておく。もしかしたら“少女”に何かしら借りがあって、それで“彼女”の側にいるだけかもしれない。それだけだ。

 アドニスに関しては確実な情報は無いに等しかった。

 フリバーは会ったこと無いし、ブレイルもそれ以上の確定している情報は持っていない。

 だたし、不確実であるなら一つ、ブレイルは持っているが――。


 「ただ、一つ。アドニスってやつはおそらく殺し屋だ。少なくともそれに関する分類の人間」

 「――何故そう言い切れる?」


 ブレイルの答えにフリバーは首をかしげる。

 彼は余りにも当たり前の様に、アドニスの正体を答えたのだ。それもかなり自信を持って。フリバーが疑問に思うのは仕方が無い。

 ――なぜそう当たり前に断言できるか。


 「眼だよ。これでも『勇者』としていろんな国に出向いて、いろんな奴に会って来たからな。――あいつは、同じ眼をしていた。」

 「……そうか…?」

 ブレイルの言葉はフリバーには良く分からなかった。

 フリバー自身、殺し屋だとか暗殺者とか言う存在には出会ったことは無い。今はまだ無縁でいられている。だから彼の説明では良く分からない。

 分かる事は一つ。ブレイルは違うのだろう。少なくとも「暗殺」という物の経験したことがある。

 だから、そう確信を持った発言が出来る。

 その確信を持った言葉は、ブレイルなりの経験の元に導き出した結論なのだろう。


 「そもそも『アドニス』って名乗っていたけど、多分偽名だぜ?ああいう奴らって簡単に本名を名乗る様な事はしないからなぁ。」

 「……へぇ、そういう物なのか?」

 「まぁ、人は見かけによらないって言うか。一度、襲われたことがあってな。探ってみればそいつ、普段は村の優しい牧師様だった。――名前も性格も驚くほど違っていた。それだけだ。お前も気を付けとけよ。……ま、俺の世界でのことだけどな」


 ブレイルは何処か物悲し気に言い切る。

 ――その表情を見て、暗殺者ってモノは知らないが、彼の冒険に少しだけ興味が出た。

 今、この状況じゃなければブレイルの冒険譚も聞くのは楽しいかもしれないとすら思えた程だ。

 ただ、その話を聞くのは今じゃない。


 「……そう、か。他には?何か気付いた事は?」

 とりあえず、今の話だ。

 “死”をどうするか。フリバーは決め切っていないが、“彼女”と共にいる暗殺者。――アドニスと言う存在が敵になる可能性がある以上、まだ情報があるなら全部聞き出しておく必要がある。

 少し考えて、ブレイルは口を開いた。


 「多分だけど、強い。――俺よりも強いと思う」

 それは驚くほどに正直な一言だった。

フリバーは僅かに目を細める。


 「なんだ?そのアドニスってやつと手合わせでもしたのか?」

 「した。なし崩していうか……。ついって言うか。だが、かなり手練れだ。正直言えば、こっちの仲間になってくれれば、て思う」


 少し驚く。ブレイルの実力を、フリバーは知らないが、ブレイルが我が強い性格だと言う事だけは、この僅かな時間で理解出来た。

 その彼が、こうも素直に褒めて剰え仲間になって欲しいと口にするなんて。

 つまりは敵に成りたくない存在だと言いたいのだろう。それが“死”の側にいるとは――。

 一応、危険ととらえておく必要がある。


 「……フリバーの方は?アドニスって名前は聞いたこと無いか?」

 「ない」

 「じゃ、今の所少なくとも3つ目の異世界から来たって事だな」

 ブレイルの話が終わる。

 それ以上、ブレイルはアドニスについては何も言わなかった。

 アドニスと言う存在は詳しくは分からないが、“死”と同じぐらいに気にかけておく必要があるだろう。それだけは嫌でも気が付いた。


 危険視しておく必要があるともいえるし。しかし、“死”と誰よりも接触している人物。

 もしかしたら、少なからず“死”も彼を信頼している可能性すらある。

 出来れば一度は、接触しておきたい人物と考えても良い。

 会えれば、の話だが。


 なんにせよ、これ以上『アドニス』についての情報は出てこないだろう。

 ――……それなら次だ。出来るだけ、もっと、情報が欲しい。時間が惜しい。


 さて、次の話は――。


 「……おまえさ、あの”死の女”についてどう考えているんだ?」

 次の話題。

 それを切り出す前に、ブレイルがぽつりと零す様に呟いたのは、その時であった。





 『――…あ。えっと、世界の真実なんて、とても単純なの』


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