第6話 『裏』の依頼・2

「柊也もいいよね?」


 これまで優海を見ていた継が、柊也の方に視線を移す。


「何で俺に聞くんだよ? それは社長のアンタが決めることだろ」


 柊也はどうしてわざわざ自分に聞くのかと、不思議そうな顔で首を捻った。

 そんな様子に、継は「やれやれ」と肩をすくませる。


「もちろん決定権は僕にあるけど、もし本当に『妖魔ようまばらい』の仕事なら君は初めての実戦になるかもしれないだろう?」

「……あ、そうか……」


 言われた意味を理解した柊也が、ぽつりと呟いた。


 これまで柊也がこなしてきたのは、『何でも屋』としての依頼だけである。『祓い屋』としての依頼は受けたことがない。


 つまり、優海の不調が本当に妖魔のせいならば、今回初めて柊也は『祓い屋』として妖魔と相対することになるのだ。


(この半年の間に、継から術とか色々教わったけど……)


 攻撃系の術が成功したことはなかったな、と思い返す。


 柊也はこれまで継に攻撃術、防御術、治癒術などを叩き込まれてきたが、初歩的な防御術と治癒術は使えても、攻撃術だけはどうしても使えなかったのだ。


 妖魔を倒し祓う術、すなわち『浄化』と呼ばれるものは攻撃術に分類されるのだが、それがまだ使えていない。


(俺にはまだ浄化はできない……)


 攻撃術を使えない自分は、初めて継に出会った日からほとんど変わっていない。変わったのは、せいぜい防御術で身を守れるようになったことくらいか。


 柊也の心に一抹の不安がよぎり、テーブルに視線を落とす。


 しばし逡巡しゅんじゅんするが、ふと思い出したように顔を上げた。


「いや。よく考えたら、もし妖魔だったとしてもアンタだけで浄化できんじゃねーか。もしかしなくても俺いらなくね?」

「うーん、そうだといいんだけどねぇ」


 腕を組んだ継がそのまま天井を見上げる。


「何でそんなに曖昧あいまいなんだよ。俺がここに来るまで一人でやってきたんだろーが」

「これまではたまたま運がよかっただけかもしれないんだから、今回は一人で浄化できない可能性だってあるんだよ」

「それはそうかもしれないけど、わざわざ依頼に来るってことは本当に困ってるんだろ?」


 言いながら、柊也がちらりと優海を見やると、優海は肯定するように何度もしっかりと頷いた。


 柊也は改めて継に向き直る。


「だったら『表』だろうが『裏』だろうが、断る理由なんてどこにもないだろ」

「へえ。柊也がそこまで言うなんて、さすが僕が見込んだだけあるね。ここまでは優秀な助手だ」


 継が感心したように目を見張り、次にはパチパチと手を叩いた。

 何となく馬鹿にされたような気がして、柊也はむっとする。


「『ここまで』って何だよ。それに俺はただのバイトだ。勝手に助手扱いすんじゃねーよ!」

「『僕の助手』という名のアルバイトだよ」

「くっそー!」


 否定することができず、柊也はその場で地団駄じだんだを踏みたくなるが、さすがに子供っぽいので懸命に我慢した。


「じゃあ遅くなってしまったから、調査もかねて一緒に家まで送ってあげようか」


 そんな柊也の心中を察しているのかいないのか、爽やかな笑顔で継が立ち上がる。


「あ、ありがとうございます」


 同じように優海も立ち上がり、継に向けて頭を下げた。


「遅くなったのは主にアンタのせいだろ。って、俺も行くのかよ?」

「当たり前でしょ。君も『よろず屋やまとなでしこ』の社員だからね」

「だから俺はバイトだって言ってんだろーが!」


 柊也の怒鳴り声を背中に受けながら、継がうやうやしく優海を事務所のドアへとエスコートしていく。


 声は華麗にスルーされ、まだファイルたちが散らかったままの所内に虚しく響いていた。


「ほら、柊也。早く行かないと」

「継! 後で覚えとけよ!」


 懲りずにまだ大声で不穏なことを言いながらも、柊也はきちんと継の後を追う。


 こうして柊也は継と一緒に、優海を家まで送っていくことになったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る