第41話『呪いの勇者、臓物潰しを撃破せよ』
「ここか、幻魔洞とやらは」
「クゥーン!」
「そうか、ブレッドも気配を感じてるんだな」
紙に記された転送魔法陣に体を任せて、辿りついた先は、邪気のような黒い霧に包まれている、薄気味悪い空間だった。
臓物潰しが必ずいるこの場所では、いつ何時だって油断ならないよな。奴の居場所が分からない俺は、とりあえず辺りの探索に打って出る。だけど、これといって何も無い空間が広がっているだけで、大した収穫なんて無かったのでした。
「おーい! 臓物潰し! 早く出て来い!」
「クゥーン!」
洞窟内で俺と、ブレッドの声だけが響いている。なんか、懐かしいな。登山した頂上で、よくやってたのを思い出しました。なんか恥ずかしいじゃねぇかこのやろー!
声が響いていただけかと思っていたが、しっかりと心臓潰しに届いていたようで、暗がりからめんどくさそうに姿を現した。年寄りの癖に、寝起きが遅せぇじゃねーか、本当にコイツジジイか?
「待っておったぞ、呪いの勇者よ。仲間は今頃、瀕死かのぉ〜?」
「悪りぃな、みんな揃って風邪なんだ。次なんてもんは金輪際ないんだが、今回は俺とのランデブーで我慢しろよ」
一触即発の睨み合いの中で、俺はそっと、細長いポーションのガラス瓶を口に咥えて諸刃の剣を構える。唯一、俺の考えつく戦法だ。
常に、ポーションを咥えることで、諸刃の剣のダメージを回復するやり方をすれば、何度だって剣が振れる。ただし、ポーションが切れてしまえばそれまでだ。その時は、もう死ぬしか無い。
「なんじゃそら、ポーションか? 咥えるつもりか? 口の中を切ってしまうだろう」
「うるせぇジジイだな。我慢比べと、いこうじゃねぇか!」
「ほう、面白い戦い方をするのぅ。ならば、さっさと殺すとするか」
戦闘が始まり、ジジイは持っていた杖を取り出して、刃物の刀身を俺にちらつかせた。杖はフェイクだったらしく、鞘を抜き剣を構えて歩み寄って来た。
やっぱり、ジジイだな。走ることも出来ないらしい。悠長に構えるジジイに、俺は諸刃の剣を振り下ろした。
ーーブンッ!!
この間合いなら、避けることなんて出来ないだろうなんて、思ってた俺が馬鹿だった。臓物潰しは、これでも魔王軍幹部なんだ。そんな程度で倒せる程、甘くない。
「ぐっは……」
(嘘だろ? あの距離で?)
「ほっ。危ない危ない、死ぬところじゃったよ」
諸刃の剣の代償により、体力を消耗してしまった。急いで、口に咥えているポーションを噛み砕き、回復を計る。マズイな、こんなちょこまかと攻撃をかわされていたら、ポーションが幾つあっても足りやしない。
次のポーションを咥えた時には、既にジジイは俺の背後に立っていて焦ってしまう。俺の眼じゃ追いつけなかったみたいで、完全に油断した。ジジイだとかの偏見は、しない方がいいな。それが命取りになってしまう。
「ほいっ!」
(ぐ……。背中を一突きかよ……)
次の為に装填しておいたポーションを、また使わざるを得ない。また、噛み砕き俺は怪我を完治させて、また次のポーションを装填した。
完全に弄んでやがる。ポーションが切れるまで、滅多刺しにするつもりなんだろうな。いやらしいことしやがるぜ。
「うぉー!」
ーーブンッ!!
また空振りだ。体中の穴という穴から、血が噴き出しぶっ倒れてしまいそうだ。その隙を突かれて、ジジイの剣に刻まれる。そんな事を繰り返して、俺のポーションは残り間近となっていた。
それは、命の終わりを意味することだ。口の中は、ガラス片と血が混ざりあっていて喋るのすら億劫で、体は段々痺れてきた。死期が迫っている合図なのかも知れない。
俺の剣は華麗に捌かれるし、届きそうに無い。いっそ、諦めてしまおうかと何度も思った。けど、諦めらんねぇよなぁ。みんなを助けなきゃ、コイツに奪われるだけだ。
もう、何一つ失いたくない。俺には力なんて何も無い。何も無いんだから、気張ることぐらい出来んだろ。感情を昂らせて
、ただ俺は闇雲に諸刃の剣を振り下ろした。
「お前さんの剣は届きやせんよ。馬鹿みたいに振り回してからに、そんな剣じゃ誰も救えん。仲間が、痛い、痛いと今頃、苦しくでおるじゃろうな。可哀想な娘達じゃわい」
「うるせぇよ。俺は、当たるまで何度だってやってやる。手が千切れようが、足がもげようが、何度だってお前に喰らいつくだけだ! 女の子は、助けねぇといけないって約束したからな」
「そうかい、じゃあその妄想を抱き、溺死するがよい!」
ジジイが持つ、剣の構え方が変わった。刃がまるで九本に見えてしまうような、その斬撃を回避する余裕なんてのは、全く無かった。
俺は、直撃を受けて、膝を地面に落としぶっ倒れる。回復をしようとすると、ポーションの入っていたカバンごと切り刻まれていて、破損し使い物にならなくなっていた。
ーー、絶望的だ。
剣は届かない。回復は底を尽きた。体は動かない。
また俺は、何にも護れねぇんだな。ブレッドが声をかけるけど、心配してるんだろうか。ごめんな、ブレッド。対したことなんてしたこと無かったけど、信頼は熱いやつだったよ。
「行けブレッド!! お前だけでも逃げろー!!」
「く、クゥーン……」
「無駄じゃよ、は!!」
洒落にならないな、ブレッドにまで呪詛をかけやがったのかよ。完全に詰みの状況になってしまった。いっそ、楽に殺された方がマシだな。
ここまでやられてしまって、怒りとか悲しみとか、そう言ったものも湧き上がらなくなった時、エリクシアや、マリエル、アリアドネを救った時の事を思い出していた。
『助けてくれたカケルと、一緒に冒険したい』
『カケルさんとまた、冒険……したかった……なぁ』
『もう、辛いんです。友達なんか、作らなければよかった』
みんな、俺が助けたんじゃないか。俺が、諦めてどうすんだよ馬鹿野郎が! 例え死んだって、心まで殺す必要なんか全くねぇよ。護り通すさ、死んでもお前には喰らいつくぜ。
「もう詰みじゃろうて。尺じゃが、首狩りと同じ殺し方をしてやろう。首を切り落とし、顔面を剥いでエルムーアに送りつけてやるわ」
「ーー、そんなんで、俺が死ぬとでも思ってんのか?」
「どういうことじゃ?」
「俺は死なねぇよ。人が死ぬ時はな、滅多刺しにされることでもねぇ。呪いで死ぬことでもねぇ。本当に人間が死ぬ時は、自分の信念曲げることだ。俺は絶対に死なねぇよ、みんなを護り通す信念だけは、まだ消えちゃいねぇから!」
「ただの妄言じゃて、小童が。あの世で仲良くするといい」
ジジイの剣が振り下ろされる時、走馬灯なんだろうか、仲間の幻影を見た気がした。幻なんて、見るもんじゃねぇな。死にたくなくなっちまうだろ。
一瞬だけ、周りが明るくなったのだが、死ぬ時はこんなもんなんだろうか。聞き覚えのある声が、聞こえているが誰なんだろう。
「ーー、聖母マリアに捧げる。死者を天に還す力を今、解放します! セイクリッド•プレアデス!!」
ーープチュンッ……。
その光を見た時、俺を囲ってエリクシアとマリエルが俺の介抱をしてくれていた。どうして、こんな所にいるのかなんて、今は考えないことにしておこう。
多少は、体調がキツそうではあるが必死になってエリクシア達が手当を進めていた。
「カケル、今、回復させてあげるから」
「ちょ、ンァ!!」
熱く、優しく、とろけてしまうような、いつもより熱いキスだった。理性とか、死の境地に今はいる訳なんだけど、こんな事されたら吹き飛んでしまうよな。
すっかり回復して、状況を確認すると、アリアドネがコキュートスで心臓潰しに、深手を負わせていた。時間を稼いでくれていたんだろう。
「カケル様が勝手にしろと仰ったので、勝手について参りました。後で、どうとでもして下さい。私達は初めて、カケル様を裏切ったのですから」
「そうかい。後なんて言わずに今、罰を下してやるよ。みんなは一生俺の仲間だ。誰一人、死ぬんじゃねぇぞ! それが俺に出来る最高の罰の下し方だ」
「相変わらず素敵ですねカケル様。エリィとマリエル、ブレッドの呪いは、何とか遅延出来ています。心配しないで下さいね」
「助かったよ。これで思い存分戦える」
助けてくれるなんてな。あんだけ酷いこと言ったのに、卑怯じゃねーか。でも助かった、みんながいれば臓物潰しなんて、直ぐに蹴散らせるだろうよ。
幸い、臓物潰しは、アリアドネの攻撃でかなり衰弱しきっている。今が絶好の好機だろう。奴だけは、絶対に殺す。覚悟しやがれよ、クソ野郎が。
「なんと、これ程までの力があるとは……。腕一本持っていかれたわい」
「なんだいジジイ、随分とグロッキーじゃないか? 餅でも詰まらせたか?」
「冗談言えるぐらい、回復もしておるのじゃな。流石は、首狩りを殺っただけのことはあるわい」
「御託はいいんだよ。次は仕留める、覚悟しろよ」
怒りと思いを諸刃の剣に乗せて、心臓潰しに剣先を向ける。
これで最後だからな。みんなの命、返して貰うぞ。
「マリエル、詠唱開始!」
「ぶちかまして下さいカケルさん! スロー・ギアクル!」
ーーブンッ!!
神速をも超える一閃は瞬時にして、臓物潰しの体を引き裂いた。その時、いつもと違う剣の光を放っていた。今回が初めてだったけど、あれは一体、何だったのだろうか。
「そ……れ……魔王様の……剣!?」
薙ぎ払った時、臓物潰しは何か言っていた気がするけど、上手く聞き取れなかった。勝ちを確信し、疲労感も相まって、エリクシアに抱きつき、俺はそのまま眠りに着いた。
一時はどうなるかと思ったよ、ごめんな迷惑かけて。
やっぱり、エリクシアやマリエル、アリアドネにブレッドは、大切な俺の仲間だよ。護ることが出来て、本当に良かったと、心の底から思います。
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