第9話『呪いの勇者は、人の努力を笑う奴を絶対に許さない』


 「カケルさ〜ん、またダンジョンが暗いじゃないですか!」


 「なんだ、まだ克服してなかったのか?」


 俺達はシスター、アリアドネにアンデットの巣窟に案内され早速、調査を開始していた。マリエルがまたグズっているが、そんなのは放っておいて慎重に行方不明者の痕跡が無いか隈無く探す。


 今回も真っ暗なダンジョンで、視界が悪いけど壁伝いに歩きダンジョンの奥まで進んでいた。


 「ひぃ〜!!」

 「ん? 少し温かい。けど平らだな」

 「カケルさん! 私の胸触らないで下さい!」

 「ーー胸だと!? あんなの胸じゃねぇよ」

 「カケルさん。死んで下さい」

 「グハァ!!」


 盛大にグーで顔面を殴られてしまいました。自業自得なんですけど不可抗力なんです。ラッキースケベって代償がいるのが難点だな。


 痛みを堪えて歩みを進めるとその先に、何やら目の前から騒がしい物音が聞こえてくる。もしかして、俺の特殊能力が発動したのかもしれない。


 ーー魔物に絶大なヘイトを集める。


 これが原因の一つで勇者パーティを追放されたんだから、今回もしっかり魔物が追いかけ回してくれるんだろう。俺は皆んなに撤退の指示を出すが、アリアドネは引く気が無さそうだ。


 「アリアドネ早く逃げろ、死ぬぞ!」

 「いいえ、カケル様。私がここで仕留めます」


 ダダダダ……。 ギィヤー!!


 俺達の前までアンデットが、軍団になり襲いかかろうとしていた。アリアドネだけ置いて行けるはずもなく、立ち往生していると目を瞑り言の葉を並べていた。


 「聖母マリア様に捧げる。死者を天に還す力を今解放します! セイクリッド・プレアデス!」


 ーープチュン……。


 裾からリボルバー式の拳銃を取り出しアンデットに向けて神聖な光を放出した。その光は目が焼ける程強く、出口までが見渡せそうな聖魔法であった。ていうか、俺燃えてませんかね?


 尋常では無い魔力に、魔物達は浄化され消滅していた。


|(なんで拳銃から聖魔法が出るんだよ! おかしいだろ!)


 「やりましたカケル様」

 「やりましたじゃねぇよ。俺まで浄化する気か!」

 「まぁ、いい気味です」

 「マリエル、まだ根に持ってるのか?」

 「まぁまぁ、いいじゃない。カケル、行こ?」


 あの聖魔法は、恐らく最上級魔法の一つなんだろう。だとしたら相当な実力者のはず。それなのに、何でアンデット如きの強襲なんかに遅れを取ったのかどうしても理解出来ない。


 あの聖魔法について、アリアドネに聞いてみることにした。


 「いえ、私はあの聖魔法しか使えないというか、魔法は全部この拳銃、コキュートスがやってくれているだけですよ。ただの落ちこぼれのシスターなんです」


 「自我があるってことですか?」


 「どうなんでしょう。分かりません。子供の頃に私の最も信頼していた方から頂いた物なんです。この子は『生きている』とのことでした。」


 「凄く変わった代物ですね。生きているなんて」


 「そうでしょ? 大事にしてるんです。だけど、この子あの魔法を使うと疲れてしまうのか一日一回しか使えないんです」


|(致命傷じゃねぇーかー!)


 アリアドネから信じがたい話しを聞くと、洞窟の中間付近まで辿りついていた。すると、壁に謎の刻印が彫られている。これは一体何なのだろう。


 「これは聖堂教会の紋章です! 手がかりがありました!」


 その紋章にアリアドネが触れると、突然壁から爆音が鳴り響き頭上から岩が落石した。非難の合図などしてる余裕もなく、俺たちとアリアドネは岩の壁に阻まれてしまう。


 最悪、声は聞こえるようで安心した。


 「痛てて、アリアドネ! 大丈夫か!?」

 「はい! 大丈夫です。カケル様達は大丈夫ですか?」

 「あぁ、問題ない。みんな無傷だ」


 安否の確認をしていると、後方から人が歩いてくる音がする。まさか、行方不明者だろうか。


 「まぁ、まだ生きていたのですねアリアドネ。死ねば良かったのに」


 「誰だお前?」


 「その声は、ライラ……。 なのですか?」


 「そうですわ。貴女の親友でございましてよ。しぶとい様で残念です」


 あの紋章の細工で、アリアドネを殺そうとしていたのか。親友であるはずなのにどうしてなんだと理解が追いつかないが、俺は剣先をライラに向けて戦闘態勢に入る。


 「ライラ、他の方々は無事なのですか?」

 「無事? 意味が分かりません」

 「どういうことですか?」

 「誰もこの洞窟で迷ったものなどいませんよ」

 「私を、嵌めたのですね……」

 「勿論ですわ。昔から気に食わなかったのですもの」

 「親友だと……。思ってたのに……」

 「はいはい、頑張った頑張った。そこで野垂れ死になさい」


 なんなんだ、この湧き上がる怒りは。何が頑張っただふざけやがって。アリアドネの努力も知らねぇ癖に、テキトー言いやがる。最初から嵌めるつもりで、ライラが自作自演してたってことだ。


 ーーこの女だけは絶対に許しちゃいけねぇ。


 俺は、言うだけ言って立ち去ろうとするライラを激しい口調で呼びとめていた。


 「待ちやがれクソ女!」


 「な、何ですの?」


 「何の恨みがあんのかは知らねぇよ。でもよ、アリアドネの努力だけは馬鹿にすんじゃねぇ! 何が頑張ったねだ、ふざけんな! アリアドネは、自分の命かけて俺らに頭下げて来たんだ。自分を犠牲してでも、親友を助けたいっていう生半可な努力じゃ無し得ない努力だ。お前がアリアドネの努力を笑うんじゃねー!!」


 怒り狂う俺に、悪びれる様子もなくあくびをかましてライラはそのまま突っ立っていた。


 「で、話し終わり? 早く助けないとアリアドネ本当に死んじゃうよ? まぁ、どうせ助かりはしないでしょうけど」


 ケラケラと笑いながら、ライラは闇の中に消え去っていった。でも、そんな事より早くアリアドネを救出しなければ本当にヤバい。アンデット達が寄ってきている音が次第に大きくなる。


 「みんな、やる事は分かってるよな?」

 「勿論ですよ、カケルさん!」

 「絶対助けようねカケル」


 岩の壁をエリクシアが毒で耐久性を脆くする。そして、俺とマリエルで壁を破壊する為に、俺は指揮を取った。


 「マリエル、詠唱開始!」

 「はい! スロー・ギアクル!」


 神速をも超える速度で、耐久性を失った壁に俺は一閃を放つ。しかし、壁の完全破壊には至らなかった。どうやら、岩石にも細工がしてあり、よっぽどの破壊魔法でないと突破は難しいようだ。


 諦めそうになったが、希望はすぐそこにあったんだ。人一人分の隙間程度空いていて、これならアリアドネの救出が成功しそうなのである。


 「やった! 助けられそうだ!」


 壁の隙間に手を入れて、アリアドネに吉報を知らせた。


 「帰るぞアリアドネ!」


 「いえ、私はここで皆様とはさよならします」

 

 「は!? 何言ってやがる!」


 「ライラの言う通りです。私が悪いのですから逃げて下さい」


 「アリアドネは悪くねぇ! 全部ライラが仕掛けたことなんだから」


 「もう……。辛いんです。友達なんか作らなければよかった」


 啜り泣くアリアドネの姿が目に浮かぶ。みんなもそうさ。アリアドネの悲痛な叫びに心が張り裂けそうになる。彼女の為に相応しい言葉を俺は投げつけるしかない。


 「俺に手を伸ばせアリアドネ! まがいもんの仲間なんざ、もう要らねぇだろぉー! 俺達が、本物の仲間だー!!」


 俺が、俺達が出来る唯一の精一杯。アリアドネの心に届いて欲しい。


 少し冷たい震えた小さな手が、俺に触れていた。それは、力強く両手で俺の右手を優しく包む様に。ただ黙って啜り泣く音だけが、洞窟内で響いていた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 「全く、あの野蛮人はうるさいですわね。私も早く逃げ出さないと。う、うそでしょ!? なんで私が閉じ込められるのよ! いや、来ないで! 嫌ー!!」


 感高い声が断末魔みたいに洞窟内で反響していた。ライラなのだろうか。まぁ、俺が知ったことではないか。


♦︎♦︎♦︎♦︎


 「全部無事だな!」


 アンデットの巣窟に何とか脱出した俺達は、呼吸も乱れ疲労が溜まってはいたが皆が皆、笑っていた。


 それは、アリアドネの救出が成功したからなんだけど、マリエルがいつもに増して、調子に乗ってふざけているのが今だけは心地よかったんです。


 「いいんでしょうか。私みたいな聖魔法を自力で使えないシスターが仲間になってしまって」


 「嫌だと言う奴はここにはいない。大丈夫だよ、俺らは四人一組で一人前なんだからさ」


 「カケル様、なんてかっこいいのでしょう。惚れてしまいました!」

 

 「え、アリアドネ! ちょっと待て! 近寄るな!」


 受け入れられた喜びを隠しきれないのか、俺に近寄って抱擁する。避け切れなかった。勘弁してくれよ、エリクシアが大変なんだから。


 激痛に悶えてながら、俺の意識は無くなっていき泡を吹いて気絶してしまいました。


 ーー呪いの勇者である俺は、親友を助ける為に自分すら省みない誠実な女性で、聖魔法すら拳銃だよりの無能であると自虐する、そんな心優しきシスター・アリアドネを仲間に入れたんです。


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