ヒーローの秘密物語

ゆーり。

ヒーローの秘密物語①




「朝飯ができたぞー!」


そんな父の声で目覚め、カーテンを開けた。 平和な光景が広がっているのを見ながら寝ている間も付けていた腕時計型のデバイスを撫でる。

寝ていてもトイレへ行っても、風呂に入る時も必ず身の回りから離さないようにしている。 それは朝食を食べる時も同じだ。


「父さん、おはよ」

「おはよう、栄輝。 トーストにはケチャップでよかったんだよな?」

「うん、ケチャップ多めで」

「はいよ」


静かなリビングに父と二人きりの朝食風景。 高校三年生の栄輝(ヒデキ)は父が作ってくれた朝食を食べながらテレビへ視線を向けた。


『昨日の巨大アメーバ(仮称)での被害者は22名でした。 東京、神奈川を中心に全国的に被害が広がっています』


テレビではニュースが放送されていた。 朝はニュース番組をつけるのが日常になっている。


『毎日活躍されているヒーローには本当に頭が上がりません。 ヒーローがいなければ今頃もっと大規模な災害となっていたでしょう』


今話しているのは数年前に突如現れた謎の巨大アメーバのことだ。 巨大アメーバは神出鬼没で、人間の前に現れては活力を吸い取り駄目人間にしてしまうという特徴がある。

銃で撃っても炎で燃やしても倒すことはできず、現在ヒーローと呼ばれる謎の救世集団以外では対処ができていない。


「本当にこのアメーバって何なんだろうな。 退治しても退治しても出現するみたいじゃないか」


父はそう言いながら二人分のスープをテーブルに置いた。 栄輝は父子家庭で二人暮らしである。


「お、今日もまたその腕時計を付けているのか。 別に時間なんてまだそんなに気にすることもないだろ?」

「何言ってんだよ、父さん。 朝の時間は一日で一番早いんだから」

「そうは言っても時計を見る時はテレビで見ているじゃないか。 まぁ、高価そうだから大切なのは分かるが」


栄輝の家は裕福ではない。 にもかかわらず、確かに栄輝の付けている時計は普通の高校生が身に着けるようなものではなかった。


「・・・初めてバイト代で買ったものだから」

「なるほど、思い入れもあるのか」


そう答えたがこれは嘘だった。 この時計型のデバイスは買ったものではなく、貰ったもの。 しかし、それを父には言ったことがないし言うつもりもなかった。


「アメーバに向かっていこうとか考えるんじゃないぞ?」

「な、何だよ、突然・・・」

「いや、ちょっとな・・・。 いいことだとは思うんだが、昔はあんなに巨大アメーバを怖がっていたのに最近はそんなことなさそうにしているから」

「気のせいだよ。 今だって怖いよ」

「そうか?」

「うん」


父にジッと顔を見つめられ何だかバツが悪かった。 ケチャップのたっぷり乗ったところにかぶり付く。


「疑問と言えばこのアメーバもそうだけど、ヒーローに関しても気になるよな」

「というと?」

「政府が認めているヒーロー。 アニメやゲームじゃないんだから、変な恰好していないで普通にしてくれると素直に感謝できるんだが」

「確かに変わった格好だよね」

「市民を救ってくれるっていうのに文句を言うつもりはないけどな。 自衛隊ですら対処できないっていうんだから」

「政府公認なんだから身元くらいはハッキリしてほしいものだね。 まぁ、ヒーローっていうのは正体不明だからいいのかも?」


父も椅子に腰をかけ溜め息交じりでトースターを手に取った。


「謎のアメーバを倒す謎のヒーロー。 奇妙な話だ」

「政府が認めているならヒーローは正義なんじゃないのか?」

「正義じゃないとこの日本を任せられないだろ。 まぁ、一般人の俺たちには戦う術がないからヒーローに助けられているのは間違いない」

「父さんはついこの間アメーバに実際遭遇したことがあるんだろ? 本当に大丈夫だった?」

「見ての通り活力はあるから大丈夫さ。 遭遇といっても遠目で見た程度だ。 すぐヒーローに退治されていたよ」

「ならいいけど」

「報道ではアメーバから直径10メートル以内の距離に入ってしまえば活力は吸い取られるらしい。 活力を吸い取るだなんて、一体どんな原理なんだろうな」


アメーバを発見したら直ちに逃げるよう通達が出ている。 その間にヒーローが登場しアメーバを退治してくれるのだ。 その時テーブルに置いていたスマートフォンが震えた。


『栄輝くん、おはよ! 昨日ね、歌のオーディションを受けてきたの! 衰えないようにこれからもボイトレを頑張らないとね!』


そのメッセージはクラスメイトの女子の咲良(サクラ)からだ。 栄輝は咲良に好意があり、咲良からも好意を感じていて告白寸前のところへまでと来ている。


―――本当に咲良は夢に向かって頑張っているよな。

―――歌手志望だからいずれ忙しくなるかもしれないけど、俺はずっと応援し続けるよ。


返信していると父に止められた。


「栄輝。 朝ご飯を食べている時はスマートフォンを弄るのは止めなさい」

「あぁ、うん」


朝食を食べ終えてから返信し制服に着替えた。 腕時計型のデバイスは外れないよう装着し、ワイシャツで上から隠す。


「アメーバには気を付けるんだぞ」

「分かってるよ。 行ってきます!」

「あ、そうだ。 今日もバイトがあるのか?」

「基本的に毎日あると思ってくれれば。 いつ終わるのか分からないけど」

「二人暮らしで家計を助けてくれるのは有難いけど、無理はするなよ?」

「大丈夫だって。 父さんも仕事頑張って」


父に見送られ学校へと向かう。 その前に親友の奨(ススム)と待ち合わせしていたためそこへ向かおうとした。 その時だった。


「アメーバが出たぞー!!」


そう遠くない距離でそう声が上がった。 人々が走って逃げていくのを逆走し、栄輝はアメーバの存在を視覚に捉える。


―――・・・あそこか。


「君も見物とかしていないで早く逃げた方がいいぞ!!」


すれ違う人に栄輝も避難を促されるが、人々が逃げるのに付いていくことはなかった。


「俺の出番だな」



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