第3話
とまあ、掻い摘んで言えばこういった事だ。
私だって皇女だ。
自分に下る神託がどんなものかもわかっていたし、そのために私が為さねばならないことも
わかっている。
逃げたくても逃げられないことも。
逃げるという選択肢も持たせてもらえないことも恨んではいない。
皇女としての矜持もある。自分ができることを成し得なければならないことはもう
血に組み込まれたのかというくらい理解している。
まあ、それ故私は甘やかされて育ってきてはいない。
愛情を沢山注がれて育ってきたが、甘やかされたわけではない。
何ならしごかれた。
ああ、扱かれた。
薬草に関する知識、毒物に関する知識、そして薬物毒物それを摂取するための方法。
それを回避する方法。
その上。
誰に神託が下るかわからないため。
淑女教育、もし悪者だった場合は身を護るためそして相手を護るために
身体訓練、そして、商人だった場合は貿易ビジネス、そして普通の人の場合には
それに合わせられるように質素倹約。
逆に王族や貴族だった場合にはそれに合わせられるように社交まで。
ああ、もはや口にするのも嫌になるくらいいろんなことを叩き込まれた。
神託さえ下らない身分の皇女であればこんな事しなくていいだろうということまで
全て。
ええ、全てだ。
やさぐれたい・・・。
何を好き好んで何もない場所から自分で知力を尽くし脱出経路を見出したり。
売り物か?というくらいの刺繍やレース編みが出来たり。
薬になるか毒になるか、火を通したら食べられるか、水にさらせば毒がながれるか
体にとどまるものなのかを実地で訓練したり。
6ヶ国語を普通に操りなんとなくの会話であればさらに9ヶ国語を操れる語学力とか・・・。
そんな事したい女がいるか?
そして出来てしまうのが神託が下ってしまった皇女だからなのか意地だからなのか
もはや自分の性格も負けず嫌い極めなくてもいいだろ?くらいの中身が屈強な男状態に
育つという弊害・・・。
見た目も無駄に良いらしい。
ああ、全く自分の見た目に興味もないので良いらしいとしかわからない。
でも、お兄様たちもお母様とお父様も見目麗しいのだから私が見るのも憚られる見た目では
ないのだろう。くらいの認識だ。
何故なら生き抜くために必要なことを詰め込むことで精一杯だからだ。
何故だ・・・。平和に生きたかっただけだというのに・・・。
神託なんか・・・神託なんか・・・。
ああ、本音が・・・。
だからこそとも言えるがそんな私に愛情はたくさん与えられたかと言っても
甘やかされた記憶はない。
お父様やお母様は惜しみなく愛情を与えてくださいました。
ええ、お兄様たちに至ってはきっと多分・・・。
溺愛の部類に入るかと。
本当に甘やかされたわけではないのだ。何なら血反吐はいたかな?くらいだ。
人間が曲がらなかったのが不思議なくらいだし、なんなら褒めたいくらいだ。
何度も言うなと言われるかもしれないのだけれど事実なのだから仕方ない。
アメとムチの使い方まで習うとは思っても見なかった。
それも全ては神託のせい・・・。
ああ、神託のせいとかいってしまった。
段々と私という人間の本質がバレてきてしまう予感はする。
うまく隠せるだろうか。
とまあ、頭の中ではこんな事を考えていながらもそうは見えないだろうと思う。
今ここで殊勝に淑女の礼をとっているのも私の全てをかけて整えた武装とも言える。
私はこの人を救わなければならないのだ。
でも。
私がこの人を望んではならない。
ということは。
望まれなかった場合どうだという話だ。
私には一体どんな道があるのかということだ。
その場合。
この方が望む方に健康体であり、完璧なこの方をお渡ししたいと思う。
そして全力をもってこの方を助け上げた後には。
自由をいただきたいと思う。
そう望んではならないひとなのだからこの人にすべてを捧げてはならない。
この人が愛する人に完璧なこの人を捧げさせていただく。そのために私は全力で
この方の力になろうと思う。
だからきっと、この方は私ごときに興味を示すはずがない。こんな大国の王だ。
婚姻も然るべき方を迎えるはずだし私よりも12も年上の方だ。
きっともう心に決めた人もいるだろう。
だからこそ私にもきっと私が望んでもいい人がいるはずだ。
恋したいわけではない。
私は。
ただ自由がほしいのだ。
ああ、ぶっちゃけてしまった・・・。
神託が下ってからは少しだが事は私が産まれたときには定まっていたのだ。
第一私がそれを為さねばならないと決まった瞳を持って産まれた時お母様は
泣きに泣いたらしいのだ。
きっと私が不憫だったのだと思う。私を手放さなければならないと産まれた瞬間に
決まってしまったからだ。
でもそこからのお母様の立ち直りも早かった。
お母様は私に全てを叩き込むことに決めたのだ。
それは勉学、生きていく力、それだけではない。
私に折れない心を。
何にも惑わされない力を。
全てを注ぎ込んだと言っても過言ではない。
見た目が嫋やかであろうとも、中身はそこいらの男には負けないほどに男前なお母様。
それを知っている家族全てが、それに習い、私を全力で守ってくれる。
護れなければならない私は、全力で家族に守られているのだ。
それを忘れない、それを身に沁みるほど理解している。
そんな心をもたせてくれた。
私はだから、決めている。
私はわたしのものだ。
助けなければならないとしても私の意思で助けたい。
助けなければならない人として接したくはない。
人として、当たり前のように。
この人を望まず、対等にいたいのだ。
私に意思決定はないとわかっている。
でもそのときに私は後悔したくない。
その時私に愛しい人がいたとしてもこの人を一番に考えなければならないとしても。
私の心は私のものだ。
それは理を超えた、私の矜持。
涼やかな声に応える。
色を褒めていただいた事実と、この方もまた、食えない方であるという事実を
刻みつける。
ゆっくりと淑女の礼をとったまま答える。
「わたくしが知っていることなど貴方様の名前とこの国の医療のこと。
わが皇国が役に立てる医療技術があるということその程度のものでございますれば。
エルロッドウェイ皇国の第一皇女ナディアレーヌ・エミィ・オーウェンでございます。
わたくしはエルロッドウェイの医療の知識をすべて詰め込んだものにございます。
派遣という形ではございますが、この国で薬草に関する栽培方法と医療を確立させたいとのこと。
その手助けとしてわたくしがこの国にとどまることになります。
どうぞお見知りおきを。」
表向きはこういった要請により私はここにいる。
神託が下ったのはこの公的に届けられた国王自らの親書が届いたあと。
私の仕える相手がドゥーゼット国王だと知ったお母様は安堵し。
お父様は頭を抱え、兄達は眉間にシワを寄せ苦虫を噛み潰したような顔だった。
お母様の気持ちはわかる。
私だって自分の娘が仕えるのが犯罪者まがいの方でなかっただけでも
安心材料だ。
だがお父様やお兄様たちは違う。
私が仕えるのが男性というだけでも気に入らないのだ。
しかもぐうの音も出ないタイミング、そしてぐうの音も出ない程に完璧な
公的なお願いと来ては駄々の捏ねようもない。
全ては私に決定権はないのだ。
そして私はここにいる。
淑女の礼を取りながらも思う。
ああ、この人はきっと私ではなくお兄様のどちらかを望んでいたのだろうなと。
だがしかし神託は下った。
私が来るしかなかったのだ。
そして私を受け入れるしかないのだ。彼も。
諦めてもらうしかない。
そして。
心のなかで唱える。
私を望まないでいただきたい。
こんな美しい貴方様と比べるのも烏滸がましいほどの平凡な私なんて
良き時が来た暁には解き放っていただきたい。
ええ、解放していただきたい。
助けるだけは助ける。あの日のあの背中を救いたかったように。
だからお願いします。
私はただ。
薬草を育て、その薬草で料理を作り、自分の為に笑い、多くの人を助け。
ただ平凡に生きていきたいだけなのだから。
だが私は知らなかったのだ。
とうの昔に私が捕まっていたことを。
彼はずっとこの日を待っていたことを。
もう色々と手遅れだったということを。
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