第27話 その日の前に -1
その後、話題になるような前評判は打たれていなかったにも関わらず「なぜか」まぎれていた新聞記者によって、大々的にその成功は唄われた。ただし、記事の中心となるのは文化の受勲が新設されることであって、新劇場はあくまでその新興の一つという触れられ方にすぎなかった。アルゴがその作成に関わったという事実は記載されていたが、そんな扱いの差は新しい語り部たちは大して気にするところではなかった。
自分たちにとってはここがやっとスタートラインで、邪魔が排除されたに過ぎない。普段はレオ・ヴィラージオは出ないのだから、街の人間だけを客としてはやっていけない。首都からの客を誘い、何度も観てもらえるような語りを作り続けなければならない。それでも、それが、それこそが彼らが行いたいことだった。ミネットやアルは腕まくりをして忙しい日々を送っていた。
いつものレオの屋敷で、彼と向かい合っているリアは、先日の新しい劇場の語りを思い出して胸に熱いものを持ちながらも、頭は冷静だった。首都の劇場にまた出るのだというレオは各段に忙しそうになっていっていたが、リアとの打ち合わせを待たせることがあっても、飛ばすことはなかった。
「なにせここが本番だからね」
そうしてトントン、とレオがスケジュールのある日にちを叩く。受勲式だった。笑う姿はいつものように美しいが、彼のからだの厚みがほんの少しだけ薄くなったように見えた。忙しいのだろう。ごはん食べられているのだろうか、とリアは場違いな心配をした。
「はい。作成は問題ありません」
そう返すリアは、そんなことを言っている自分の顔色だって褒められたものではないとわかっていた。文化勲章のため、工場はきりきり舞いでまわっていたからだ。これまでかたちが定められていたものと、それ以外のものをつくるのではまったく違う。それでも、リアがオータムとともに綿密に根回しを進めていたため、作成の方角は正しく切り替わっていた。
「あの後は大丈夫だったんですか」
「いやぁ、叔父は本当に信じられないくらい怒っているけど、文化勲章は実はヴィラージオ家の悲願でもあってね。俺の立場はだいぶ強くなったから大丈夫」
悲願だったなら言ってほしい、と心の中で突っ込む。平然とお茶を飲む姿に嘘はないのだろうが「叔父が信じられないほど怒っている」という言葉にはリアは眉を下げざるを得なかった。またこの人に背負わせてしまった、とリアは頭の片隅で思う。
「それでも、勲章なんて張りぼてだから」
そうぽろりとこぼして、レオの動きが止まった。その『張りぼて』を作っているリアに絶対に言うことではない。これまですべてを手の上で転がしてきたようなレオからすれば、珍しい失言だった。しかもそれを瞬時に取り繕うこともできず、一瞬固まっている。
リアはそれを理解して、珍しい、とだけ思った。そうして怒ってもいなかった。彼が伝えたい意味がわかっていたからだった。
「私もそう思います。勲章に意味があるのは『何をやったか』『これから何をやるのか』です」
それがあまりにも言いたいことと同じだったのだろう、たじろいだようにレオは咳払いをした。
「そう……俺は文化の断絶をどうにかしたいからね。届けるぞ~、国の金で」
ふざけたように続ける姿はいつものレオが戻ってきていた。
「実は、王太子様とのやり取りの中では、文化政策についても……口入れはしたんだ。諸国との争いがある中で、ビラシュの文化を誇るのは意味があると。でも戦争の道具には使わせない。人の心に届くようにしたい」
その言葉に強くうなずきながらも、リアはある人の言葉を思い出していた。
「フレードも同じようなことを言っていました」
また、レオの動きが止まる。だがいつかのように、ケンセイはもう笑わなかった。
「あの日、馬宿の人とやり取りをした時。教えてくれたんです、彼の研究が、輸送に関わるものだって」
*
すべてを聞いていたフレードは物腰柔らかに、リアとエセルに話していた。
「彼らの天下もいつまで続くかわからないからね。大きい街は遠くない未来、違う交通網が通ると思うよ」
言われている意味がわからず、リアとエセルが首を傾げる。フレードは静かに続けた。
「今、馬という生き物を頼りに僕らは生活しているけど、動力を別に持った乗り物も生まれてくる。そういった時に、あの……フェイトンだっけ? あそこには気を付けるように、僕からも話しておくよ。レオ様の叔父上にもね」
新しい取り組みをするときに邪魔してくる業者だということでね。
そう笑ったフレードは静かだったが、自分の兄がそのような研究をしていたことを全く知らなかったエセルはよく事態が飲み込めないように聞いた。
「兄さんの研究って、なんか…虫のことじゃなかったの?」
「昆虫の体組織を参考にして、乗り物の研究をしているんだ。動力は熱で……」
そうして愛する妹に熱く語りだした彼の話が理解しきれず、エセルは早々に「はいはい」と言って聞き流していたが、リアは興味深くそれらを聞いていた。物資の輸送方法も、技術の発展とともにどんどんと変わっていくのだ。
古いものにしがみついているだけでは、何かが生まれれば淘汰されてしまう。フレードは静かに、確信を持って語っていた。
「特定の誰かにしか届かないことは減らしていきたい。断絶を改善したいんだ」
*
「まあ色々と課題はあるけど……と言ってましたけど」
そこまで話したところで、レオの目がこちらをじとりと見ていることに気づいて、リアは口をおさえた。ぺらぺらと話し過ぎたか。彼の叔父のことも暗に排除したことは、問題ないはずだが。そんな懸念は的外れで、レオがあくまで気にしていたのはフレードのことだった。
「リア? その……彼は、君と一緒に来ていた女性の兄っていうことでいいんだよね」
「エセルはだめですよ! 確かに美人ですけど」
「違う」
てっきり美人であるエセルにレオが目をつけたのかと思ってリアはあわてて手をふるが、レオは呆れたように目を細めてリアを見た。
「あー…リア、君はその、知的な人が好みなの」
夢を語る好青年は、傍から見ても魅力的だ。そう考えるレオが珍しく言いよどむので、リアはびっくりしたようにそちらを見た。そしていつの間にかケンセイが席を外していることに気づいて、何故、と頭の片隅で思う。
「いえ、別に。話が合えばとは思いますが、頭のいい人が好きなわけでも。というか、フレードとはまったくそんな関係ではありません」
「そうか。そうだね。それがいいと思う」
おどけたように頷くレオと珍しく目が合わない。その意図が読み取れず、リアも腕を組んだ。
「レオ様にも好みの方はいらっしゃるんですか」
意趣返しのつもりで「誰でもいいのだろう」とふざけた調子で偉そうに聞いたリアだが、レオはこれまでの妙な調子を翻し、真面目な顔で顎の下で手を組むと、リアに返した。
「芯を持って、自分でしっかりと立っている人かな」
回答の仕方、言い回しは特定の誰かを指している音色で、リアルは一瞬時が止まるように思った。ぐっと喉がつまって、指先が痺れるようにすら感じる。
自分はレオのことをまったく知らないのだ。自分がいないとき、語りの準備、公演中。彼を支えてくれる誰かが今いるのかさえも。それを思うと、急に視界が狭くなったようにすら感じ、動揺した。それは、この仕事の日々を繰り返す中で、これまで見ないようにしてきた気持ちだった。
そんな動揺を押し殺して、リアは何でもないように言う。
「また…どなたかと浮名を流されるつもりで?」
「黙っておきますよ」と続けると、レオは困ったように「またって君なぁ」と返して、これまた珍しく長い髪を少し触った。
「女性関係についてもある種の反抗だったところもあるんだが……まあいいや」
言い連ねないようにしようとレオは口を閉じ、手のひらをリアに向けると「この話はここで終わりだ」と示した。リアもそちらの方がありがたかった。妙な鼓動の打ち方をしてきた胸を押しとどめたかったから。
「式の日、君に会えることを楽しみにしているよ」
レオは嬉しそうに微笑んでリアに言った。その言葉自体は嬉しいものだったはずなのに、リアは「はい」と大きく返事を出来なかった。
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