第三章 ~『白状するルーザー』~


 リグゼは日課の魔力量アップのため、スクロールに魔術を込める。自室の物置にため込んだストックが山のように積み重なっていた。


(実践でスクロールを活用する術があればなぁ……)


 魔力消費なしで魔術を発動できるスクロールは活用できれば有効な武器となる。だが持ち運びに問題があり、いまは商売にしか使えずにいた。


(《転移》の魔術を使えるようになれば、必要なタイミングで手元に引っ張ってくることができるんだがな)


 ないものねだりをしても仕方がない。魔力量の増加だけでも十分な恩恵だと割り切って、スクロールの山をさらに高くしていく。


「リグゼ様、少しよろしいでしょうか⁉」


 焦りを含んだ声で、ルーザーがドンドンと扉を叩く。嫌な予感がするが、相手は一応客人だ。無視するわけにもいかない。


「いいぞ」

「では失礼して……この部屋にレンはきていませんか?」

「来てないが……どこに行ったのか心当たりはないのか?」

「それは……いや、でもまさか……」


 心当たりがあったのか、ルーザーは額に汗を浮かべると、傍に控えていたジンと目を合わせる。


「まさか御父上のところへ行かれたのでは?」

「あの馬鹿のことだ。あり得る話だ」


 ヒソヒソと話す二人の会話を、リグゼは《強化》で聴覚を高め、盗み聞きしていた。彼らの話には矛盾が含まれている。


「レンの父親は行方不明じゃないのか?」

「き、聞かれていたのですか?」

「あいにくと地獄耳だからな。事情を説明してもらえるよな」

「それは……」

「もし父親と会うためにタリー領へ向かったのなら、戦力が心許ないだろう。俺なら護衛として力になれるぞ」

「それは魅力的な提案ですね」


 リグゼの実力を知っている二人は目を見合わせる。恥を晒してでも、戦力を取るべきか。彼らは頭の中で天秤を揺らした。


「分かりました。お話ししましょう。ただし御父上のグノム公爵には秘密にして欲しい」

「約束する」

「実は……我がタリー領で暴れている盗賊たちのボスは、レンの父親であり、先代の領主であるランパート・タリーなのです」

「《武王》の称号を持つ武術家だよな」

「恐ろしくなりましたか?」

「逆だ。《転移》が使える武術家だぞ。こんな素敵な研究対象はそういない」


 ワクワクが止まらないと、胸を高鳴らせる。《転移》は利便性が高く、是非とも習得したい魔術だからだ。


「だが勘違いするなよ。アリアを誘拐しようとしたことはまだ許していないからな」

「リグゼ様は我々が共犯だったと気づいていたのですね」

「あんな嘘で騙される奴がいるか! 弟のピンチだから協力してやるだけだ」


 ルーザーにはひとかけらの情さえ抱いていないが、レンの安否は気になる。助けると決めて立ち上がると、タイミング良く扉が勢いよく開かれる。


「お兄様、私も行きます!」

「駄目だ」

「即決すぎませんか⁉」

「大切な妹を危険な場所には連れていけないからな」

「でも私……お兄様の力になりたいです……」


(アリアの気持ちを無下にはできないか)


「いいぞ。だが絶対に俺から離れるなよ」

「はいっ!」


 弟を救うため、リグゼは危険の待つタリー領へ足を踏み入れる覚悟を決めるのだった。

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