第二章 ~『リッチとの闘い★アリア視点』~


~~《アリア視点》~~


 森へ討伐に出掛けたリグゼと別れ、アリアとコンキスタは一足先に入場門まで戻っていた。


「聖女様、ご苦労様です」


 物見櫓から衛兵が声をかける。ニコニコと好意を滲ませた笑みに、銀髪への嫌悪はない。アリアの口元が緩む。


「いますぐ、扉を開けますので」

「急がなくても構いませんよ」

「聖女様はこの領地を救ってくれた恩人ですから。貴重な時間を無駄にするわけにはいきませんよ」


 衛兵の態度の理由は、アリアの魔術により、食料事情が改善されたからだ。目に見える恩恵は尊敬に繋がる。彼女の評価は領内で天井知らずであった。


「私、エルド領が大好きです」

「私もですよ」

「コンキスタ様も?」

「最初は僻地に飛ばされたと嘆いたこともありました。しかし勤めてみれば悪くない。人柄の良い民が多く、領主のリグゼ様は若くとも尊敬できますからね」

「ふふ、やっぱりお兄様は凄いです」

「あなたも十分にご立派ですよ。足りない経験は私がお支えします」


 コンキスタが恭しく頭を下げる。彼はアリアのことを領主の素質があると認めていた。リグゼの後釜になる領主は彼女しかいない。彼自身、本気でそう考えていた。


「アリア様――」

「どうかしましたか?」

「いえ、空が……」


 太陽が局所的な雲で覆われていく。明かりが消え、薄暗い空は不気味な空気に包まれていく。


「雨でも降るのでしょうか……」


 アリアの疑問に答えるように、空から黒い雫が一滴落ちてくる。丘陵地に着地すると、そのまま黒い染みが広がっていく。


 その中心から黒い布を巻きつけた骸骨の魔物が這い出して来る。高位の魔物だと感じるほど邪悪な魔力を放っていた。


「あれは……まさか……」

「コンキスタ様には心当たりが?」

「私の予想が確かなら、あれはリッチロードです!」


 話を聞いていた衛兵は、その名前を聞いた瞬間、急いで警鐘を鳴らす。カンカンカンと甲高い音が鳴り響いた。


「聖女様、すぐに門を開けますから、早く壁の中に逃げてください!」

「いえ、私はあの魔物と戦います」

「な、なぜですか⁉」

「対峙したからこそ分かります。あの魔物が相手では外壁は役に立ちません。誰かが身を呈して時間を稼がなければならないのです」


 いずれリグゼが助けにきてくれる。それまで足止めの役目を果たせるのは自分しかいない。膝を震わせながらも、勇気を振り絞る。


「私もお供します」

「コンキスタ様……ですが……」

「リグゼ様に守るように頼まれましたから。それに私も元軍人。子供に守ってもらうほど衰えてはいません」


 それだけ伝えると、コンキスタは駆けだした。


 対するリッチロードは眼窩を輝かせて見据えると、地を覆う黒い染みから骸骨の剣士を召喚する。


「リッチソルジャーですか。手強い相手が出てきましたね」


 背丈ほどもある剣を構えた骸骨の剣士は、禍々しい魔力を放っている。召喚主であるリッチロードの魔力を与えられ、その強靭さに磨きがかかっていた。


 リッチソルジャーは剣を振るう。そこにコンキスタが拳を合わせると、二人の力が衝突し、火花を散らした。


「このままでは……押し負ける……ッ」


 実力は僅かにコンキスタが上回っているが、リッチソルジャーはロードからのサポートがある。その補助の差が彼を窮地に追い詰めていた。


「コンキスタ様!」

「アリア様、私を置いて逃げてください」

「逃げません! 大切な人を見捨てるくらいなら死んだ方がマシです!」


 もう見ていることしかできない少女ではない。彼女はコンキスタに遠隔で《強化》の魔術を発動する。


 アリアの魔力に包まれた彼は、全身を力で漲らせる。拳にも力が入り、剣を押し返した。


「うおおおおっ」


 拮抗勝負に勝利したコンキスタは、追撃の拳をリッチソルジャーの顔に叩き込む。肉を削がれた鼻骨を砕くと、膝を折って、その場で倒れた。


「さすがはコンキスタ様です!」

「アリア様のサポートのおかげですよ」


 二人は目下の敵を倒した喜びに浸る。残すはリッチロードのみだ。


「この調子で残りの敵も倒しましょう」

「ですが、アリア様……残念な知らせです」

「私も言われて気づきました。新手ですね」


 薄暗い空の向こうで、怪鳥の魔物が翼を羽ばたかせていた。そのまま彼女の上空まで移動すると、爪に捕まっていたイグニスを落下させる。


 空から舞い降りた男は魔力を纏い、着地の衝撃を受け入れる。常人なら潰されるが、彼は無傷のままだ。状況を把握するために周囲を見渡す。


「リッチロードがいれば、聖女を狩るのに時間を必要としないと思いましたが……王国は意外と人材が揃っているのですね」

「あなたは、まさか……イグニス様ですか?」

「おおっ、コンキスタ様ですか。お久しぶりですね」


 二人は旧知の仲だった。だが再会の握手はない。敵であると察していたからだ。


「コンキスタ様の知り合いですか?」

「帝国の旧友です。まさか敵となって再会を果たすとは思いませんでしたが……」

「強いのですか?」

「数いる上級魔術師の中でも上位の実力者です。私では勝てません……」


 主人のために命を賭ける覚悟はできているコンキスタだが、そんな彼が決死で挑んでも敵わない。それほどの実力差があった。


「再会の挨拶は済みましたし、私がすべてを終わらせましょう」


 イグニスの合図と共に、闇に沈んだ大地からリッチソルジャーの大群が這い上がってくる。数は十を超え、百に達する。


 一対一でも苦戦した強敵の大群を前にして、生き残れないと悟ったのか、コンキスタは目を伏せる。


「申し訳ございません、アリア様……」

「まだ勝機はあります」

「アリア様……ですが……」

「私は大好きな街の人たちを守りたいのです。だから、お願いします、コンキスタ様。私と共に戦ってください」

「……っ――主人の願い、必ず叶えてみせます!」


 コンキスタはリッチソルジャーの大群へ向かっていく。彼を支えるため、アリアは残った魔力のすべてを《強化》に費やし、膨大な魔力の鎧で包みこむ。


「これなら、勝てますよね?」

「必ず勝ちます!」


 魔力が枯渇し、アリアは膝を突いて倒れる。絞り出してくれた魔力に感謝し、コンキスタはリッチソルジャーへと闘いを挑む。


「うおおおおっ」


 アリアの想いを無駄にはできない。振り上げた拳を、リッチソルジャーの顔に叩きつける。


「――――ッ」


 だが衝撃を受けても、リッチソルジャーは微動だとしない。それどころか殴ったコンキスタの拳の方が壊れてしまう。


「クククッ、鋼のように硬いでしょう。私の魔力量はリッチロードの約三倍。それだけの魔力で肉体を強化したのです。あなたの貧弱な拳では傷一つ付きませんよ」

「――――ッ」


 無力感にコンキスタは奥歯を噛み締める。勝てないと悟ったのだ。


 だが優秀な彼が絶望で膝を折ることはない。瞬時に次にやるべきことを判断し、倒れたアリアの元へ駆け戻ると、彼女に肩を貸した。


「アリア様を守るのが私の責務。必ず安全な場所へとお連れします!」

「いいえ、私はここに残ります」

「アリア様、我儘を仰らないでください!」

「違いますよ。逃げる必要がなくなったのです。この勝負、私たちの勝利ですから」


 アリアの言葉に反応するように、大気が震え始める。ピリピリと肌が粟立ち、背中に冷たい汗が流れる。


 膨大な魔力を纏った人影が近づいてくる。その正体を察し、コンキスタもまた安堵の笑みを浮かべた。


「リグゼ様!」

「アリアをよく守ってくれたな」

「あなたの命令ですから」


「アリアもだ、よく頑張ったな」

「お兄様なら助けにきてくれると信じていましたから」

「間に合ってよかったよ。ではさっそくだが――俺たちの敵を排除しよう」


 リグゼが手の平をリッチソルジャーへ向けると、殺気を孕んだ禍々しい魔力を放つ。魔力が魔術へと変換され、大地に魔術の呪印が刻まれた。


「土魔術の応用技だ。しっかり味わえ」


 必殺の術式が発動すると、大地が地割れによって砕かれていく。地割れに飲み込まれた骸骨の剣士たちは落下していく。原型さえ残さずに、百を超える軍勢が壊滅したのである。


 残るは一人と一体のみ。リグゼによる一方的な蹂躙が始まろうとしていた。


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