第二章 ~『レッサーウルフと狩り』~


 魔物の森は東西南北の方角で、縄張りとしている魔物が異なる。このように住処が分かれているのは、エリアを統括する四体の巨大な魔物の主の影響力が大きい。


(西側の魔物の主はどんな奴だろうな)


 人前に姿を現した記録はない。出会った者がいないというより、遭遇して生きて帰れた者がいないと考えた方が自然だろう。


(居場所も分からない魔物の主を探すのは非効率だ。地道に一体ずつ狩っていこう)


 馬から降りて、一人で森の中へ入っていく。茂みを掻き分けながら、獲物がいるのだと知らせるためにワザと大きな音を鳴らす。


「美味しそうな餌が飛び込んできたぞ。早く姿を現せ」


 声に応えるように、遠くから影が猛スピードで駆け寄ってくる。遠目からでも分かる。レッサーウルフだ。


「あの時、馬で吹き飛ばした奴か……雪辱を晴らしにでも来たのかな」


 復讐心は魔物でも抱く。怒りを露わにしたレッサーウルフが、牙を剥き出しにして飛び掛かってきた。


 その牙を腕で受け止める。だが怪我はない。《強化》の魔術で鋼よりも硬くなった彼の腕は、血の一滴すら流れなかった。


「分かるよ。俺も恨んでいる奴がいるからな……だがお前も人を食ってきた。因果応報だ」


 レッサーウルフの頭を掴み、腕から引きはがす。バタバタと抵抗するレッサーウルフだが、彼の万力のような握力から逃れる術はなかった。


「折角手に入れた力だ。使ってみるとするか」



 《召喚》の魔術は《鑑定》に負けず劣らずの汎用性を誇るが、その中でも特に便利なのが野生の魔物を自分の従僕に変え、好きなタイミングで呼び出せる力だ。彼は魔術を込めた魔力をレッサーウルフの脳内に流し込み、召喚の契約を結ぶ。


「こうなると可愛いものだな」


 契約が結ばれたのか、レッサーウルフは、リグゼを主人として認めて尻尾を振る。念のため自分のステイタスを確認すると情報が追記されていた。


――――――――――――――――――

『名前』リグゼ・イーグル

『魔力値』3000(ランクB)

『成長曲線』ランクS

『固有魔術』

 鑑定(ランクS)

 召喚(ランクS)

『基礎魔術』

 錬金(ランクD)

 命令(ランクD)

 炎(ランクE)

 水(ランクE)

 雷(ランクE)

 土(ランクE)

 風(ランクE)

 回復(ランクE)

 強化(ランクF)

『劣化魔術』

 時間操作(ランクS→ランクD)

『召喚獣』

 レッサーウルフ(ランクE)

――――――――――――――――――


(レッサーウルフはランクEか。弱いわけだな)


 《召喚》の魔術は相手のランクがD以下なら無条件で召喚獣として従えることが可能だ。そして一度でも召喚獣として登録すれば、自分の手足のように働かせることができる。


 彼の狙いはすべての魔物の討伐、もしくは隷属化にある。狩人は多い方が効率的だ。その役目をレッサーウルフに任せようとしていた。


(レッサーウルフは俺と比べれば弱いが、この森の中では上位種だ。他の魔物に後れを取ることはないだろう……だが念のために保険をかけるかな)


 《強化》の魔術でレッサーウルフの身体能力を向上させる。森の主を除けば、最強の魔物になれたはずだ。


「命令だ。手当たり次第に魔物を狩れ。ただ勝てそうにない相手と遭遇したら、俺のところまで逃げてこい。さぁ、行け!」


 リグゼの命令に従い、レッサーウルフは茂みの向こうへと消えていく。それを見届けると、彼は再び歩み始める。


「使ってみて利便性が分かる。さすがはランクSの魔術だ。ランクDの《従属》とは違うな」


 《召喚》の完全な下位互換の力に《従属》という魔術が存在する。


 《召喚》は仲間にした魔物を維持するための魔力消費がなく、魔物自身の魔力で自律的に行動することができるが、《従属》は違う。魔物を従えているだけで術者の魔力を消費し続けてしまう。


 《召喚》はこれらの課題がないため、魔物を増やすことにリスクがないのだ。まさしくランクSに相応しい力であった。


(でもまぁ、ランクSの魔術と比較するのは可哀そうか。《従属》の魔術も帝国がお気に入りにする程度には便利だからな)


 帝国は多数のダンジョンを運営している関係上、《従属》の魔術が発展した歴史がある。使い手も多い。敵対すると厄介な術式であることに違いはない。


(魔物は人間と違って人件費がかからないし、無休でも文句も言わない。魔力を消費するとはいえ、戦闘員として、これほど優秀な駒はないからな)


 前向きに考えれば、魔物討伐は戦力強化の好機でもある。期待を胸に、森の奥地へと進むのだった。

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