第一章 ~『サテラとの出会い』~


 屋敷の外れにある演習場で、リグゼは一人、魔術の練習を繰り返す。魔力は筋肉と同じで酷使すればするほどに増えていくが、魔術のキレもまた繰り返すほど磨かれていく。


(炎の魔術は及第点の威力だな)


 演習場を炎で焼き終えると、続けて水の魔術で局所的な雨を降らせる。炎は勢いを削がれ、鎮火されていく。


(つくづく実感するが、貴族は恵まれているな)


 高威力の魔術を自由に放てる演習場は、貴族の嫡男として生まれた特権である。


 また代償に失った基礎魔術も、公爵家の人脈のおかげで復活の兆しを見せていた。魔術書の入手に加え、雇った魔術師に欲しい力を披露してもらうなどの工夫により、この四年の間に魔術師として大きな成長を果たしたのだ。


(惚れ惚れとする能力値だな)


 《鑑定》で自分の能力を確認し、頬を緩める。成長の実感は何度見ても飽きることがない。


――――――――――――――――――

『名前』リグゼ・イーグル

『魔力値』1000(ランクC)

『成長曲線』ランクS

『固有魔術』

 鑑定(ランクS)

 召喚(ランクS)

『基礎魔術』

 錬金(ランクD)

 命令(ランクD)

 炎(ランクE)

 水(ランクE)

 雷(ランクE)

 土(ランクE)

 風(ランクE)

 回復(ランクE)

 強化(ランクF)

――――――――――――――――――


(公爵家だから私設の領軍もあるんだよな。演習はサボり気味らしいが、魔術師の部隊もあるそうだし、どこかのタイミングでコピーさせてもらいにいくか)


 帝国と王国との間で戦争が起きるのは今から十年後の話だ。現在のイーグル領はその圧倒的な経済力のおかげで平和を維持している。


 そのため領軍の仕事は、盗賊討伐などの領内の治安維持が主となっている。剣や魔術の腕を磨く習慣が薄れるのも道理である。


(さて、準備運動はこんなもんかな。ようやく本命が来てくれたようだしな)


 演習場に人影が現れる。翡翠色の髪と瞳をした小柄な少女だが、彼女は外見通りの年齢ではない。尖った両耳が証明するように、長寿で有名なエルフ族だった。


「あなた、この辺りでリグゼという男性を見かけませんでしたか? 衛兵さんに、ここにいると聞いたのですが……」

「俺がリグゼだ」

「冗談は止めてください」

「家庭教師の依頼の手紙を送ったのも俺だ。エリシャの人脈を借りはしたがな」


 少女の名はサテラ――剣術を極めた世界最強の剣士、《剣王》である。魔術師の大賢者に匹敵する称号を持つ彼女を呼んだのは、魔術とは異なる技術を習得するためである。


「はぁ、騙されましたね。まさか子供の悪戯とは」

「悪戯なものか」

「ですが金貨三千枚払うと」

「もちろん報酬は払う。その証拠だ」


 樽に詰まった金貨を見せつけると、サテラはゴクリと息を飲む。


「これほどの大金、まさかお小遣いですか?」

「そんなわけあるか!」

「ですよねー、私の金銭感覚がおかしいのかと思いました」

「この金は俺がビジネスで稼いだ金だ」

「ビジネスって、あなたの年齢は?」

「五歳だな」

「にわかには信じがたいですが、商人との人脈と、証拠の金貨がありますからね。少なくとも凡人ではないと認めましょう」


 《剣王》の時間は安くない。莫大な報酬と同時に、意義も求められる。育て甲斐のある弟子だとの理解を得なければならない。


「審査する価値はありそうですね。でも見込みがなければ、この話はなかったことにしますので」

「覚悟の上だ。それで審査とは何をする?」

「私と剣で戦ってもらいます。一撃でも当てることができれば合格です」

「随分と優しい合格基準だな」

「ふふ、あなたは《剣王》を舐めすぎです。一流の剣士でも私に触れることさえできないのですから」


 サテラは懐から小刀を取り出す。白銀に輝く刃を手にして、彼女の放つ雰囲気が変貌する。


「業物だな」

「私のコレクションに加えてもいいと思えるほどの刀ですから……でも高い買い物でした。そのせいで金欠です……」

「なら俺も負けないくらいの名刀を用意しないとな」


 魔力を練り上げ、最強の剣をイメージする。《錬金》の魔術を応用すれば、武器を生み出すことも可能だ。


 地面から閃光を放ちながら現れたのは、白銀の刃だった。長刀を手にして、上段に構える。


「魔術で剣まで生み出しますか……それにその構え、剣術の経験があるのですか?」

「軍隊でちょっとな」

「なるほど、領主になるなら、いずれは領軍を率いることになる。そのための教育の一環として習ったと?」

「まぁ、そんなところだ」

「ふふふ、これは戦うのが楽しみになってきましたね!」


 二人は剣を構えて対峙する。張り詰めた空気は重く冷たい。


「いきます!」


 静寂を破り、最初に動いたのはサテラだった。一瞬で距離を詰めると、小刀を振るう。


 リグゼはそれを長刀で受け止めるが、剣の勢いを止めることができず、そのまま吹き飛ばされる。


 土にまみれながら転がった後、ゆっくりと起き上がる。《回復》の魔術で傷を癒すと、冷静に戦力を分析する。


「いまのが全力ではないよな?」

「当たり前です。相手は子供。手加減くらいします」

「ならその余裕を消してやる」


 深呼吸すると、膨大な魔力をエネルギー源として、《強化》の魔術を発動させる。全身に活力が漲り、腕や眼の血管が浮かびあがった。


(純粋な肉体の強さで敵わなくても、俺には膨大な魔力と多彩な魔術がある)


 《強化》の魔術によって身体能力を向上させた状態で、改めてサテラと距離を詰める。上段から振り下ろした刃は、常人では目で追うことさえできないが、彼女は余裕の笑みを浮かべて躱す。


「ふふ、五歳とは思えない強さですね」

「躱しておいて、その言葉は嫌味にしか聞こえないな」

「心から褒めているのですよ。あと五年もすれば、私に一撃を当てることもできたでしょう」

「今の俺には無理だと」

「ええ。私はまだ本気を出していませんから」


 サテラが振るう刀の重みが増す。《強化》の魔術で動体視力も上がっているはずなのに、剣戟の軌跡を目で追うのがやっとだった。


(このままだとマズイな)


 相手は剣士の頂点、《剣王》だ。負けても仕方がないと、諦観が浮かんだ時、遠くから声が聞こえてくる。


「お兄様、頑張って!」


 帰りの遅い兄が心配で様子を見に来たのか、アリアが声援を投げかける。こうなってくると事情が変わってくる。


 負けたら、アリアに失望されるかもしれない。兄の威厳を守るため、諦めるのを止めることにした。


「最強を目指すなら、誰が相手でも負けられないよな」


 魔術の効力を高めるには、消費する魔力量を増やすのが一般的だ。だが他にも効力を底上げする手段が存在する。


 それが魔術の制限である。


 例えば《強化》の魔術は腕力を強化し、足を速くし、身体を頑丈にしてくれる。しかし強化部位を絞ることで、その効果を高めることが可能だった。


(一撃でいいなら、威力はいらない)


 速さに特化するため、足に《強化》を集中させ、大地を踏みしめる。次の瞬間、リグゼは姿を消した。


 一陣の風となり、音速を超えた剣戟が放たれる。急速な動き出しに、さすがのサテラも反応が遅れた。


(このタイミングなら当たる)


 勝利を確信するが、彼女は突如動きを加速し、必殺の一撃をギリギリのところで躱す。空気を切り裂く音が響き、二人は緊張でゴクリと息を飲んだ。


「俺の負けか……」

「いいえ、あなたの勝ちです」


 サテラの前髪がはらりと落ちる。彼女の口元には笑みも浮かんでいた。


「これから毎週、この時間に教えます。二人で一緒に剣の道を極めましょう」

「ははは、お手柔らかにな」


 熱意で瞳を燃やすサテラに対し、彼は乾いた笑みを返す。二人の師弟関係はここから始まったのだった。


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