知識だけの無能だと追放された大賢者。転生して『世界最強の天才』になる
上下左右
プロローグ ~『無職の賢者は勧誘される』~
「無職のリグゼに朗報を持ってきたぞ」
「相変わらず、失礼な奴だな」
山奥でひっそりと暮らす彼を訪問してきたのは、親友のグノムである。公爵家の領主である彼は、黒髪黒目の品のある顔立ちをしているが、どこか親しみやすさも感じさせた。
「こんな山奥まで足を運んだのだ。歓迎してくれても罰は当たらんぞ」
「俺に茶を出せと?」
「ははは、お前にそんな期待をするものか」
ズカズカと山荘へ入り込むと、部屋の中央に置かれたソファに腰掛ける。まるで自宅のような寛ぎ方だ。
「護衛は連れていないのか?」
「私は優秀な魔術師だからな。賊に襲われても逃げることは容易い。それにだ、お前に会うことを他の者に知られたくない」
「無職と仲良くしているのが恥ずかしいと?」
「逆だ。魔術師の頂点、《零の大賢者》と称えられるリグゼと、公爵家の領主が親密にしていると、変に勘ぐる者が出てくる。それを避けるためだ」
リグゼ・トールバーン、それが彼の名だ。墨を溶かしたような黒髪と黒目に、青白い肌は弱さを感じさせるが、彼の正体は魔術師なら誰もが平伏す大賢者の一人である。
「公爵様は苦労が多いな……噂で聞いたが、近頃は男児がいないせいで、後継者争いで揉めているそうだな」
「顔も知らない親戚が、『我が子を跡継ぎに』と訪ねてくる毎日だ。私としては後継者にはリグゼを推したいのだがね」
「馬鹿を言うな。俺とお前はただの友人だぞ」
「血の繋がっているだけの凡人に跡目を譲るなら、大賢者様に任せた方が領地は安泰だ。それにだ……恥ずかしいから一度しか言わないから良く聞け」
「おう」
「私はお前の事を本当の息子のように思っている」
「グノム……本当に恥ずかしい台詞だな」
「この野郎、私の恥じらいを返せ!」
「ははは、すまん」
グノムは幼い頃に息子を事故で亡くしていた。その息子の名も同じくリグゼといい、外見も生き写しのように瓜二つだそうだ。
息子の生まれ変わりのように感じた彼は、ただの友人とは思えないほどに親切を働いてくれた。
最初は煩わしいと感じていたリグゼだったが、徐々に受け入れ、今では親友と呼べる仲にまでなった。
「まさかとは思うが、仕事とは領地を継ぐことじゃないよな?」
「私はまだまだ現役だ。譲るのは十年先だな」
「ならどんな仕事だ?」
「大金を稼げる美味しい仕事だ」
「……犯罪に手を染めるつもりはないからな」
「公爵の私が犯罪を斡旋するものか」
「どちらにしろ、俺は金には困っていない。他を当たってくれ」
熟練の魔術師は魔術書の執筆や魔道具の作成などにより金を得る手段があるし、さらに魔術協会から年金も支払われる。金欠に陥ることがないのだ。
「だが社会との接点を持つことは大切だぞ」
「そうは言うがな、俺は上司だからと媚びるような男ではないぞ。もちろんコミュ力もないから職場で軋轢も生むだろう。そんな俺を欲しがる奴がいるか?」
「うぐぅ……」
「反論してくれよ! 謙遜した俺が馬鹿みたいだろ!」
「ははは、冗談だ。リグゼの魔術知識があれば、どの職場からでも引く手数多だろう」
「知識だけなら誰にも負けない自信があるからな……本当に知識だけだが……」
魔術は頭の中に浮かべた術式に魔力を流し込むことにより発動する。彼は千を超える魔術をその頭脳に沁み込ませていた。
だが知識があっても、肝心のエネルギー源である魔力がなかった。
本来なら魔力は筋肉のようにトレーニングで増加する。増え幅には個人差があっても、必ず努力で伸びるのだ。
しかしどれほど努力しても魔力の成長は見込めず、ゼロのままだった。心無い者からは『知識だけの無能』と馬鹿にされることもあった。
だが彼の心が折れることはない。
(無才を嘆く暇があるなら努力した方が有意義だからな)
人は寿命で必ず死ぬ。時間が有限である以上、立ち止まってはいられない。
(死ぬまでに、どこまで強くなれるのか)
彼は強さに憧れを抱いていた。それに前向きでもあった。魔力がゼロのハンデを背負っていても悲観することはなかった。
それは世界で唯一人の《鑑定》魔術の使い手であることも理由の一つであった。
視認した魔術の術式を見抜き、それを誰でも扱える知識へと変えられる。低ランクの魔術にしか使えない制約はあるが、相手の魔術を無条件にコピーできるのが、リグゼの《鑑定》の力である。
強力すぎるが故に世界五大魔術に数えられていたが、彼は真の意味でその魔術を使いこなせていなかった。
なぜなら魔力がないから。
そのためリグゼにできることは他人の術式をコピーし、それを魔術書として販売することだけ。他人を最強にできても、自分は最強になれない。これこそが彼の抱える欠点であった。
(だが俺は諦めない。可能性は残されている)
リグゼが最強へと至るためにできることは二つ。
才能のない者でも魔力を増やす方法を発見するか、魔力ゼロで発動できる魔術を見つけるかである。
特に後者は《鑑定》という前例がある。きっと世の中には他にも魔力ゼロで扱える魔術があるに違いないと信じていた。
そのためにリグゼは魔術書を読み漁り、魔術と魔術を組み合わせて新魔術を探る魔術研究に時間を割いていた。
研究時間はいくらあっても足りない状況で、人生を無駄にしている余裕はないと断ろうとするが、グノムは諦めが悪かった。
「断る前に話だけでも聞いてくれ。この仕事ならきっとお前も気に入るはずだ」
「どんな仕事だ?」
「王宮魔術師だ。又とないチャンスだろう?」
王宮魔術師とは王族お抱えの魔術師のことである。大金を稼げて、権威もある。誰もが憧れる仕事の一つであった。
「俺に王宮魔術師のオファーを送ってきたのは、どこの王子だ?」
「第三王子のアーノルド様だ」
「ん? 奴ならアリアを王宮魔術師として側近にしていたはずだが……」
「アリアと顔見知りなのか?」
「まぁな……」
アリア・イーグルは《銀の大賢者》の称号を持つ天才だ。世界最強と目されており、魔術師で知らぬ者がいないほどの有名人である。
そんな彼女と、リグゼは深い因縁を持っていた。
「どこで知り合ったんだ?」
「帝国との戦争でな」
「そうか……リグゼは戦場帰りだったな……」
五年前、王国と帝国間で戦争が起きた。帝国の魔術を盗むために徴兵されたリグゼは、戦場を駆け抜けた。
そこで数々の争いと出会いを経験し、アリアとも邂逅を果たした。彼が強さに憧れたのも、彼女との因縁があってこそだった。
「あの天才魔術師に加えて、俺まで雇うつもりかよ。欲張りな王子だな」
「大賢者を二人味方に付ければ、パワーバランスが崩れる。それはない」
「ならアリアはどうなる?」
「王宮魔術師をクビになる予定だ」
「何かトラブルでも起こしたのか?」
「まぁ、そんなところだ」
「アリアはお前の娘だろうに。随分と冷たいな」
「書類だけの親子関係だ。私はアリアを愛していない……理由は知っての通りだ」
《銀の大賢者》こと、アリアは、グノムと戸籍上こそ親子だが血の繋がりはなかった。彼の妻であるリーシャが間男と浮気の末、生まれた子供がアリアだった。
グノムは妻を愛していた。だからこそ不貞の証拠ともいえるアリアを嫌悪していた。
もちろん人格者のグノムである。嫌悪していても虐待などしないし、不当な扱いも禁じていた。さらには大人になるまで立派に育てているし、公爵家の令嬢に相応しい縁談も用意していた。
(アリアが第三王子と婚約したと噂で聞いたが……クビは建前で、俺を後窯にするつもりなのか?)
上司である王子が、部下の王宮魔術師に手を出すのは、風聞がよろしくない。そこで一旦クビにして、関係をリセットした後に二人が正式な婚約を発表するなら辻褄があう。
(グノムの奴も素直じゃないな)
そうでなければ、娘の仕事の引継ぎ先を頼みに来るはずがない。
「グノムは本当に良い奴だな」
「ん? どういう意味だ?」
「こちらの話だ。気にしないでくれ」
「それで、どうだ? この話を受けてくれないか?」
「俺は忙しい。猫の手も借りたいほどにな」
「やっぱり駄目か……」
「早合点するなよ。だからこそ、この話を受けてやる。王宮魔術師になれば、優秀な人材と巡り合える。部下を扱き使って、魔術研究を進めてやるのさ」
その言葉は本心ではない。だが彼は王宮魔術師となることを了承した。もしグノム以外の誰かに頼まれていたら断っていたが、親友の頼みであるし、アリアの幸せな結婚に繋がるからだ。
(これで、あの時の貸しが返せそうだ)
リグゼはアリアに命を救われたことがあった。陰ながら恩を返せたことに頬が緩む。
「感謝する。さすがは私の親友だ」
「今度、飯でも驕ってくれ」
「楽しみにしていろ」
二人の男たちは友情を確かめるように笑い合う。山荘に野太い声が響くのだった。
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