第29話 金庫

 ウセキ国物語のリスタートと同時に総監室には三人の修復士達が重なるように床に現れた。


「ハリウスっ」

 腹には刺し傷。

 腹から足にかけて血の滝の痕があった。


 姿は昔のハリウス。

 40歳のハリウスのままだ。


 ローレルは女性二人もそれぞれ仰向けに寝かせる。

 金髪の女性は青いリボンのくまを抱えていたが、腹に刺された跡があり、茶髪の女性は背中を大きく斬られていた。


「フィオナとエルメ」

 どちらもまだ二十代の女性。

 まだまだやりたいこともあっただろうに。


 三人はあっという間に60年の歳を取る。

 フィオナとエルメは87歳。

 エルメの師匠ハリウスは100歳。

 年老いた三人にカインの師匠ローレルは手を合わせた。


 ウセキ国物語が文字を刻む。

 無事に修復完了だ。


 最後のページに「めでたし、めでたし」という文字が浮かび上がったあと、大きな剣を背中に担いだカインが戻った。


「ただいま戻りました」

 現在の時計を確認し、七時間も経っていることに驚く。

 

「うわ、マジ? 働きすぎ!」

「第一声がそれか」

 ハリウスの横に座り込みながら総監グスターは溜息をついた。


「しかもジジイの部屋だし」

 はぁー、やだやだ。というカインの口調に師匠ローレルは驚いた。


 どうやらこの二ヶ月、ずっと猫をかぶっていたらしい。

 真面目な優等生だというイメージは、宰相の息子セドリックと港広場で戦っている時にうすうす崩れかけていたが。


「カイン、まず修復記録帳に完了日時を記載しなさい」

「はい、師匠」

 執務机の上にある修復記録帳に現在の日時と名前、修復内容を記載する。


『本の虫2匹駆除、蜘蛛4匹駆除、囚われた修復士3名救助』

 枠に書ききれずに二行目まではみ出した修復内容に師匠ローレルは苦笑した。


「本の虫と蜘蛛は背表紙の中だった」

 修復記録帳の隣にあるウセキ国物語の背表紙をぺらっと捲るローレル。


「この中? わざと?」

 第一声が故意的ではないかと言う辺りが、賢いのか、ひねくれているのか。

 これは教育が大変だとローレルは溜息をついた。


 カインのサインの横に、背表紙に虫が入っていたことを記載し、ローレルもサインする。

 これでこの業務は完了だ。


 カインは部屋に寝転がっている三人のご遺体に手を合わせた。

 フィオナの手にはくまのぬいぐるみ。

 カインが五歳の頃に母親からもらったケースに入ったくまのぬいぐるみだ。

 男なのにと当時思ったが、フィオナが気に入ってくれたようで良かった。


「うーん、歳とっても可愛いばぁちゃんだ」

「あぁ、フラれたんだったな」

 残念だったなと笑う師匠ローレルに、カインはあと少しで結婚だったのに! と悔しがった。


「カイン、それハリウスの剣だろ? ワシにくれ」

「はぁ? イヤだよ」

「ワシが死んだらカインの物にすればいい」

「ジジイは長生きだからダメだ」

 バケモノみたいにずっと生きていそうだと言うカインに総監グスターは笑った。


「カインはまだまだ未熟だからなぁ。しばらくはくたばれんわ」

「早く世代交代しろよ」

 カインは背中の剣を前にクルッと回すと、柄を掴んだ。

 長く太く重い剣。

 ハリウスはこれを振り回していたのだ。


「……ありがとう、カイン。彼らを助けてくれて」

 急に真面目な顔で言うグスター。

 カインは気まずそうな顔で微笑んだ。


 すぐにフィオナとエルメの親族に連絡が行き、亡骸は引き取られていった。

 泣きながらカインに感謝する親族。

 親族と言っても、もうかなり年配だ。


 ハリウスの亡骸はもちろんカインの家に。

 庭に大きな金木犀がある古い家にハリウスは60年ぶりに帰ってきた。


 カインの祖父レスターと総監グスターは今日ハリウスと過ごすそうだ。


「でもさ、新人にやらせる仕事じゃねぇよ」

 カインは文句を言いながら母屋を抜け出し庭にある緑の屋根の小屋へ行った。


 ボロボロになった小屋は歩くと床がギュッと軋む。

 カインは小屋の奥にある鍵のかかった金庫の前へ歩いた。


「80G」

 ダイヤルをギュルギュル回そうと思ったが、古すぎてすぐには回らない。


「あー、もう、堅ぇよ!」

 思いっきり力を入れると、ようやく一番外が回った。


 一番外側がアルファベット、二番目と真ん中は数字なので80Gと言いつつG08が正解だろう。

 カインは真ん中を8に合わせ、二番目、外側とダイヤルを回した。


 ガチッと開く金庫。

 カインはゆっくり金庫を開いた。

 中身は武器と箱。


「かっこいいじゃん」

 カインは鎌形刀剣を手に取った。


 ずっしり重たいが刃が付いていない背の部分はまっすぐで鎌のような形。

 長さはロングソードより短く、1メートルもない短刀。

 手入れされているが流石に六十年前のもの。

 カインは磨き直そうと思いながら横に置いた。


「こっちはダガーか」

 短剣ダガーが三種類。

 どれもシンプルで小型なのに殺傷能力が高そうだ。


「いい趣味してんじゃん」

 もっと話してみたかったな。とカインは武器を見ながらハリウスに想いを馳せた。


 最後に残ったのは箱。

 ゆっくり開けると中は紙や細かいものがバラバラと入っていた。


 子供が描いた絵。

 金木犀の下で剣を持つ大人と子供二人。


 下手な字で「おにいちゃん たんじょうびおめでとう」と書いてある。

 日付は今日だ。


 カインは目を見開いた。


 もう一枚の絵は剣だけ。

 さっき見た鎌形刀剣だ。

 こちらも誕生日おめでとうと書かれていた。


 剣の絵はレスター、カインの祖父。

 三人の絵はグスター、カインの大叔父が描いたもの。


「物持ちいいなぁ」

 面倒見の良い親戚のお兄ちゃんだったことは間違いない。


 カインは箱を小脇に抱え、鎌形刀剣とダガー三本を持ち母屋へ戻った。


「ファルシオン!」

「どこにあったんだ? まさか金庫か!」

 大興奮な祖父レスターと、それをくれと言うグスター。


「俺がもらったんだ」

 ハリウスがくれたとカインが言うと、レスターとグスターはニヤッと笑った。


「ダガーは一本ずつにしようじゃないか」

「そうしよう」

「しねぇよ」


 この鎌形刀剣はファルシオンというらしい。

 部屋でブンッと振り回すと、いつものように怒られた。


 カインは眠るハリウスの隣に置かれたバスターソードの横にファルシオン、ダガーと箱を並べた。


「金木犀はまだ咲いてない」

 金木犀の開花は9月、今日はまだ6月1日だ。


 箱を開けて、箱の中から紙の金木犀を取り出す。

 これは親戚の誰からの贈り物だ?


「おい、グスター、これ!」

 取っておいてくれたのかと盛り上がるジジイ2人にカインは苦笑した。


「リーナ! おーい、リーナ!」

 カインの祖父レスターが妹のリーナを呼ぶ。

 お酒と料理を運んできた大叔母リーナも箱の中身に大興奮だった。


 カインは静かに自分の部屋へ戻る。

 ケースの中に入っていたクマはもういない。

 ベッドにダイブすると、カインはあっという間に眠りについた。

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