第26話 ルイージ

「ひっ」

 腕を突然掴まれたフィオナは声を上げた。


「姫様!」

 反対側の腕にエルメがしがみつき、フィオナが立たされるのを阻止する。

 再び剣を振り上げるアズレンの姿にカインもハリウスも驚いた。


「エルメ! フィオナを守れ!」

 そのために来たのだろうとハリウスが叫ぶ。

 意味が分からないままエルメはフィオナに必死でしがみついた。


 カインは短剣を召喚し、剣を振り上げるアズレンの肩に向かって投げる。

 すぐにもう一本を召喚するとフィオナの腕を掴んでいる騎士の背中に投げた。


「ぐぁ」

 アズレンは剣を落とし、もう一人はフィオナの腕を離す。

 エルメが引っ張っぱり、フィオナはすぐに低い姿勢に戻った。


 カインはロングソードを召喚しながらフィオナの元へ走る。

 アズレンに斬りかかる前に、騎士達が剣を抜く姿が見えた。


「まだ蜘蛛がいるのか!」

 国王とセドリックの二匹を倒したのに、まだいるとは。


「蜘蛛?」

 本の虫ではなくて? と驚くハリウス。

 バスターソードを召喚し、カインのあとに続く。


 フィオナがいるので殺傷能力の高いウルミは使えない。

 ウルミは制御できないからだ。

 無差別に攻撃してしまうのでフィオナに当たる危険がある。


 演習場に集まった四十人程の騎士達からフィオナを守るには、蜘蛛の正体を暴き、斬るしかない。

 左手にソード・ブレイカーを召喚すると、カインはフィオナの周りの騎士達に斬りかかった。


 ドサッと倒れる音、ぐぁっという悲鳴、バシャッという嫌な音。

 フィオナとエルメは震えながらうずくまった。


 カインはアズレンを斬ったが、蜘蛛に操られた騎士達はそのままだ。

 アズレンも操られていただけだという事。


 カインが倒し損ねた騎士達はハリウスが倒していく。

 一人だけ変な方向に逃げて行くルイージの姿を見つけたハリウスはカインの後ろから離れた。


「ルイージ!」

 追いかけ、騎士達をなぎ倒し、ルイージに向かうハリウス。

 ハリウスはおもりの付いた紐を召喚し、ルイージの足に向かって投げた。


 巻き付く事はなかったが足がもつれて転ぶルイージ。

 身体の向きを変え、尻をついたまま下がっていくルイージの前にハリウスは立った。


「本の虫、ルイージ。長い間世話になったな」

 バスターソードで一気にルイージの身体を貫くハリウス。


「ぐっ、、、」

 ルイージがドサッと音を立てて倒れると、ハリウスは大きく息を吐きながら空を見上げた。


 これでフィオナとエルメの記憶も戻るはずだ。

 自分の記憶もどんどん戻ってくる。


 修復士フィオナが戻れなくなり、友人だったエルメが周囲の反対を押し切りこの物語に入った。

 エルメも戻れなくなり、師匠である自分が助けに入ったのだ。


 王子リチャードを含め、なぜか急に記憶をなくす人たちが現れ、鳥の姿で様子を伺っていたらいつもルイージが近くにいる事に気がついた。

 ルイージを見張るために騎士になり、追い詰めたところで蜘蛛の糸に捕まった。

 動けなくなったところでルイージに剣で刺され、そのまま記憶を失ったのだ。


 あの時、近くに居たのは……。


「カイン! 蜘蛛はワイズだ!」

 ハリウスが大声で叫ぶと、カインは眉間にシワを寄せた。


 ワイズは騎士ではなく盗賊になった。

 ここに居るはずがない。

 ワイズは大柄な騎士。

 見ればすぐにわかるはず。


 カインは騎士達を斬りながら周りを見回した。

 騎士の中に大柄はいない。


 どこだ?

 ワイズはどこにいる?


 演習場の入口の扉に白いコック姿の大柄な男の姿。

 カインはロングソードをチャクラムと交換し、扉に向かって思いっきり投げた。


 フリスビーのように回転し、扉に向かって飛んでいくチャクラム。

 ワイズは逃げる間もなくチャクラムに斬りつけられた。


「ぐぁぁぁ!」

 回転したチャクラムがワイズの右の太ももから腹を通り左の肩を通過する。

 壁にぶつかったチャクラムはガンッと大きな音を立てた。


 致命傷にはならず腹を押さえてうずくまるワイズ。

 ワイズの背中がモゾッと動くのが見えた。


 カインがロングソードを再び召喚すると、目の前にいた中堅騎士が急いで剣から手を離した。


「た、た、助け」

「うわぁぁ」

 周りの惨状を見た騎士が一斉に逃げる。

 ワイズに操られた騎士達が正気に戻ったようだ。


 周りには血まみれで倒れる多くの騎士。

 あまりにも悲惨な状態に吐いてしまう者もいた。


 カインはワイズの元へ走ると背中に剣を突きつける。

 深呼吸をすると、ワイズを一気に貫いた。


 ワイズの白いコック服をビリビリと切り開くと足を動かす大きな蜘蛛がいた。


 ワイズの蜘蛛が一番大きい。

 体格の良いワイズには隠れやすかったのだろう。


 カインはロングソードを消すと左手にソード・ブレイカーを持ったままワイズの背中に火を放った。

 あっという間に蜘蛛が燃える。

 ワイズの身体が炎に包まれる前にカインは物語からワイズとルイージを消した。


 これで終わり。

 フィオナともお別れだ。


 カインは倒れた騎士達の怪我を打撲に変更。

 稽古中の怪我だと書き換えた。


「フィオナ、エルメ。もう大丈夫だ」

 合流したハリウスが二人に声をかけると、フィオナとエルメはゆっくり顔を上げた。


 たくさんの倒れた騎士達に驚いたが誰も血を流していなかった。

 騎士達の周りに転がっているのは木刀。

 木刀で勝負し合い、負けたような雰囲気だ。


 扉の近くには黒髪のカイン。

 物語を修復しているのだろうか?

 サラサラと何かを書いている姿が見えた。


「エルメ、助けに来てくれたのね。ありがとう」

「ううん、助けられなくてごめん」

 友達同士の二人が手を取り合う。


「すまなかった」

 エルメの師匠ハリウスが謝罪すると、フィオナもエルメも悲しそうな顔で首を横に振った。

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