第21話 ドレス
「……どうかな?」
仮縫い中の真っ白なウェディングドレスを着たフィオナが照れながら尋ねると、カインは満面の笑みを返した。
「とても綺麗です」
金髪・青眼の美少女フィオナ。
まだ十五歳だがすでに女神のような美しさだ。
「へぇ~。ドレスの後ろってこんなに長いんだ」
リチャードがフィオナの後ろに回り、床に引きずるロングトレーンを不思議そうに眺めると、デザイナーは「バージンロードをゆっくり歩く姿が美しいんです!」と力説した。
「カイン、カイン!」
リチャードに呼ばれたカインもフィオナの後ろに回ると、リチャードはフィオナの背中を指差した。
フィオナの背中は大きく開いており、セクシーすぎる。
驚いたカインに気づいたデザイナーは「最近の流行です」とフォローした。
「へ、へ、変?」
振り返りながら尋ねるフィオナ。
「いえ、その、背中に手を回すと……」
照れながらフィオナの横に回り込み、腰の少し上にそっと手を置くと、予想通り素肌を触ることになってしまった。
一気に真っ赤になるフィオナとカイン。
初々しい二人にリチャードはもちろん、その場にいた侍女達も騎士達も微笑んだ。
扉から国王陛下と宰相が入室すると、エルメだけを残し、他の侍女達と王子付き騎士はスッと部屋から引いた。
代わりに国王陛下付きの騎士達が入室する。
「あぁ、キレイだな、フィオナ」
「お父様! ドレスありがとうございます」
どうですか? とフィオナが尋ねると、国王陛下は嬉しそうに微笑んだ。
純白のウエディングドレスはまだ仮縫いだが、上半身にはレースが施され、肩から手首にかけて刺繍されたイリュージョンレースが品の良さを引き立てている。
「美しい。美しいよ、フィオナ」
珍しく興奮している国王陛下に宰相は思わず振り向いた。
「いいね、ウェディングドレスは初めてだ」
綺麗だ、素晴らしいと褒め続ける国王陛下に、リチャードも首を傾げる。
「父上、褒めすぎじゃないか?」
カインはフィオナ付き侍女エルメを呼ぶと、リチャードを部屋の外に連れて行ってほしいと頼んだ。
「リチャード様、申し訳ありませんが先に執務室に戻って頂いても? エルメ、リチャード様に紅茶を」
「結婚式まで我慢しろよ」
ニヤリと笑いながら揶揄うリチャードを部屋の外へ追い出すとカインは大きく息を吐いた。
これでリチャードが巻き込まれてこの場で亡くなることはないだろう。
リチャードが亡くなれば物語が白紙に戻ってしまう。
リチャードだけは絶対に守らなくてはならない。
リチャード付きの騎士も一緒に部屋へ移動するはず。
本の虫の騎士ルイージを引き離すこともできたはずだ。
今この部屋にいるのは、国王陛下、宰相、フィオナ、騎士が三人、そしてデザイナー二人と自分。
「そういえば王妃様がお呼びでした。すみません、フィオナ姫の美しさに目を奪われてお伝えするのを忘れておりました」
「あらあら、王妃様が? 少し行ってきても良いかしら」
「はい。お願いします」
デザイナー二人も部屋を出ていく。
「宰相、フィオナの美しさは芸術だ」
「はい、将来が楽しみです」
「えぇっ、ちょっと褒めすぎっ!」
ドレスのせいで動けないフィオナがワタワタと焦ると、国王陛下は嬉しそうに目を細めた。
「私のフィオナ。さぁ、いい顔を見せておくれ」
様子がおかしい国王陛下を再び宰相が見る。
カインはフィオナを守るかのように国王陛下とフィオナの間に立った。
「カイン、いくら婚約者でも」
そこに立つのは不敬だろうと言う宰相を気にすることなく、カインは国王と目を合わせた。
「カイン?」
急に目の前にカインの背中が現れたフィオナが首を傾げる。
「必ず守ります」
カインが小さな声でフィオナにつぶやくと、驚いたフィオナは目を見開いた。
「退かないか、カイン。美しいフィオナが見えない」
「美しいは同意しますが、退くことはできません」
「お前も見たいだろう? 美しいフィオナの苦痛に満ちた泣き顔を」
国王陛下は想像しただけでたまらないと笑う。
驚いた宰相は一歩、二歩と後ずさりをした。
「泣き顔はそそられますが、苦痛は望みません」
それに笑顔の方が可愛いですと言うカインの背中にフィオナはそっと触れた。
お父様が変だ。
先ほどから会話が何かおかしい。
また死ぬのだろうか?
もうすぐ十六歳。
また殺されるのだろうか?
『私以外の人は操られると思ってください』
以前カインはそう言っていた。
今はお父様が操られているということ?
どうしよう。
ウェディングドレスでは逃げられない。
この場を動く事もできないのだ。
ドレスの中は下着のみ。
それに一人では脱ぐことができない。
エルメもいない。
どうしよう。
とりあえずドレスの中でヒールを脱ぎ、ドレスの外に足で蹴った。
お行儀が悪いけれど、緊急事態!
「カイン、愛する婚約者を刺せ。美しい泣き顔を特等席で拝ませてやろう」
ニヤリと笑う国王陛下に驚いた宰相は壁際まで逃げた。
これ以上、下がれない場所まで行くと腰が抜けたように座り込む。
「宰相! 早く逃げろ!」
カインの声にハッとした宰相は座り込んだままやっとの思いで扉まで行くと、何度も振り返りながら部屋から去った。
最後の最後まで逃げてよいのか迷ったようだ。
国王が無茶ばかりする中、あの人がまともだったおかげでこの国はなんとかなっていたのだろう。
「……カイン」
背中の向こうでフィオナが震えている。
「大丈夫」
カインが小さな声で呟くと、フィオナは小さく頷いた。
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