第5話 初カノジョ

 どうしてこんなことに。

 フィオナは二度目の二人きりのお茶会で溜息をついた。

 目の前に座っているのはカイン。

 なぜまたお茶を飲まないといけないのか。


「どういうつもり?」

 フィオナが眉間にシワを寄せると、カインはニッコリ微笑んだ。


「お互い、気になっていることがあるでしょう?」

 先日の毒入りスープの件だ。


「……少し歩きながら話しませんか?」

 差し伸べられる手を不審に思いながら、フィオナはゆっくりと手を取った。


 黒髪・黒眼のカインはまだ十三歳なのに最近背が急に伸びた。

 七歳のフィオナはかなり見上げなくてはならない。


「すみません。リチャード様がお茶会の様子を伺っているので、歩きながらの方が会話は聞かれにくいかと」

 カインが理由を述べると、フィオナは納得した。


「……あなたは何者?」

「フィオナ姫こそ、何者ですか?」

「質問に質問で返すのは感心しないわ」

 とても七歳の回答だとは思えない。

 やはりこの物語が進まない原因は彼女なのだろうか。


「どうしてカインはスープに毒が入っていると知っていたの? あなたが入れたの?」

「いいえ。犯人は見習い料理人の男です」


 庭園を歩く十三歳と七歳。

 傍から見れば良い雰囲気の二人だろう。

 公爵子息と王女。

 騎士も侍女も温かく見守る。


「知っていたことは否定しないのね」

「そうですね」

 黙り込んでしまったフィオナの手をカインはギュッと握った。


「フィオナ姫を守りたいのです。婚約者になる許可を」

 握った手を持ち上げ手の甲に口づけを落とすカイン。

 フィオナは初めての出来事に驚き、真っ赤になった。


「な、な、なんで」

 動揺するフィオナは年相応、七歳の普通の少女に見える。

 カインは黒い眼を細めて微笑んだ。


「……お兄様に頼まれたの?」

「違いますよ」

 自分の意思だと言うカインにフィオナは首を傾げる。


「お試しでも構いません。お側にいる権利を頂けませんか?」

 優しく微笑むカインはまだ十三歳だがイケメンだ。

 公爵家・王子補佐官。

 優良物件は間違いない。

 今度こそ十六歳を超えられるのだろうか?

 だからこんな知らない出来事が起きているのだろうか。

 賭けてみる?

 どうせ失敗だったらまたやり直すだけだ。


「……お試し……なら」

 フィオナが小さな声で答えるとカインは嬉しそうに微笑んだ。



 物語の書き換えがなぜうまくいかなかったかわからないが、とりあえずフィオナの婚約者になることが出来た。


 フィオナが人生初の彼女だ。

 まだ七歳だがフィオナは絶対に美人になる。

 カインは現実世界でモテたことがなく、彼女いない歴=年齢だったがそれは昨日で終わり。

 カインは誰も見ていないか周りを確認したあと、よっしゃ! と声をあげた。


 今のところ不思議な動きをするのはフィオナと、騎士ハリウス。

 フィオナは前回と行動が違い、騎士ハリウスは「気をつけろ」と言った。

 まるで物語に逆らうような動き、どちらも自分の意思で動いているかのような言動だ。


 騎士ハリウスの言葉「気をつけろ」は何にだろうか?

 王子付きの騎士が補佐官に言う言葉にしてはおかしい。


「おい」

 廊下でリチャードの会議が終わるのを待っていたカインの前に現れたのは宰相の息子セドリック。


 宰相によく似た茶色の髪と茶色の眼のセドリックは良くも悪くも普通の少年。

 年齢はカインの四つ下、フィオナのニつ上の九歳。

 本当ならあと五年経ったらリチャードの補佐官になり、フィオナの婚約者になるはずだった奴だ。


「なんでしょうか?」

 カインがニッコリ微笑むと、宰相の息子セドリックはギリッと奥歯を鳴らした。


「いい気になるなよ!」

「何のことでしょう?」

「補佐官になったからって、フィオナの婚約者になったからって、調子に乗るなよ!」

 ビシッとカインに指を差しながら、フィオナは俺のだ! というセドリックにカインは驚いた。


 あぁ、彼はフィオナが好きだったのか。

 本当だったら彼が婚約者だったのに、フィオナを守るために物語を書き換えてしまった。


「俺だって補佐官になったら役に立ってみせるし、毒だって気づくし!」

 宰相に何か言われたのだろうか。

 なんだか可哀想に思えてくる。


「おい、聞いているのか?」

 うるさいセドリックがカインに近づいた時、セドリックの仕立ての良い服が光った。


「……セドリック、ゴミが付いているよ?」

 カインはセドリックの光った肩に触れる。


 ……蜘蛛の糸?

 細い糸がカインの手に纏わりつき、糸はセドリックの服から離れた。


「触るな!」

 セドリックはカインの手を払いのけると、カツカツと大股で廊下を去っていく。


 カインは手についた細い蜘蛛の糸を見つめた。


 ウセキ国物語の本は多少の日焼けはあったが状態は悪くなかった。

 蜘蛛の巣などなかったはずだが。


 騎士ハリウスの「気をつけろ」は蜘蛛に気をつけろ……?


 ガチャと音を立て、会議室の扉が開く。


「おつかれさまでした」

 カインは手に纏わりついた一本の蜘蛛の糸をハンカチで払うと、扉から出てきたリチャードにお辞儀した。

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