第34話 悪意


「あそこです! あそこの茂みの奥で、四人の冒険者さんが石になっていたんです!」


 狂精霊の核を積んだ運搬用ゴーレムを3層に置いてきて、僕らはリリスの案内の下、迷宮のさらに奥へと進んでいた。

 現在の居場所は迷宮第7階層。リリスと出会った洞窟エリアとは打って変わって、鬱蒼うっそうとした木々が立ち並ぶ森林エリアだ。


 道中では何度か魔物に遭遇したが、僕とソフィアの実力ならばこの階層の魔物に苦戦することはほぼ無い。

 特にトラブルも起こらず目的地に到着することが出来た。


「どう? シテン」


「……魔物の気配は感じない。少なくとも、あの先が魔物の巣って可能性はないと思うよ」


 念のため周囲を索敵した僕は、先行して茂みを切り払いながら奥に進んでいく。

 やがて少し開けた空間に出ると、そこにはリリスが言った通り、四体の石像が鎮座していた。


「ありました! 四人共無事みたいです! よかったぁ~!」


 追い付いたリリスが真っ先に石像の状態を確認し、目立った外傷が無いことを確認すると安堵の表情を見せた。


 ……リリスの言っていた事は真実だった。

 彼女は人間に悪意をもってはいない。本当に善意から見ず知らずの冒険者達を助けようとしたのだろう。

 ただ、人の役に立ちたい、助けてあげたい。そんなリリスの純粋な気持ちが伝わってくる。それが僕の冒険者を続ける理由と重なって見えて、もう彼女を疑いの目で見れなくなっていた。

 勇者パーティーを追放されたからか、ちょっと疑り深くなっていたかもしれない。リリスには悪いことをしてしまった。

 後から来たソフィアも、どこかばつが悪そうな表情をしている。


「……間違いなく、例の石化事件の被害者ね。リリスの言ってたことは真実だったみたい。ごめんなさい、疑うような真似をしてしまって」


「き、気にしないでください! 人間さんが私達魔物を疑うのも、仕方ありませんので!」


 悪い魔女を演じていたソフィアに謝られて、ブンブンと両手を振って慌てるリリス。

 その様子を尻目に、僕は周辺の様子を確認していた。


「…………」



 一連の石化事件には、不可解な点がいくつも存在する。


 例えば、どうやって被害者を石化させているのか。

 この四人の冒険者は、どうやらこの場所で食事を摂ろうとしていた様だ。

 目の前の石像は地面に座り込み、携帯食料品をカバンから取り出そうとした姿で、石像になっていた。

 顔を見ても恐怖や焦燥といった表情は見受けられない。石像になるまで、本人はそれを知覚できなかったらしい。他の三人も同様だった。

 つまり、犯人は誰も反応出来ない程のスピ―ドで、同時に四人を石化したのだ。

 よほど高位の呪術でなければこんな芸当は真似できないだろう。


 そしてなぜ、犯人は石化した人間を放置するのか。

 石像にしただけでは、確実に殺したとはいえない。バラバラに砕いて蘇生不可能にしてしまうのが、本来の用途のはずなのに。


「――――」


 ここは、事件現場だ。

 何者かが悪意を持って冒険者たちを襲い、石像にしてしまった。

 未だ犯人も、その手段も掴めていない事件。

 その痕跡が、何か残されているかもしれない。


 目を皿のようにして観察していると、地面に落ちているある物が目についた。


 拾い上げたそれは、何かの石片だった。

 周辺に落ちている石ころとは材質が違う。ならば、石像の破片だろうか。

 どこかにひび割れが無いか探していると、リリスが僕の様子に気付いた。


「シテンさん? 何をしてるんですか?」


「気になる石片を見つけたんだ。もしかしたら石像の一部かもしれないと思って、ひび割れや欠けが無いか探してるんだけど……」


「それ、見せてもらってもいいですか?」


 リリスが石片に興味を示したので、手渡した。

 するとなぜかリリスは石片に意識を集中し始めた。側頭部から生えている小さな羽がピコピコと動いている。


 石像を運ぶための運搬用ゴーレムを錬成していたソフィアも、リリスの様子が気になるのかこちらにやって来た。


「リリス? 一体何をしてるの?」


「……私達サキュバスは、他人の感情を読み取ることが出来るんです」


 目を瞑って集中しながら、リリスはソフィアの問いに答え始めた。


「生まれたての私でも、簡単な感情の探知くらいは出来ます。魔物からここまで逃げきれたのも、魔物の悪意や敵意といった感情を探知出来たからなんです」


「うん……?」


 やがて集中を終えたリリスが、驚愕の事実を僕たちに告げた。


「感情というのは、物体にも宿ります。……この石片には、すごい悪意が宿っていました。これはきっと、冒険者さんを石化させた犯人の手掛かりに違いありません!」

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