55 根源龍の力

 彼女の死体が無くなっていたのは気になっちゃあいたが、まさか復活していやがるとは。……まあ、よく考えなくとも目の前にいるコイツの仕業だろうが。


「さあて、これで私にも勝機が見えて来た」

「勝機だって? 今更何が出来るんだ」


 今更一人増えたところで俺にとっては脅威でも何でもない。ましてや以前倒したことのある相手だ。復活したと言ってもそこまで強化されているとは思えねえ。


「ノワールが今君にやったのは魔力ゲノムの採取だ。そしてそれを私の中に埋め込めば……ぐっうおぉぉっ」

「おいおい、マジか……」


 深淵龍の魔力が膨れ上がっていく。俺の魔力ゲノムってことはその中に根源龍の能力も入っているってことか。これは少し厄介なことになったか……? というより、なんであのノワールだかの魔力に気付けなかったんだ。気づいていればこんな面倒くさいことにはならなかったってのにな。


「ハァ……ハァ……まだ完全ではないけど、それは君を倒して直接奪えば良いだけだからね」

「そんなに簡単に倒される気はねえよ」

「強気でいられるのも今の内さ!」

 

 深淵龍が再び向かって来た。速度もさっきより遥かに速い。根源龍の力の一部を持っていかれたってことだろうな。だがそれでもまだこっちの方が……。


「な、何!?」

「よくやったノワール」


 また気付かない内に彼女の接近を許してしまっていた。


「チッ、またアンタか! は、離れねえ……」


 どういう訳か引きはがすことが出来なかった。力で言えばこちらの方が遥かに上のはずだ。にも関わらず、全くと言って良い程に振り払える気がしない。


「どうなってやがるんだ……!」

「疑問に思っているようだね。それもそのはずさ。何しろ彼女は既に死んでいるのだからね」

「……死んでいる?」

「そうさ。彼女は君に殺された。そしてその体を私の持つ技術で復活させたのさ。まあ、その代償として自我は失われたんだけどね。今じゃ私の命令を聞く肉人形さ。自我が無いって便利だよね。人の身の限界を超える強化魔法だって文句言わずに受け入れてくれるんだもん」


 なるほどな、既に死んでいるから魔力探知に引っかからなかったってことか。それに今こうして俺を拘束出来ているってのもその限界を超えた強化魔法の影響か。倫理的にヤバイ奴だとは思っていたが、まさかここまでとはな。やはりコイツを活かしておくと碌なことがねえ。深淵龍だろうがそうじゃなかろうが関係なく、ここで処理しておくのが吉か。


「強化魔法によるものってのがわかればこっちのもんだ。『蝕命』!」


 蝕命の力で彼女にかかっている強化魔法を解除し、拘束を解いた。ついでにヤツの命令を聞くようにする魔法も解除しておいた。これでもうヤツの意思で動くことは無いだろう。


「くっ、だが拘束を解いたくらいで良い気になるなよ! 今の私であれば君を倒せるんだからね!」


 再度、奴は向かって来た。速くなっているとは言え、まだ余裕で避けられるほどではある。だが避けてばかりじゃあ埒が明かない。向こうが正面から向かって来ているんだ。その状況を利用させてもらおうじゃねえか。


「獣宿し『根源』!!」

 

 根源龍の力を手に入れた時に意識の中に流れ込んできた力。それをヤツに叩き込む。


「私の力を舐めるなぁぁ!! ……なあんて、残念」

「……何?」


 正面から突っこんで来る深淵龍の前に謎の暗闇が現れ、一瞬の内に飲み込まれてしまった。


「ふっふふっ、まさかこの私が正面から馬鹿正直に戦いを挑むとでも? そんなわけないでしょう。私の深淵の中でジワジワと散るといいよぉ」


 ……辺り一面真っ暗闇。上も下もわからない。今までの俺であれば中々手を焼いていただろうが、今は違う。根源龍の力があれば、この程度なんてことはねえ……!


「さあて、それじゃあ私は王国の方に行こうかね。厄介なのも閉じ込めたことだし……おいおい嘘だろ、私の深淵はそんな簡単に破れるものでは無いはずだ……!」

「厄介なの……ねえ。まあそれは良い。俺にとってもアンタは相当厄介だからな。お互い様だ」

「ふざけるな……! 私の深淵から出てこられるなどありえない!」 

「悪いが深淵を概念もろとも破壊させてもらった。根源龍の力はどうやら俺が思っている以上にとんでもないものみたいでな」


 最初の内は魔力の上昇と身体能力の上昇くらいしか感じ取れなかった。だが、時間が経つにつれてどんどん異常な力が意識の中に流れ込んで来ていた。……こいつがあれば未来を変えられるという確証がある。今まで何度もやり直して来た負の流れを断ち切ることが出来る。そんな予感がある。


「ば、馬鹿な……そんな滅茶苦茶なことが!」

「そもそもお前は根源龍と対となる存在じゃねえのか。なのに何で根源龍の力を把握していないんだ」

「……それは」

「それは奴が我と対の存在などでは無いからだ……え?」


 口が勝手に動きやがった……?


「何だい急に……いや、そうか。君は根源龍か」

「そうだ。今はこの体を借りているがな。ってちょっと待て、借りているってどういうことだよ」


 根源龍ってことは……あの根源龍ってことか? うん?


「対となる存在じゃないなんて悲しいこと言うねえ」

「事実であろう。こちらとしては何故貴様が今に至るまでこのようなことをしているのかが謎だ」

「……そんなの全て、君を求めているからに決まっているだろう。初めて世界の根源について知った時、心の奥がゾクゾクするような感覚に襲われたんだ。初めての感覚だった。根源龍に辿り着くことが私の役目なんだって、そう信じていた」


 今の深淵龍には今までのような人を煽り極限までイラつかせるような話し方や雰囲気は無い。ただ淡々と語り続けている。


「でも調べれば調べる程に根源への道は開いて行った。そこで出会ったんだ。あのバカな獣人たちにね。彼らは私がちょっと成果を上げたら物資も材料も場所も提供してくれた。根源に至るための研究をするためのね」

「そこまでして……だが、深淵龍である貴様が我と交じり合えば世界が滅ぶ。それはわかっていたはずだ」

「もちろんわかっていたさ。だからといって諦めきれると思うかい? 深淵龍だからって根源には触れてはいけないなんてそんなことあってはならないと私は思うんだ。例え世界が滅んでもね」


 対となる存在だってのは嘘だったってのか。だが交じり合えば世界が滅ぶのは本当だと。なんだか複雑な話になって来たな。今までの記憶にない辺り、この辺については今までの俺はたどり着くことが出来なかったってことか。


「そうか、理解した。我にとっては貴様などどうでも良い。しかし世界を滅ぼさせるわけには行かない。翔太よ。我の力を使い、奴を滅せよ。……っと、急にそんな事言われてもな。だがまあ、世界を守りたいのは俺も一緒だ。任せておけ!」

「はあ、やっぱりわかり合えないか。まあ良いよ。どちらにせよ私は根源へと至る野望を捨てはしない。例え世界が滅んでも、私は根源へと至って見せる!」

「来い、深淵龍!!」


 根源龍の力をフルに使って奴を仕留める。今の俺にはこの世界の命運がかかっているんだ。絶対に負けられねえ!


「私の野望のために死ねぇ!!」

「アンタの好きにはさせねえ!!」


 真正面からの力のぶつかり合いだった。深淵龍の力は凄まじく。根源龍となっていた俺の体も一部が持ていかれていた。だが、それでも勝ったのは俺だった。


「ふぅ……終わったのか。……よくやった翔太。これで世界は救われた。……それは良いんだが、何故急に出て来たんだアンタ」


 根源龍の力を手に入れてからそれなりに経っている。何故最初から自我が出てこなかったのかがわからねえ。


「それは単純な話だ。我の自我が失われていた。それだけだ。翔太のおかげで負の感情から抜け出すことが出来たのだ。感謝する。……そういうことか。いややっぱよくわからねえ」


 自我を失っていたってのはいいとして、なんで自我を失っていたのかがわからないんだけど。まあ聞いてみればいい話か。


「自我を失っていた理由を教えてくれないか?」


(負の魔力に飲み込まれていたのだ。翔太がそれらを振り払ってくれたおかげで、やっと本来の我に戻ることが出来た。あのような異常な存在になるのはもう二度とごめんだ)


 うおっ!? 何だ急に声が……。


(どうやら力が戻って来たようだ。意識内で対話が出来るようになっている)


 そ、そう言う事も可能なのか。というか内心が読まれているのって何か嫌だな。


(心配はいらない。我に伝えたいと思うことだけ伝わって来るからな。それはそれとして記憶は少し覗かせてもらったが)


 ということは俺の知っているあの根源龍は異常な状態だったってことか。って、記憶を覗いたって言ったか? おいおい変なもん見られてねえよな。


(とにかく詳しいことは後で話そう。今はまだ戦いの場なのだからな)


 そ、そうだった。深淵龍は倒したがまだ王国を責めている奴らは残っている。アイツらをどうにかしないと戦いは終わらねえんだったな。

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