44 大切なものは離れてから気付く

「なんでお前がここに……?」

「なんか大変なことになってるみたいだからな。抜け出して来たんだ。……ああ、戻った時を考えると憂鬱だな」


 クライムは苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。


「……なら、このまま逃げれば良い」

「それが出来れば苦労しない。アイツからは逃れられない……絶対に……」


 心の底から恐怖に震えている。そんな様子と声色でそう話すクライム。そんなクライムにアルバートたち3人はどこか違和感を覚えていた。あの時のような人を見下す様子も、自己中心的な雰囲気も、今のクライムからは無くなっていたのだ。当然それについて3人は聞きたかったが、今この状況で長話をするわけには行かないということも理解していた。


「そうか。貴様はあの時の冒険者だな」

「……? 君には会ったことは無いはずだが」

「かつて貴様に魔族化の宝玉を渡した奴隷商がいたはずだ。私はその者たちと同じ組織に属している者だ」

「そうか、あの時の……。最初は恨んでいたけど、僕はあの事件のおかげで本当に大切なものを思い出すことが出来たんだ。結果論でしか無いけどね」

「……何だと?」


 クライムのその言葉に嘘は無かった。皮肉でも自分を守るための嘘でもなんでもなく、心の底からそう思っていた。それがノワールの気に障ったようだった。


「貴様は恨んでいないのか? 自分が築き上げた実績を、地位を、捨てることになったんだぞ」

「ああ、確かに最初の頃は恨んでいたさ。だけど、本当に大事なものを見つけられたのも事実だ」

「大事なもの……?」

「僕には仲間がいたんだ。どんな時も一緒に、楽しい時も苦しい時も一緒に冒険をしてきた仲間が!」


 クライムはアルバートたちを見ながらそう言った。一方でしばらく見ない内にあまりにも丸くなり過ぎていたクライムにアルバートたち3人は少し引いていたが、彼がまともな人間になっていたことに嬉しさも感じていた。彼がまともになっていくという事は、また一緒に冒険が出来る日が近づいているということなのだ。


「Sランクパーティになる前の頃を、僕は忘れていた。あの時の純粋に頑張っていた自分を。だが僕はいつからか力に、Sランクパーティのリーダという立場に溺れてしまった。格下を見下し、女をとっかえひっかえなんていう最悪な状況に、慣れてしまっていた。今思い返してみれば、僕はとんでもないことをしていたとわかる。だから、今からでも罪を払拭するために僕は戦わなければならないんだ……!」

「……貴様は上手く利用できるかもしれないと思っていたが、どうやら見込み違いだった様だ。私の邪魔をするのなら死んでもらおう」


 ノワールはまたもいつの間にかナイフを回収しており、そのままクライムに向かって斬りかかった。エイミーの首を狙った時と同じく超速な一撃は、Sランク冒険者でも目で追うことは難しいだろう。しかし彼は違った。


「甘い!」


 クライムはノワールの攻撃を容易く躱したのだ。しばらく厚生施設にいたとは思えない身のこなしだった。


「アマンダ、エイミー、アイツは僕が引き受ける。二人はアルバートを頼んだ」

「……でも、あいつは魔族の力を持っている。クライム一人じゃ……」

「……わかったわ」

「アマンダ……?」


 アマンダはクライムの言葉通り、アルバートを連れてその場から離脱しようとした。しかしエイミーはその判断に納得していないようだった。


「……一緒に戦えば勝率は上がる。アルバートへの回復魔法だってすぐに」

「クライムが言っているの。私は彼を信用するわ。それに、私たちが居ても多分足手まといになる。それなら少しでもクライムが戦いやすいようにするべきよ」


 アマンダは唇を噛みながらも、そう言ってエイミーを説得した。当然、アマンダも一緒に戦いたかったのだ。それでも彼女は、今この状況においての最善策がわからないほどに冷静さを失ってはいなかった。


「アマンダ……」

「私だってクライムには死んでほしくない。一緒に戦えるならそうしたい。でも、今はそうじゃない時なの」

「……わかった」

「すまねえ、俺がこんなんになっちまったばかりに」

「仕方ないわ。今回は相手が悪かったもの。それにしても……ふふっ、私も馬鹿ね。あの時あんなにボロクソに言われたのに、それでもまだクライムの事が……。ううん、今はそんな事言ってる場合じゃ無いわね。……死なないでねクライム」


 最後に行った言葉がクライムに聞こえたのかどうか、彼女に判断する術は無かった。


「お仲間とのお別れは済んだか? まあ、どうせ世界を燃やし尽くすんだ。遅かれ早かれ向こうで再開することになるだろうがな」

「僕は死ぬ気は無い。それに世界を燃やさせる気も無い」


 クライムは剣を抜き構える。そしてノワールに向けて地を蹴った。


「速い!?」

「僕はまだまだこの世界にやり残したことがあるんだ! 燃やさせるわけには行かないんだ!」

「くっ……黙れ! こんなクソッたれな世界に価値など無い!!」


 剣とナイフが火花を上げてぶつかり合う。


「ウォオオォ!!」

「しまっ……!?」


 クライムの剣がノワールのナイフを弾き飛ばした。そしてそのまま無防備となった彼女に向かって剣を振り下ろした……のだが、剣はまたもナイフによって止められてしまった。


「なんて、私がその程度で負けると思ったか?」

「……確かにナイフは吹き飛ばしたはずだ。どこからか取り出したようにも見えなかった。まったく、厄介な力を持っているものだね」


 一度距離を取ったクライムは彼女のナイフの出所を探ったが、答えは見つからなかった。その後も彼は何度も彼女へと肉薄してはナイフを弾き飛ばしたが、何度ナイフを弾き飛ばしたところで次の瞬間には当然のように構え直されていたのだった。


「そろそろこちらから行かせてもらおうか」

「ぐっ……!」

「ほう、今の攻撃を受け止めるとは大した者だ。だが、これならどうだ?」

「何っ!?」


 クライムの後ろから数本の炎を纏ったナイフが現れ、彼に突き刺さった。


「あぐぁっ……まだだ!」

「……何故燃えない。フレイムオリジンの炎はどんなものでも燃やし尽くすはずだ……」


 数本のナイフが体を貫き、炎が体を焼いているにも関わらず、彼はノワールへと距離を詰めて行く。その状況は彼女にとって想定外の様だ。


「ふぅ……ふぅ……やっぱりこうなるか。でも仕方が無い……やるしか無い……!!」

「その魔力、貴様まさか!!」


 クライムは体内の魔力を爆発させ、自身に纏わせた。すると次第に彼の肌はドス黒いものへと変化し、巨大な翼や鋭利な爪が生え始めた。そして頭部には魔族を象徴する角が現れたのだった。


「宝玉の力は既に消失しているはずだ……。その状態の貴様が何故魔族の力を使える!?」

「あの時元の人の姿になってからも、僕の中には妙な何かが残り続けたんだ。それ以降、僕はこの力が使えるようになった。……代償付きだけどね」

「おやおやあ、もしかして君も魔族化ウイルスの抗体持ちだった? でもその反応、ちょっと良くないねぇ」


 クライムの魔族化に興味を惹かれたのか学者が二人に口を挟んだ。そしてそれは何か含みのある物言いだった。


「君のその反応、魔族化ウイルスへの完全な抗体では無いね。あまりその力を使うとどうなるかわからないよお?」

「わかっているさ。自分の体に起こっている事は自分自身が理解している。だからこそ、さっさと決めさせて貰おう!」


 それまでとは比べようもない程の速さでクライムはノワールに斬りかかった。


「うぐぁっぁあ!」


 瞬く間にノワールの片腕を斬り落としたクライムは追撃を与えようとする。しかし彼女も黙って負けているままでは無かった。


「片腕くらい! くれてやる!」

「っ!?」


 ノワールは斬り落とされた腕を掴み、断面から流れ出る血液でクライムの目つぶしをすると同時に腕を放り投げた。


「おー良いねえ。偽物魔族同士での対決なんて、中々良い研究材料だよ。もっとやり合って私に良い物を見せて欲しいね」


 学者はフレイムオリジンの上から高みの見物をしていた。どこから取り出したのか紙に何かを書いている。そんな学者の後ろから、ナイフが飛んできていた。


「おっと。私に攻撃をするなんてイケナイ子だねぇ」

「うるさい。妙なことをしたら次は当てる」


 攻撃を行ったのは彼女だった。クライムの相手をしつつ、学者への攻撃も行っていたようだ。と同時にクライムへと投擲も行い始める。しかしそちらの方は炎を纏っていた。


「なるほど、案外弱点はわかりやすかったんだな」

「……くっ」

 

 一瞬、ノワールが体勢を崩した。そしてその隙をクライムは見逃さなかった。


「あがっ……! 貴様、何故気付いた……!」


 クライムは彼女の残っていたもう片方の腕を斬り落とした。


「不思議に思っていたんだ。それだけのナイフをどうやって出していたのか。それにそれだけの攻撃が出来るのに、どうして今までやってこなかったのか」

「はぁ……はぁ……何が言いたいんだ?」

「君は僕に攻撃する際、ナイフに炎を纏わせていたね。だけど、さっきあの男に攻撃を行った時はそうじゃなかった。つまり、わざわざ使い分けるくらい魔力の消費量が多い……そうだろ?」


 クライムの言葉にノワールは何も答えない。しかしその沈黙が、クライムの考えが真実であると言ってしまっているようなものだった。


「それにナイフの投擲が出来るのなら、最初から本格的に使っていればもっと有利に立ち回れたはずだ。なのにそれをしなかった。……したく無かったんだ。何しろその攻撃は、使う度に君に死の苦痛が降りかかるんだからね」

「……ふふっ、確かに当たっている。……だが一つ違う」

「……何? げほっ……がはっ……」


 クライムは突然血を吐き出し、その場に崩れ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る