42 罠
冒険者ギルドに集まった冒険者たちに、ギルド長は説明を行っていた。
「君たちに集まってもらったのは他でもない。……あの黒いドラゴンについてだ。奴はフレイムオリジンと言い、この世界の根源に触れた存在と考えられている。そしてその根源の力を利用した非常に強力な炎の魔法を使って来る。したがって正面からまともに戦って勝てる相手では無いだろう」
ギルド長のその言葉に、場の冒険者たちはざわめき始める。冒険者であれば誰しもが、根源に触れた存在についての逸話を知っているのだ。世界を構築する四属性魔法そのものを操ることが出来ると言う、なんとも異質な存在。それは本来伝説上の存在であり、実際に出会う可能性があるなどこの場の誰もが考えてはいなかった。しかし実際問題として、彼らはその目で見たのだ。凄まじいまでの圧を放つ、禍々しき黒い龍の姿を。
「伝説の存在なんて実際にいるわけないって今までは思っていた。けど、アレを見ちゃったらもうそんな考え吹っ飛んじまうよ」
「ああ、眉唾もんだと思っていた逸話の生物と、まさか戦うことになるなんてな」
「けどよ、勝てんのか……? そんな逸話のヤベー奴、俺たちでどうにか出来るとは思えないんだが……」
冒険者の一人がそう言った。そう考えるのは何もおかしくは無い。むしろそんな異常存在を目の前にして戦おうと思う方が異常とも言えるだろう。しかし、それでもこの場の冒険者の多くは戦う気でいた。それだけこの国のことを愛していたのだ。
「確かにまともに戦って勝てる相手では無い。そもそも、勝とうと思う方が間違いだろう」
「ならどうすんだよ。このまま黙って街が襲われるのを見てろってのか?」
「何も勝つ必要は無いという事だ。今、あのフレイムオリジンに勝てる者がこの国に向かっている。彼が到着するまで持ちこたえられれば我らの勝ちなのだ」
ギルド長は最初から今の国内での戦力でフレイムオリジンを倒す気は無かった。本命が到着するまで時間稼ぎをする。それこそが彼女の策だった。
こうして冒険者と王国の騎士たちは、国を守るための戦いに身を投じることとなった。
――――――
「確かこの辺りだったか……」
極水龍の話だと、天空都市から少し離れたこの岩山の辺りにいるとのことなんだが……どれだけ探してもそれらしい姿が無え。あの極雷龍だからな。見た目で気付けねえはずは無いんだが……っと、こういう時のための魔力探知だったな。こいつがありゃあ一発で場所がわかるぜ。
「いざ魔力探知……うん?」
……無い。デカい魔力の反応がこの辺りには全く無い。いや、そんなはずは無いだろ。以前会った時はあれだけのクソデカ魔力を持っていたんだぞ。例え手負いだったとしても少しくらいは反応があるはずなんだが。
しかしこうなった以上は仕方が無い。精度は下がっちまうが索敵の範囲を広げるか。あまり範囲を広げすぎると変なもんも拾っちまうから嫌なんだよなあ。
探知の結果、少し遠くに極大の魔力反応があった。だが妙だ。この反応があるのは天空都市があった辺り。この反応が極雷龍のものだとして、落とされた天空都市の場所に残るか? まあいい。どちらにせよ他の反応が無いんだから確認しに行くしかねえか。
反応のあった方に向かって飛んでいくと、見覚えのある都市が姿を現した。天空都市だ。それも以前俺が訪れた時の天空都市そのままの姿で。
……何かがおかしい。極水龍は確かに天空都市が落とされたと言っていた。あの様子からして嘘をついているわけでは無かったはず。だが、だとしたらこの目の前にある光景はどう説明する? 彼が嘘をついているんじゃ無いってことは極雷龍が嘘をついているってのか。いや、そうだとして何の目的があってそんな妙な事をするんだ。組織とは極雷龍も天空都市も敵対している。裏でくっ付いている可能性も無くは無いが、前の事もあるしそんなことがあれば極雷龍が黙っちゃいないはずだ。
考えられるとしたら、極雷龍が洗脳されたってことくらいか。ひとまず確認してみるしか無えな。
天空都市のバリアに近づくと、通信機に連絡が入った。
『ショータ殿か。連絡も無しに直接訪れるとは……何かあったのか?』
……洗脳されているって訳じゃあねえのか?
「極水龍様の所に連絡が来たんです。天空都市が攻め落とされたと」
『何だと? ……詳しく話が聞きたい。都市の真上まで来てくれ。飛行船通過用のバリアがある』
「……わかりました」
油断は出来ねえ。何事も起こっていないってのは演技しているだけで、こうして誘い込まれているのが奴らの罠かもしれねえしな。
そうして天空都市に入り極雷龍と直接話をしたが……どうやら洗脳はされていないようだ。それに都市にも何も異常は起きていない。
だとしたら本気で訳が分からねえ話だ。一体、極水龍は『誰』と話したんだ……?
確認するために通信機で極水龍に連絡しようとした時、逆に向こうから連絡が来た。
「極水龍か? 何と言ったらいいかわかんねえけど、妙なんだ。天空都市は攻め込まれてすらいねえし、極雷龍も健在だ。何が何だか……」
「ショータ殿! 不味いことになっている!」
通信機越しの極水龍の声は、酷く焦っているようだった。
「どうした、何があった!?」
『ショータ殿の言っていたフレイムオリジンが、王国に現れた!』
「……何だって!?」
フレイムオリジンが現れたってことは、奴ら本気で王国を攻め落とす気か!
『俺たちが少しでも持ちこたえる。ショータ殿は急いで戻ってきてくれ!!』
「わ、わかった! ……死ぬなよ!」
『フッ、誰に言っている。……俺は最上位種の一体、プライムアクアドラゴンだ。そう簡単には死にはしない』
通信はそこで途絶えた。いくら極水龍が最上位種の力を持っていても、フレイムオリジンも同じ最上位種だ。いや、根源の力を使える分ヤツの方が能力は上かもしれねえ。急いで戻らねえと何もかもが……アイツも王国もリーシャも……!
クソッ! 奴ら、攻め込むタイミングがあまりにも完璧すぎる! 天空都市の偽情報によって俺が国を離れることを奴らが知っていた? だとしても、俺が国を出てから情報を本営に伝えたんだとしたら攻め込むのが速すぎる。まるですべてを最初から知っていたような……。
「……まさか!」
この状況、天空都市からの通信自体が奴らによる誘導だと考えるのが自然だ。それなら何もかもが向こうに都合が良く進んでいるのも納得は出来る。どうやったのか方法はわからないが、状況証拠的にはそう考えるのが妥当だ。……つまり俺たちは、奴らにまんまと嵌められたってことになる。
一番早く飛べる天雷の力を宿し、王国へ向かって飛んだ。ソニックブームが辺りに影響を及ぼさないギリギリの速度だと王国まで数十分。その間、何とか耐えてくれ……!
――――――
「俺たちが鍛えられたのは、この時のためだったのかもしれないな」
「水龍様は最上位種だもの。きっとそうに決まっているわ」
「……来る!」
アルバート達に龍型魔物が数十体の波となって襲い掛かる。一度フレイムオリジンの元に集まった魔物たちは、指導者の下に付いたかのように一糸乱れぬ動きを見せていた。今までの闇雲に暴れ狂っていた姿がまるで嘘のようだ。
「フンッ! 例え物量で攻め込もうと!」
「私たちは負けないわ!」
面で襲い来る魔物たちをアルバートがダメージ覚悟で受け止め、その隙にアマンダとエイミーが範囲魔法で焼き尽くした。
「……待ってて、今回復する」
「ああ、生き返るようだぜ。生を実感するってのはこういうことを言うのかもな。……まだまだ来るか」
「キリが無い……。雑魚だけでこんなに消耗してたんじゃ、あの親玉が暴れはじめたら……」
アマンダの言う通り、狩っても狩っても魔物の波に終わりは見えなかった。他の冒険者たちは格上相手という事も有り、かなり限界に近い状態であった。この状況でフレイムオリジンが動き始めれば、容易く蹂躙されるのはほぼ確実だろう。
「いくら量が多くたって無限じゃ無いはずだ。数を減らし続ければ勝機はある……と思いたいな」
「……アルバート、珍しく弱気」
「ああ、流石にこんな状況じゃな。だが、諦めちゃいねえ! まだまだここで散るわけにはいかねえからな!」
アルバートは大盾を構え直し、魔物の波に向かって吠える。
「いくらでも来い! まとめて返り討ちにしてやらあ!!」
無謀な戦いを前にしてもなお、彼らは諦めてはいなかった。
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