35 本当の刺客
「アンタ、何もんだ?」
「答える義務は無い。それより、その少年を渡してもらおうか」
変わらず殺意を放ち続けていやがるな。何のためらいもなくナイフを飛ばしてきた辺り、このままこの少年を渡したら殺されるだろうな。
「断る。理由はわからねえが、殺すつもりだろ?」
「……何故そう思う」
「アンタのその殺意、俺に対してではなくこの少年に向けられているってのがバレバレだ。それにさっきのナイフも俺を狙ったもんじゃねえんだろ?」
「そうか。ならば強引にでも奪い取るまでだ」
目の前のローブの存在は数本のナイフを取り出して距離を詰めてきた。その動きは少年のそれとは違う。ただ攻撃をするための動きと言うよりは……。
「くっ……なかなかやるじゃねえか!」
俺の位置を動かそうとしている。そんな動きだ。実際、絶妙に受け流しにくい位置に攻撃を仕掛けてきやがる上に少年を庇いつつの戦いだからか防戦一方になっちまっている。そして気づけば、裏路地へと追い込まれていた。
「なるほど、これが目的か」
「あまり目立ちたくは無いのでね」
流石に何も考えずにいきなり殺しに来た少年とは違うな。白昼堂々殺しを行うのは避けたいってか。それに心臓や腹ばっか狙っていた少年とは違って、こいつはどこを狙っているのかがわかりづらい。さらにはこっちは少年を庇っての戦いと来た。この状態じゃ全身を獣宿しすることは出来ないが……その程度、何とかしてやろうじゃねえか。人を守りながらの戦いは妖魔との戦いでも経験済みだぜ!
「そっちこそやるじゃないか。そのハンデを抱えてなお、これだけ対応できるとはな」
「この程度ハンデでもねえってことだ!」
確かにコイツの実力は高い。この少年を始末しに来たってことは組織内でも上の方の立ち位置なんだろうか。まあいい、ぶっ飛ばして聞き出しちまえばこっちのもんだ。
「ショータさん、大丈夫ですか!」
「極氷龍様、俺は大丈夫です! それより周りの人たちの避難を!」
「わかりました! どうかご無事で!」
こいつのターゲットは恐らくこの少年だけみたいだが、そのあと何をするかはわかったもんじゃねえからな。それにこの戦闘で被害が出ちまうかもしれない。
「この状況で周りの心配をするとは……随分と余裕だな」
「そう言うアンタだって、俺の攻撃を随分余裕で避けているみたいだが?」
「君の攻撃は予測しやすいからな。とは言え攻撃力も瞬発力も凄まじい。そうだな……。ショータ、その力をもっと有効活用しないか?」
「何だと?」
この状況で何を言っているんだコイツは?
「私たちは獣人のために世界を変革する。そのために君の力は役に立つ」
「世界の変革……? どういうことだよ。獣人の待遇を良くするっていうのが僕たちの組織の目的じゃないのか!?」
「それはあくまで表向き。私たちは武力を使い世界に変革を起こす。そして獣人の支配する世界を作り出すのだ」
おいおい、随分と大層な野望じゃねえかよ。ただ、ナイトウルフを呼び出していたり極炎龍みたいな最上位種の改造を行っていたり、マジでその野望を起こせそうな風味はあるな。
「じゃ、じゃあ……兄さんが過激派の獣人に殺されたっていうのは……」
「真っ赤な嘘だ。君の兄は組織のためにナイトウルフを呼び出す任務を行っていた。その過程で、そこのショータという女に殺された……いや、殺される前に自死を選んだのだったか。彼の組織への忠誠は本物だった。まったく、惜しい同胞を失ったものだ」
ローブのせいで表情は見えねえが、声は若干悲しみの混じったもんになっている。同胞を思う気持ちは本物ってわけか。だからと言って同情は出来ねえがな。
「そんな……兄さんはそんなこと一言も……」
「そうだろうね。例え弟であっても、末端である君に内部機密を漏らすはずは無い。だが君は独断で動いてしまった。……兄を殺された恨みは、私にもわからなくはない。私たちは大事な者を殺される痛みを、大事な者を奪われる辛さを、身に染みて知っている」
どの口が……と言いたいところだが、最初の街でのあの獣人の扱いを見ちまうと何とも言えねえもんがあるな。
「なら……」
「だが、その痛みを、苦しみを……獣人を迫害してきた者たちに与えるまでは、私たちは勝手な行動をすることは許されない。現に君のその軽率な行動によって、組織内で危険視されているショータに情報を掴まれてしまった。故に、私は今ここで君とショータを始末しなければならない」
目力というか、そう言ったもんが強くなったのを感じた。もちろんローブのせいで実際目元が見えたわけではねえが、明らかに空気が変わった。ここまで話したのも恐らくここで始末するからってか。なら、何が何でも生き残ってこの情報を持ち帰らねえとな!
「弱者を庇い、そのうえ手負い。今の君にこの攻撃が対処出来るか?」
「なに?」
その瞬間、奴が増えた。分身ってやつだろうか。
「悪いな、少しあぶねえかもしれねえが耐えてくれ」
「え? うわっぁあぁぁ!?」
少年を掴み、上に向かって放り投げた。
「今になって血迷ったか? まあいい。この狭い場所で、この攻撃を防ぐことなど出来ないのだからな」
流石にコイツの攻撃力で手数を出されたら、生身のまま戦うのは難しいだろう。それにこれだけ狭い場所だと全身での獣宿しも出来ない。だが、それがどうした。
「フンッ! そりゃ!!」
「な、何だと……!?」
狭いってのは向こうも同じだ。俺に攻撃をするためには必然的に前か後ろからの二方向になる。二方向なら、一部の獣宿しだけで十分なんだよ。今なら荷物だった少年も居ねえ。存分に暴れさせてもらおうじゃねえか。
「思い上がるなよ……。こうなればもう抑える必要は無い! こちらも全力を出させてもらおう!」
分身はさらに数を増やし、両脇の建物を倒壊させた。そして一斉に全方向から飛び掛かって来た。数にして数十体だろうか。だが、広くなったってのはこちらにとっても好都合。
「獣宿し『天雷』!」
広くなったのならもうためらう必要もねえ。思う存分全身で獣宿しが出来るってもんだ。
「ガハツ……」
「ぐへぇ」
「げぼぁッ」
光にも匹敵する速度で、次々と分身たちを吹き飛ばしてやった。
「うわっぁああぁうぎゃっ!?」
「よっと……大丈夫か?」
忘れずに落ちて来た少年を拾い上げてっと。
「し、死ぬかと思った……」
飛行能力のないもんがあれだけの高さにまでとばされりゃそりゃ……いや、考えたくもねえな。
「私の分身軍団でも倒しきれないとは、やはり君を危険視する組織の考えは正しかったようだ。その点においては非を詫びよう。すまなかったな」
「い、今更何を言ってんだ……どうせ殺すつもりなんだろ……?」
腕の中で少年が震えている。空へ飛ばされた恐怖からか、それとも殺されそうになっている恐怖からか……いやどっちもか。
「俺たちの暗殺は失敗に終わったみたいだな。アンタの魔力は既に限界に近いみたいだし、悪いがこのまま帰らせてもらおうかね」
「ふ、ふふ……」
いきなりなんだ。まるでやられたボスが形態変化を残していた時みたいな笑い方をしやがって。
「ふふっ……確かに私は君たちを殺すことは出来なかった。それ自体は君の言う通りだ。だが……私の目的がそれだけじゃないとしたら?」
「何を言っているんだ? その状態で今からどうやって盛り返すつもりだよ。魔力が限界なのは魔力探知でわかっているんだ。ハッタリなら効かねえぞ」
まるで効いていないかのような表情と振る舞いでハッタリをかける戦法もあるが、生憎と俺には魔力探知がある。まず間違いなく、目の前のコイツの魔力残量はほとんどゼロだ。
「おかしいとは思わないのですか? これだけ暴れて、建物も崩壊しているというのに、人一人現れないという事が……!」
「……」
確かにそうだ。戦闘に夢中で気が付かなかった。これだけ暴れまわってれば絶対に治安組織なり衛兵がやって来てもおかしくは無い。いや、そもそも……思い返せば朝から通行人すら一人も見ていない……!
「ショータさん! 何か妙です!」
「極氷龍様、妙とは何でしょう……?」
「街に人が……一人もいないのです!」
……どういうことだ?
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