16話

「はっ?!あのっ!これは……」


 突然、滂沱の涙を流す黒瀬の出現もそうだけれど、今床に転がっている男達のこともあるので詩音がおろおろとどう上手く誤魔化そうかと声を上げる。


 黒瀬はまだ堰をきったように止まらなくなったのか涙をポロポロと溢しながら、そのまますとんと床にしゃがみ込むと、両手で顔を覆って泣き崩れた。


「ふっ………、うぅ、、や゙っどあ゙え゙だぁー」


 号泣し続ける黒瀬を目の前にどうしたら良いか分からず、黒瀬に顔を向けた姿勢のまま時が止まったかのように固まる詩音。


 『しーちゃん』って先程呼ばれたことを思い出し、この呼び方で呼ぶのは『キヨ』だけであり、その呼び方を『しぐれ』が許しているのも『キヨ』だけだ。

 と言うことは詩音ではなく『しぐれ』として『キヨ』と一緒にいる時にこの黒瀬に出会った事があると思い至った『しぐれ』


 『トラ』と黒瀬が頑なに呼んで欲しいと請ったのも意味があり、『クロ』と名乗っていた事を自分にだけ言い訳したのは『緋鬼』  『クロ』の関係や『しぐれ』が『緋鬼』だと知っている?

 しかし、『しぐれ』は『トラ』に覚えは……?


 ぐるぐる高速で思案にくれる『しぐれ』。

しかし、こういう考えるお仕事は『キヨ』が得意なので殆どしないため『しぐれ』は苦手だ。


 考える事を放棄した『しぐれ』は直接黒瀬に問い掛けることにした。

 机から降り、蹲りながら泣きじゃくる黒瀬にゆっくりと歩み寄る詩音。


 ハンカチをそっと差しだしながら身を屈め黒瀬に詩音として気遣うような声色で話し掛ける。


「トラ先輩?ハンカチ使いますか?大丈夫ですか?」


 泣き濡らした顔をゆっくりと上げた黒瀬は詩音が差し出したハンカチごと強く両手で握りながら、熱に浮かされたように興奮で声を上ずらせ言葉を溢れさせた。


「俺は、夜の街に無数に明滅するネオンの色が落ちたシルバーブロンドが鮮やかな光彩で染まりきらきら煌めきながら光を散らす宝石のようで言葉を失い見惚れた。

 この零れ落ちそうな程大きな淡褐色の瞳は夜空に浮かぶ無数の星屑の光のように1刻ずつ表情を変える。

 それだけでも美しい姿なのに俺を見ると優しく、慈愛に満ちた光をその瞳に纏わせたあなたは本当に宗教画に描かれた天使の様だった。

 その幻想的な姿に心奪われ、俺はずっとあの日から瞼の裏に焼き付いて離れない美しいあなたを探していた!!だからこの学校に入学し、あの街で『クロ』となり『緋鬼』であるあなたと再開するのを心待ちにしていた!」


「えっと……、もしかしてお前……、『シロ』の弟の『トラ』か?」


 『しぐれ』は記憶の片隅にある、昔、道端の隅で迷子で泣いていた小さな少年である『トラ』を思い浮かべながら恐る恐る問い掛ける。


 一般人なら号泣した男に興奮しながらまくし立てられたらドン引きではあるが、「変態ホイホイ」の異名を持つ『しぐれ』は、こういう事案はほぼ経験済みであり対応は慣れたものだ。

 伊達に毎日粘着系ストーカーの対応をこなしているだけあって、対応力はカンストしている。


 記憶の中のトラはもちろん関西弁なんか話しておらず、転校するのが嫌だから兄の『シロ』に1人で家出がてら会いに来て、見知らぬ街で迷子になり道端で蹲りながら泣いていた少年だ。

 その泣いていた少年を保護し、事情を聞くと自分達の溜まり場である店まで連れて行き『シロ』と引き合わせたのが『しぐれ』だ。


「あぁ!しーちゃん、そうだよ!俺が『トラ』だよ!また会えたら結婚してくれるって言ったよね?!

俺と今すぐに結婚して!!」


 先程まで泣いていたとは思えない、好意に満ちた蕩けそうな程甘い笑顔で黒瀬がうっとりとした声で『しぐれ』にプロポーズをした。


 しかし床に屈強な男達を転がせたままであり、『しーちゃん』同担拒否過激派業火担ガチ恋認知厨の暗黒魔王と呼ばれるもう一人の『クロ』が長い足でご機嫌にこの教室に向かっている。


 いのちだいじに

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