【BL】塩田と天村

しゅん

強烈すぎ

 一目惚れとはまさにこういうことを言うんだとその時察した。あざまみれで横たわっている奴らの真ん中でなんでもないように彼方を見つめている彼を、おれは物陰から見入ってしまってしまっていた。彼はとても美しかった。さらさらとした艶のいいストレートの黒髪に、視線を動かすだけで揺れる長い睫毛。大きく透き通った黒い瞳を伏せ気味の瞼で隠し、きめ細やかですべすべの肌はどこぞの俳優並みの美しさであった。容姿端麗を形にしたような、道を歩けば誰もが振り返るような綺麗な顔をしていた。

「……ん、まだいたのか」

彼は気だるげにこちらに視線をよこした。目が合う。そのあまりの美しさに思わず息をのんだ。相手方の返り血であろうものが頬にこすれているのさえ彼の美しさを増幅させるものとなっている。言葉で表すには難しいほど、この上なく美しい。これは間違いなく運命だと感じた。こんな美しいものに出会えたのだ。彼はおれのことをやつらの残党だと思っているらしい。彼にこのままボコボコにされるのも楽しそうだ。しかしそれだけで終わってしまってはもったいない。なんとかしてお近づきになりたい。だから、おれは彼に話しかけた。しかしあまりの美しさにおれは少々気が動転していたらしい。思ったことをそのままダイレクトに伝えてしまった。


「好きです、付き合ってください」







「……で、そいつの告白OKしたの?」

「な訳あるか」

塩田はさらりと黒髪を揺らすと、はぁとため息をついて本に視線を移した。昔から誰にでもモテたこいつが男に告白されるのは初めてじゃない。毎週のように年齢性別問わず告白を受け続け、そのたびに塩田はバッサリと切ってきた。告白してくる相手はそれこそ有象無象である。こいつがいちいち告白相手を覚えていることはないが、今回は特殊であったらしい。

「なんか関西っぽかったし。方言」

喧嘩中の男に告白してくる関西人の男。どういう状況なのか。字面だけ見てもかなりカオスである。

「面白すぎだろ…ww」

「面白がるな岩田」

塩田は俺を睨むようにこちらを見た。ごめんごめんと軽く謝ると、塩田は今日何度目かのため息を漏らした。本当にこいつの周りは面白いことがよく起こる。まあでも今回は面白いだけで塩田の身に何も起こらなかったのは良かった。顔がいいことはメリットばかりではないということを塩田は身をもって実感しているし、幼馴染である俺も何年もそばで見てきて重々理解している。誘拐されかけたことも、トイレで襲われかけたことも知っている。だからこそ塩田はここまで喧嘩が強くなったわけだが。されかけた、というのは、どちらも塩田が自分でそいつらを撃退したということである。誘拐犯に腕をつかまれたときは相手の睾丸をありったけの力で蹴り飛ばし、襲われかけた時は相手に指一本触れさせず逆にボコボコにしたと言っていた。

「で、その関西弁のやつってどんな奴なの?気になる気になる」

「……あんまり覚えてねぇけど、なんか銀髪だった」

「銀?へーめずらしいな」

「あとなんかいかにも関西人って感じの顔。糸目。へらへらしてた」

「いや関西人って感じの顔ってなんだよwwww」

大いなる偏見である。関西人を何だと思っているのだろうか。まあこういうところはこいつの面白いところでもある。さらにそいつについて聞こうとすると、キーンコーンカーンコーン、と予鈴が鳴った。それに合わせていつも通り時間ぴったりに担任が入ってくる。

「席につけー、HR(ホームルーム)始めるぞー」

それまで各々話していた生徒たちがガタガタと椅子をならして席に座る。俺も体を前に向け、教壇のほうに視線を移した。ざわざわとしているなかで担任は黒板にすらすらと文字を書いていった。

「もう知ってるやつもいるかもしれないが、今日からこのクラスに転入生が来る。おい、入っていいぞー」

転入生。そういえば前々から誰かがそんなことをこぼしていた気がする。塩田のほうを振り返ると彼は興味がなさそうに窓の外を見ていた。ガラガラ、とドアが開き、生徒の視線が一斉にドアのほうに注がれる。軽い足取りで入ってきた人物を見て、俺は塩田は本当に、何か強運めいたものを良くも悪くもをもっているんじゃないかと思った。塩田のほうを大げさに振り返り「おい、あいつ」と言うと、塩田はそいつを見て小さく目を見開いた。そいつはやわらかそうなくせ毛の銀髪をふわふわと揺らして、糸目気味のにこにことした表情で聞こえやすくはっきりと、黒板にでかでかと書かれている名前を名乗った。

「天村ていいます~。仲良ぅしてな~」







 天村は一時間目が終わってからクラスメイト全員の注目の的だった。クラスの明るめの性格の奴ら(陽キャともいう)が率先して次々と彼に話しかけ、天村は質問攻めにされていた。しかし彼はどの質問にもにこにこして丁寧に答えていった。

「お前、大阪の出身?めっちゃ関西弁じゃん!」

「おーせやな大阪らへんに住んどったで~」

「俺天村呼びしていい?」

「えぇよえぇよ!みんな俺のこと天村て呼んでな~!」

「LINE交換しよLINE」

「おっけおっけ、おいお前ら順番や順番ww」

「あ、あたしグループライン入れとくね!」

「ありがと助かるわ!!」

天村の席に人が群がりすぎて本人が見えない。話を聞いている限り彼はコミュ力がバカ高い。話しかけやすいような空気を作っているのだ。一方塩田はというと、最初は驚いていたもののすぐにいつもの調子にもどり、興味なさげに席に座っていた。陽キャの1人が群がりにいかない俺と塩田に気づき、大きく手を振った。

「岩田と塩田ー。お前らこっちこねぇのー?」

「塩田どうする?」

「興味ない」

「だってさー!」

「ひどすぎだろwwww」

「あっ、塩田?あいつの名前塩田って言うん?」

会話を聞いていたのか天村が塩田というワードに反応した。がたりと席を立つと、天村はこちらを見た。

「そうそうあのクソイケメン、塩田って言うの」

「おれこの前あいつに一目惚れしてん!!」

「お、マジで?!www」

言うのか。オープンすぎる。

「で、その時告ってんけど断られてんwww」

「だろうな。安心しろそれは天村に魅力がないわけじゃなく、相手が塩田だからだ」

「まぁた塩田の犠牲者が出たか~」

「俺の犠牲者って何だよ…」

「多分ここのクラスの女子なんかはほとんどフラれたんじゃね」

「うち被害者の会入ってる~!ww」

「被害者の会wwwwwww」

そんなものができていたのか。その女子に周りのやつらも同調し始める。けっこうな人数らしい。うんうんと言うやつらの中には何人か男子も見受けられた。塩田も初耳だったらしく、なんだそれ…と複雑そうな顔をしていた。そのやりとりを見て天村は顔をぱあと明るくさせた。

「じゃあ、おれが男やからフラれたって訳ではないってことやな?」

「そーだな、こいつ男女関係なく人間に興味ないから!な、塩田」

「なんで岩田が言うんだよ。まぁ…そうだけど」

「じゃあおれにもチャンスあるってことやんな!!」

「「「え」」」

天村はよっしゃー!!とガッツポーズをする。陽キャは少し困惑したように「こいつらの話聞いてた?」と天村を見ると、天村は満面の笑みで答えた。

「やって今塩田に特別な人とかおらんのやろ?スタート地点おんなじやし!おれがこれからめちゃくちゃ頑張ったらOKしてくれるかもやん!!てか一目惚れした相手が転校先におるってだけでおれら運命あるかもやん!!」

天村は塩田のほうを見て「これからよろしくな~!!」と笑った。一部始終を見ていた被害者の会のやつらや陽キャたちは「ポジティブシンキングすぎるwwwwww」と皆爆笑である。塩田はというと、めんどくさそうなのがきた…と言わんばかりの苦い顔をしていた。

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