第4話オマケ 裏話

「会いたい奴がいる?

 俺に??」


 たまに行く喫茶店【寄り道】のカウンター席で、虎模様の髪をした少年――斬島キリシマ王影ミカゲが聞き返した。

 聞き返した相手は、この店のバイト店員だ。

 黒のエプロンをつけており、左胸には【粟田アワタ】という名札があった。

 栗色の髪をした、この店のバイトリーダー、つまりは古株店員だ。

 貴重品をよく落とすから、という理由で何故かベルトに貴重品を入れるための巾着をつけている変なやつだ。


「はい。ミカゲさんと話がしたいらしいです。

 月末の日曜日に来店されるそうですよ。

 席を用意しておくので」


 粟田の言葉をミカゲは、面倒くさそうな顔で聞いていた。

 しかし、ミカゲは彼に用がある、という人物とこの店で会う気はなかった。

 十中八九、どころか確実に厄介事だと考えたからだ。

 先日、なにかとちょっかいをかけてきていた不良グループのひとつ【観火江羅ミカエラ】を潰したところだった。

 そのグループの幹部連中が、ミカゲを闇討ちしようとしているらしいと聞いたばかりであった。

 それに加え、ミカゲを倒せば名を上げられると言われている。

 そんな連中に、ミカゲは常に狙われていた。

 そしてなんだかんだ、世話になっているこの店の店長に迷惑を掛けることは避けたかったのだ。

 そのため、ミカゲは当日にこちらが待っている場所を伝えるよう、粟田に言った。

 相手は日を予め、粟田を挟んで伝えていることから少なくとも有象無象よりは話が通じる相手だと考えた。


 そして、当日。


 さて、どんな奴が現れるのかといつも喧嘩で使っている、赤い橋が目印の河川敷で待ち構えていたミカゲだった。

 ミカゲにタイマンが申し込まれた、とどこからか噂になり、その日は、彼が総長として纏めているチーム【麒麟愚童流】の幹部や構成員が見物に集まってしまった。


「見世物じゃねーぞ」


 呆れてミカゲは、右腕的存在の大男へ言った。


「いや、十分見世物だろ」


 大男――城崎大輝キサキダイキは、ニヤニヤと楽しそうに笑っている。

 どんな命知らずが、このミカゲに挑戦しようとしているのか楽しみでならないのだ。


 そうこうしていると、粟田と共にその人物は現れた。


 紙袋を二つ抱えている。

 そして、少し緊張した面持ちでミカゲの前に立ったのは、同世代の少女だった。

 色素の薄い、背中まで伸びたサラサラの髪。

 桜色の頬と唇。

 肌も白くてきめ細かい。

 淡い水色のロングワンピースを着て、カーディガンを羽織っている。

 その体は細く、触れれば壊れてしまいそうなほど華奢だ。


 これにはさすがに集まっていた面々が驚いてしまった。

 他ならない、ミカゲもだ。

 タイマンを申し込んだ、命知らずの不良はどこにもいない。

 儚そうな女の子がいるだけだ。

 同行していた粟田が、簡単に少女のことを紹介した。


「こちら、冷泉れいぜい瑠璃海ルリアさんです」


 ルリアは、ミカゲに向かって淡く儚く微笑んでみせた。

 その微笑みにミカゲは釘付けになる。

 粟田の説明など、右から左へ流れてしまう。

 そんなミカゲの首根っこを引っ掴む者がいた。

 右腕たるダイキだ。

 ダイキは、粟田とルリアに向かって、


「ちょっと、待っててくれ!」


 そう言うと、ミカゲを引っ張って幹部達を集め円を作りなにやら話し始めた。

 その様子を、ルリアは不思議そうに眺める。


「おい、ミカゲ!

 お前、どこであの子と知り合ったんだ?!」


 ダイキのそんな言葉に、眼鏡をかけたヒョロイ男子か続く。

 眼鏡のヒョロイ男子の名前は、繁咲シゲサキ黎明レイメイ

【麒麟愚童流】の参謀的存在だ。


「苗字から察するに、もしかしなくても【冷泉れいぜいグループ】の関係者ですよ!

 いったい、何をしでかしたんですか、ミカゲは!!」


【冷泉グループ】というのは、いわゆる大企業である。

 電化製品などを主力として、他にもさまざな商売をしている企業である。

 それこそ、彼らが愛用しているバイクの部品から、家電、はたまた冷食まで取り扱っていたりする。

 少なくとも、その関係者と思われる人物がこんな不良の溜まり場に来るなど有り得ない。

 なぜ、ルリアが【冷泉グループ】の関係者だと思われたのかとかいうと、この街はその【冷泉グループ】発祥の地という事が関係している。

 早い話が、この街で【冷泉】の苗字を名乗るのは高確率で、その親戚か家族かのどちらかだからだ。


「なにもしてねーよ!!

 そもそもあんな女、見たことも……」


 言いつつ、ちらりとミカゲはルリアを見た。

 変わらず不思議そうな顔をして、ルリアはミカゲを見ていた。

 彼女と目が合って、ミカゲの心臓が一際大きく脈打った。

 顔が火照る。

 ミカゲはすぐに幹部達へ向き直る。


「どうした?」


 ダイキが聞いてくる。

 続いてレイメイが、


「やっぱり何かしたんですね」


 そう言って、ルリアを見た。

 と、閃くものがあった。


「そういえば、聞いたことがあります。

 古の女子の不良、スケバンというらしいですが、もしかして彼女、それでは??

 古のスケバン達は、セーラー服のスカートを極限にまで長くして、その中に木刀などを隠し持っていたと伝えられています。

 見てください、あの彼女の服装。

 とても裾が長いです。

 きっとあの中に木刀が隠してあるんですよ!」


 そんなとち狂ったかのような参謀の言葉に、副総長が冷静にツッコミを入れる。


「いや、普通に考えて冷泉グループの社長令嬢とかだろ。

 たしか、俺らとそう歳かわらなかったはずだし」


 そんな会話をしていると、いつの間にかミカゲのすぐ近くにルリアが立っていた。

 そして、他ならないミカゲに声をかけてきたのだった。


「あの、お話中失礼します」


 そんなルリアに、警察も手を焼いている暴走族【麒麟愚童流】の幹部たちはギョッとする。

 その視線が一斉にルリアへ注がれる。

 しかし、ルリアは気にした風もなくミカゲを真っ直ぐに見つめると、


「あの、ミカゲさん。先日は助けて頂きありがとうございました」


 そう言って、深深と頭を下げたのだった。


「……へ??」


 ミカゲから間の抜けた声が漏れた。

 記憶を手繰る。

 やがて、ルリアに関する記憶が引っ張りだされた。


「あ、あぁ、あの時の……」


観火江羅ミカエラ】とぶつかりあった日。

 正確には、喧嘩する数時間前に【麒麟愚童流】の縄張り内で、婦女暴行に及んでいたチンピラたちがいた。

 たまたまその現場に居合わせたのがミカゲだった。

 ミカゲはそのチンピラ達を殴り飛ばして、襲われていた女性を助けたのだ。

 とはいえ、暴走族が人助けしたなどとは誰も信じない。

 だから、服を破かれ呆然としていた女性へその時羽織っていたミカゲの特攻服をかけてやり、自分のことは言うなと念押ししてその場を去ったのだ。


 その時助けたのが、どうやら今目の前にいるルリアらしかった。


「それで、その、こちらを返しに来ました。大事そうな物でしたのに、貸していただき本当にありがとうございました」


 ルリアは顔を上げて、あの時ミカゲがかけてやった特攻服を入れてあった紙袋を彼に渡した。

 ミカゲは紙袋を受け取って、ルリアを見返す。


「……捨ててもよかったんだけど」


 そう小さくミカゲが呟いた横で、ダイキが紙袋のなかを見て、その中身がミカゲの特攻服だとわかるや、


「お前、特攻服あるんじゃねーか!!

 なにが、野良猫に粗相をされたから捨てた、だ!

 嘘つきめ」


 そう言った。


「うっせーな」


 そんな二人のやり取りを気にせずに、ルリアがさらにもう一つの紙袋を渡してきた。

 中を見ると有名な高級菓子店のクッキーアソート缶が二つ入っていた。


「それと、こちらも。

 お口に合えばいいんですが、よろしかったら皆さんで召し上がってください」


 と、ルリアが言ってくる。

 どうやらミカゲへのお礼らしい。


「うわ、これメッチャ高くて美味しいやつですよ!!」


 参謀が五歳児みたいなことを言って、はしゃぎ出した。

 それに構わず、ミカゲはルリアを見た。

 ルリアがニコッと笑ってみせた。

 まるで女神か天使を思わせる笑顔に、またミカゲの顔が熱くなる。


「……逆になんか悪かったな」


 そう言うのが精一杯だった。


「いいえ、ほんのお礼の気持ちです。

 本当に美味しいクッキーですから、是非召し上がってください」


 そしてもう一度ぺこりとルリアはミカゲに頭を下げた後、粟田と一緒に去っていった。

 その背を見送って、ルリアの姿が見えなくなるとミカゲはその場にヘナヘナと座り込んでしまった。


「あ~、なんだこれ……」


 動悸がおさまらない。

 喧嘩の時とは全然違う、高揚感に似たなにかがミカゲの中で芽生える。

 耳まで真っ赤にして、顔を両の掌で覆っているミカゲにレイメイが言ってくる。


「ミカゲ!!

 クッキー開けますよ!!」


 そんなレイメイに、ミカゲは叫んだ。


「片方だけだ!!

 あとは、俺がもらったんだからな!!俺のだ!!」


 そんなミカゲの様子に、ダイキは苦笑するのだった。

 ミカゲは、ルリアの去った方向を見た。

 もう二度と会うことはないだろう。

 なにしろ、彼女はおそらく大企業の親族、もしかしたら社長令嬢かもしれなくて、一方ミカゲは不良集団の総長だ。

 そのことが理解できてしまうからこそ、ミカゲは少し残念そうな表情を浮かべるのだった。



 まさかこの数日後に、喫茶店【寄り道】で、店員となったルリアと再会することになるなんて。

 この時のミカゲは夢にも思わなかったのである。

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