第6話 教会の孤児たち

「着いたぞ」

 ジェロが僕の肩を叩いた。

 その途端、全身に巣食っていた恐怖が飛んだ。

 僕は肩に置かれた手を見つめた。

 

 ジェロの手。

 この手に何度救われただろう。

 これからも助けられる気がする。


「どうした? 緊張しているのか?」

 ジェロの手が僕の肩から頭に移動した。

 幼子をなぐさめるように頭をなでる。

『なんでもないよ』

 僕はジェロを見つめ、首を横に振った。

「大丈夫だ。ここの修道士長さまは立派な人だから」

『うん』

 僕はうなずく。

 ジェロが太鼓判を押す人が管理している教会なら大丈夫。

 安心感が芽生えた。


 僕とジェロが教会の敷地内に足を踏みいれるやいなや、少年たちが近づいてきた。

 いずれもボロを着て小汚く、せ細っている。

 彼らは教会で暮らす孤児たちなのだろう。

「ジェロ、仕事の空きができたのか?」

 集まってきたなかで一番体格の良い十歳くらいの孤児が声をかけてきた。

「悪い、ガイオ。今日は仕事で来たんじゃないんだ」

 ジェロの返答にガイオが見るからにがっかりした表情を浮かべた。

「……そいつ、なに? まさか、孤児?」

 ガイオが敵意きだしの目で僕を見てくる。

「ああ、いまから修道士長さまに頼みにいくんだ」

「ふぅん。でもさ、断られると思うよ」

 嫌味ったらしい笑みを浮かべ、ガイオが僕に視線を送ってくる。

「そんなに状況が悪いのか?」

「はっきり聞いたわけじゃないけど、毎日の仕事と食事の量から察するとな」

「いまは厳しいと思うけど、大規模な外敵からの侵略が一旦落ち着いたから大丈夫だ」

「本当か?」

 ガイオが首を傾げる。

「一人前じゃないけど、商人の端くれとしての俺の直感を信じられないのか?」

「そ、そんなわけないだろう。ジェロのことは信じてるさ。だから、仕事をくれよ」

 両手をすり合わせ、ガイオがジェロに頭を下げた。

「わかった。次の仕事でおまえを使ってやるよ。その代わり、こいつを頼む」

「頼むって……なんだよ、それ」

 不服そうにガイオが頬を膨らませる。

「名前はレオ。五歳でおまえたちと同じ孤児だ。それとな、レオは話せない」

「はぁ?」

 ガイオが頓狂とっきょうな声をあげた。

 ガイオ以外の孤児たちも一様に驚いている。

「でも、耳はしっかりしているから大丈夫」

「大丈夫なもんか。ジェロ、妙な奴を連れてくるなよ」

「そう言うなって。他の孤児より条件が悪いのは承知のうえで連れてきたんだ」

「言いたくないけどさ、こいつ、真っ先に餓死がしするぞ」

 ガイオがじろじろと僕をめつける。

 僕はガイオに比べたら小柄だし、非力だ。

 だから生き残りは難しい。

 ガイオの意図は視線でわかる。

「だから、おまえに世話を頼みたいんだ」

「やだよ」

 ガイオがそっぽを向く。


「だったら、私が引き受けましょう」

 背後から低い声が聞こえてきた。

 一瞬にしてその場に緊張が走る。

 孤児たちが一斉に振りかえった。

 この場にいる僕以外の全員の視線が、一点に集まる。

 そこには修道士の格好をした中年男性がふたりいた。

 ひとりは六十代、もうひとりは四十代。

「ダレッツォ修道士長さま、それはどうかと思いますが」

 四十代の男が眉間みけんしわを寄せた。

「カリファ修道士副長。話せないからと見捨てるのですか?」

 ダレッツォが口調とは裏腹に、厳しい目つきになった。

「受けいれたとしても生き残れないでしょう」

「その可能性が高いのは否定できませんね」

「だったら……」

「だからといって、生き残る可能性を私たちが握りつぶすのはどうかと思いませんか」

「それは……」

「可能性がゼロでないのなら、支援するのが教会の役目でしょう」

「ですが……」

「ジェロ。その子を連れてきてください」

 反論するカリファを黙らせるかのようにダレッツォが指示をした。

「はい」

 ジェロは慌ててレオに目配せした。

 付いていけ——。

 ジェロの意図を察し、僕はダレッツォの後ろに付いていった。


 ダレッツォとジェロが無言で歩いていく。

 しばらくすると、教会から一番近い小屋の前で立ち止まった。

「名前は?」

 ダレッツォはその場にしゃがみ込み、僕をじっと見つめた。

「あっ、こいつは話せな……」

 先んじて説明をしようとするジェロをダレッツォは手で制した。

 試されている。

 僕は直感した。

 生存競争が激しい教会で生きていけるのか、それを確認しようとしている。

 僕は首に下げた名札を取りだし、ダレッツォに見せた。

「レオ——。それがきみの名前なんですね」

 ダレッツォの問いに僕は即座に首を縦に振り、深々とお辞儀じぎをした。

「年は?」

『五歳』

 指を五本立てる。

「得意なことは?」

 無能な僕に得意なものなどない。

 でも、そう答えてはダメ。

 教会で保護してもらうためには、自己アピールが必要だ。

『ない。でも、なんでもやる』

 そう伝えようと、首を横に振り、それから拳を作ってみせた。

 話せない以上、身振り手振りで伝えるしかない。

 すると、それが伝わったのかダレッツォがかすかに微笑ほほえんだ。

「いいでしょう。この教会で預かります」

「修道士長さま、ありがとうございます」

 ジェロが頭を下げた。

「お礼を言うのは早いですよ。ここで生き残れるかどうかはこの子次第」

「わかってます。たとえ死んだとしても、それはレオの運命だったってだけのこと」

 表情を曇らせるジェロにダレッツォがそっと肩を叩いた。


「……カリファ修道士副長。レオを孤児たちの小屋に案内してください」

 ダレッツォの指示にカリファは渋々といった風にうなずく。

「ありがとうございます。あっ、修道士長さま、今月の納品についてお話があるんですが」

「執務室でうかがいましょう」

 ダレッツォがレオに背を向け、ジェロと共に立ち去った。


 カリファはダレッツォの言葉通り、僕を小屋まで案内してくれるのだろうか。

 ちらりとカリファの様子をうかがった。

 射抜くような視線で僕を見ている。


 ちゃんと案内してくれるかな。

 不安でたまらない。

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