第4話 最初の第一歩

 なにがどうなって、こんな状況になったんだ?

 これから僕はどうなるんだ?

 もとの世界に戻れるのか?


 ジェロに手を引かれて歩いているさなか、次々と疑問が浮かんできた。 

 それのどれひとつとして正確に答えられない。

 はっきりしているのは——。


 ここは中世ヨーロッパ風の異世界であること。

 僕の魂が五歳の少年の体に入りこんでしまったこと。

 転生直後になぜか覆面男に首を絞められ、声を失ってしまったこと。

 

 以上の三点。

 とても信じられないが、いまの現状は動かしがたい現実。

 なぜ?

 どうして?

 などと考えたら確実に頭がおかしくなりそうだ。

 それならば理由などない、こうなってしまったから仕方ないと腹をくくるしかない。

 僕の置かれた状況を受けいれ、かつ、理解して今後どうするか考えよう。


 僕が憑依ひょういした五歳の少年。

 彼について名前はもちろん、生い立ちなども知らない。

 でも、不思議と頭に浮かぶ光景がある。

 それは僕が体験したものではない。

 となると、少年の記憶だと解釈するのが妥当だとうだ。

 

 少年の情報がなにひとつないのに、どうして特定の記憶だけがあるんだ?


 転生前の少年の記憶が一切ないのならわかる。

 ところが、これは忘れていてあれは覚えているという状態だ。

 ご都合主義もいいところ。 

 でも、そこに転生した理由や、この世界で生きるための鍵があるのだとしたら?


 転生後に浮かんだ僕のものではない記憶——。

 

 追ってくる覆面男。 

 刺すような視線。

 金髪の青い目をした美少女。

 美少女と交わした約束。


 そのとき、記憶だけでなく様々な感情が伝播でんぱしてきた。

 

 悲しみ。

 悔しさ。

 苦しさ。


 僕の記憶や感情ではないのに、まるで僕が体験したように体のなかに存在している。

 少年の記憶と感情が鍵になりそうな予感がしてならない。

 確証はないけど感じる。

 この異世界で生き残るため、もとの世界に戻るために必要なものだと。


「……おい」

 強い口調で声をかけられ、僕は我に返った。

 ジェロが心配そうに僕の顔をのぞきこんでいる。

 大きな青い瞳、長いまつ毛に見惚みとれてしまう。


「不便だな」

 ジェロはつぶやき、腕組みをした。

 独り言を言いながら首をひねっては、細く息を吐く。

 

 美少年はなにをやっても絵になる。

 目の保養だとばかりにジェロを見つめた。

 異世界へ飛ばされた不安や苦悩が少し薄まっていく。


「なんだ? おまえ、俺に気でもあるのか?」

 ジェロは真顔になっている。

『違う』

 否定しようと僕は必死に首を横に振り続ける。

「わかってるって、冗談だよ。おまえ、かわいいなぁ」

 ジェロの表情が一気に崩れた。

 美しく整った人形のような雰囲気から、一気に暖かみのある人間の表情になっていく。


「おまえ、これから……やっぱり名前がないと不便だな。よし、俺が名付けてやるよ」

 ジェロがめまわすように僕を見ている。

 現実世界でこれほど誰かに見つめられた経験はない。

 しかも映画の世界から飛びだしてきたような美少年にだ。

 

 なんだか恥ずかしい。

 その気持ちが体温を上昇させ、っぺたに熱が帯びていくのを感じた。

 きっとりんごみたいに赤くなっているはず。

 そう思えば思うほど、より一層恥ずかしさが増していく。


としの割に体が小さいし、頬っぺが赤くてかわいい。本当にほっとけない奴だなぁ」

 ジェロは言いながら僕の頭をなでた。

 頭を触れられるなんて子供の頃以来だ。

 気恥ずかしいながらも、心細さを打ち消すような勇気が体に流れこんでくる。


「よし、おまえは今日から『レオ』だ」

 ジェロがしっかりと僕の目を見た。

 

 レオ——。

 僕の名前。


 この世界の輪郭はまだはっきりしない。

 でも、異世界で生きる僕が少しずつ形作られていく。

 五歳の少年の肉体に憑依ひょういした僕——レオ。

 名付けられたことで、最初の第一歩を踏みだした気がする。

 

 これからどうするかなんて、いまは考えられない。

 とりあえず、この異世界でレオとして生きていく。

 生きて、生き残って——。

 それから今後を考えていこう。

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