第12話
僕は和馬と2人で赤坂の制作会社が入るビルに着た。エレベーターで上階へ上がりオフィススペースに入り、フロントで待っていると、僕らに会いたいと言っていた人物が挨拶をしてきた。
「はじめまして。弊社の制作部を担当しています、前橋と言います。ご案内します」
応接室に入り改めて名刺をもらった。
カウントドゥ。幅広い年齢層から支持されているインターネット上のコンテンツ。海外でもストリーミング配信を行っている制作会社だ。
「今配信しているリアルラブという番組はご存知でしょうか?」
「ちょっと分からなくて…」
「実際のカップルの方々の生活を密着する番組構成になっているんです。男女がメインとなっていますが、最近はジェンダーレスの影響もあって、同性カップルの方にも出演させてもらった事もあるんです。」
「僕等の事ですが、報道で知ったんですよね?」
「失礼に当たるかと思ったんですが、業界の方も出ていただくのも、盛り上がるかと思いまして。実際視聴者の中に同性カップルの人の回が観たいと言う声も結構挙がっているんですよ。出雲さん、ご承知で筧さんを連れてきたんですか?」
「多少は。ただ筧さんが執筆家であっても、あまり知られていないところもあるので、一般人としての参加に近くなりますよね。どういう風な流れで撮影していくんですか?」
「インタビューも交えたドキュメンタリー的な構成になります。撮影場所もあらかじめ押さえた場所を借りて撮っていくので。多少は演出も入れた方が良いかもね。」
「出雲さん、家族の人は平気?」
「仕事だって言えば少なからずは了承するんじゃないかな」
「まぁ、お二方の近しい周囲の方々の賛否もあるでしょうが、まずは撮影に参加するか判断していただきたいんです」
「僕は大丈夫です。筧さん、どうする?」
「何か進行表とかあるんですか?」
「では今、台本を持ってくるので、お待ちください」
「…全国区どころか、アジア圏でも晒されるんだよね。ヤバくない?しかも、和馬、家に帰っていないしさ。」
「引き下がっても良いんだぞ。まだ遅くない。前橋さんに素直に言えば良いさ。」
頭を悩ます。ここまで来て断ると和馬の顔もあるだろうし。本当は自分達の事は放っておいて欲しい。でも、これで僕らを通して実態を知ってもらえるなら、やってみるのも悪くわなさそうだ。
「こちらが台本です。中を見てください。…とりあえずはその流れで制作していきます。筧さん、お決まりになりましたか?」
「…分かりました、出ます」
「良いのか?」
「難しい事がなさそうだから。やってみるよ」
「ありがとうございます。日程は後日連絡します。撮影、楽しみにしています。」
「よろしくお願いします。」
帰り道のタクシーの中で、外の景色をぼんやりと眺めていると、和馬が話しかけてきた。
「新しい部屋でも借りるかな」
「完全に別居するのか?」
「これからの陸の事を考えると、その方がお互いに過ごしやすいかもな。」
「僕の家も出るって事?」
「あぁ。そうする」
「いつ?」
「撮影が終わり次第。」
「もうすぐじゃん。そんなに急には…」
「前から考えていた事だ。これ以上お前に世話になるのも、執筆の邪魔になるし」
「もしかして、撮影が終わったら、俺から離れるつもり?」
「…」
その後は自宅に着くまではお互いに無言だった。彼が何を考えているのかが心が読めない。
マンションの通り沿いにまたしても彼のファンらしきであろう人達がまばらに待ち構えていた。タクシーから降りるとスマートフォンのカメラを回して撮影してきた。
和馬は無視をしろと言い、跡を追われながらマンションの中へ入っていった。
リビングへ上がると、和馬がカーテンを全て締めていき、僕を抱きしめてきた。
「外で待ち構えている奴らの事を思うと余計したくなってきた。」
「今はまだ早い。暗くなってからにしないか?」
「こういう時だからこそ、興奮する事をしたい」
彼は僕を力ずくで腕を引っ張り寝室に連れていき、部屋のドアを思い切り閉めた。
2時間後、部屋から出てカーテンを握りながら外を見ると、太陽は既に西の地平線に落ちて、暮れかけていた。
撮影当日の朝、指示されたマンションの一室に入ると、既にスタッフがセッティングに取り掛かっていた。自分の自宅より狭い1LDKの室内で机の椅子に座って待っていて欲しいと告げられた。プロデューサーである前橋が到着した。
「おはようございます。調子はどうです、緊張しているかな?」
「思ったより緊張しています。凄く賑やかですね」
「もう少ししたら和馬さんも来ますので、先に真翔さんから執筆中の様子を撮影していきます。…机の原稿の積み重なっているの、こんな感じでいいですかね?」
「ええ。なんか自宅が再現されてる感じがあって、凄いですね」
「タイトル通り、貴方達の実態を撮っていきたいので、セットも用意しました。リラックスしていてください」
撮影時間が近づいてきた。和馬も到着して、演出補から最終の台本チェックを打ち合わせして、カメラリハーサルが入った。
自然に振る舞っても良いと言われたが、何を話していいのか分からない。
初めは僕がパソコンに向かって作業をしている画を撮りたいと言い、しばらく長回しで僕の単独のシーンを撮った。
次に和馬が帰宅して少しの会話を交わし、彼がキッチンで料理をし、食事をする場面を撮っていった。いくつかカメラワークも変えて、最後にソファに座りながら、前橋と向き合ってインタビューに答える場面を撮った。
「出会ったきっかけを教えてください。」
「マッチングアプリを利用してそこで、お互いを知りました。」
「出会う前後だと印象もかなり違ったでしょう。初回はどのようにお会いしました?」
「初回はカフェレストランで話をしました。その後も行きつけの店などで行って会う頻度が多くなりました」
「自宅には行ったことも?」
「ええ。何度か。実は今、一緒に住んでいます」
「和馬さんはご家族の方はいらっしゃいますよね。ご理解はされてます?」
「妻は僕の事はバイセクシャルだと知っている程度です」
「お二人の関係はまだ和解されていない?」
「正直その最中です」
「こうして2人で並んでいる事にも納得していなくて…」
「リアルラブに出ようとした経緯は何ですか?」
「世の中にもまだ僕達と似たように理解されなくて付き合う事も許されない現状が日本にはあります。いくらジェンダーレスが和解してきていても、実際納得いかないところは人それぞれで。だから、こうして出会えた事もある意味必然ではなく、奇跡に近いんです。…彼を大切にしていきたいんです。それでもっと色々な人に実情を知ってもらいたいと思い、出演を決めました。」
「お気持ちはよくわかります。真翔さん、和馬さんをどう思いますか?」
「生真面目なお話になりますが、家族の方に理解を得てから正式に一緒になりたいです。ただずっと彼を見てきて、信頼はあります。僕みたいな脆い人間でも温かく見守ってくれるんです。互いに仕事も順調ですし。長く…続けていきたいですね」
「理解をし合うって大事なところですよね。お二人にそれを踏まえてここでその証を見せていただけませんか?」
「証?」
前橋の隣にいたADがカンペにキスをして欲しいと指示してきた。台本にない要望が出て驚いたが、和馬は僕を見つめて手を握ってきた。
「これからもずっと一緒にいよう」
お互いに見つめ合うと僕は一度俯いたが、もう一度顔を合わせて、彼と軽くキスを交わした。和馬が僕の頭を撫でてきて思わず笑みが溢れた。
「…カット。カメラチェックします。ひと通りは撮り終えました。少しお待ちください」
「最後、聞いていないし…お前落ち着いていられるな?」
「良い演出じゃん。お前もよく話せたな。素人にしてはよくやったよ」
前橋からOKが出た。ひとまず撮影が全て終わると、スタッフから拍手をもらった。後日編集して3週間後に配信を開始すると言っていた。
経験した事の無い緊張が途切れない。
和馬に早く家に帰りたいと耳打ちすると、頷いて微笑んでいた。
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