ネオン・テネーブル

明日乱

ネオンの街に目覚めし獣☆

 ――2176年、旧カントウArea1。時刻は22時。


 地上40階、高さ150メートルの屋上の端。パラペットの上に立つ青年がいた。

 一度でも強い風が吹けば煽られてしまうほどに危うい。向かい風を全身に浴びながら青年は冷たい視線で街を見下ろす。

 

 日が落ち夜が更けようとも街はネオンの灯りに包まれる。いや、包まれているというよりかは支配されている。青年はそう思った。ビルの看板、道路、標識、すべてがネオンにより作り出された世界。この街は夜を、暗闇を知らなかった。


 皮肉にもネオンが闇の存在を明らかにする。ネオン・テネーブルネオンの闇


「さみぃ……」

 小さく呟いた青年はためらう事もなく足を滑らせるとビルの下へと身を投げた。下から吹き上げる風に身をゆだね、逆さまのネオン街を見る。まるでこの世界を揶揄しているような光景だった。青年は静かに瞼を閉じた。



『地上130、120メートル――。レイドくん! 地上80メートル付近。来るよ!』

 インカムから聞こえた声に反応する。真っ黒の特殊部隊の戦闘服に身を包んだ冴島さえじまレイドがミラーグラスを掛ける。HUDヘッドアップディスプレイグラス、視界に直接的に情報を映し出すそれには自身の地上からの距離や落下速度が映し出された。

 110、100、90――。


 80の数字が表示されると突然ビルの角から眩しい光が顔をのぞかせる。

 光る蝶の群れ、大群は人をも包み込むほどの大きさに膨れ上がり光の塊と化している。蝶の大群がレイドに気付いたように猛進する。


「ジャストじゃん! ユミルさん」

 レイドは備えていた小型グライダーを広げると光る蝶の群れから逃げるように飛行する。後ろを振り向き蝶を確認する。

「お前ら、ついてこれるか!?」

 やんちゃな笑顔で蝶を煽ると、それに応えるようにレイドを追って迫ってくる。


『レイドくん、HUDに最適ルートとリオくんナイアくんの位置情報を映すね』

 インカムの声の主は全く別の場所から声を飛ばす。薄暗い部屋の中、いくつもの空中ディスプレイに囲まれる。その前には昔のニッポンのキモノのような服を纏う青年が座る。

 

 屋内にも関わらず和傘を差し、指示を出すのが久我くがユミルだ。小柄なユミルは椅子の上に三角座りをしながらホログラムのインターフェイスを操る。ディスプレイに映し出されたコンソールには大量の英数字が羅列する。


『高度を下げないで進んでよ。街には避難指示も出してないから蝶が下の人たちに反応を示すと危ない』

「りょーかい。ユミルさんの指示通りリオさんたちのとこに蝶を誘導する」

 

 蝶の群れとレイドはまるで追いかけっこをするように夜の空を猛スピードで駆け巡っていた。レイドのHUDには遠く離れた場所に“Rio”と“Naia”の文字が表示されている。示された場所で待つのがレイドやユミルと同じSA-F00のメンバー、碓氷リオと不破ナイアだ。周りには都市保安警察機構CSポールの警察隊も複数名配備している。


 待機場所で構えている2人が蝶の光を確認する。

 オーバーサイズのパーカーを羽織り、手を上に振り上げると、着こんだショート丈のTシャツからへそが覗く。

「おー、来た来たー」

 不破ふわナイアが手のひらを額にかざしその方向を見る。その背中にはボンベを背負い、手にはホースのようなものを携えていた。


「はしゃいでないで真剣にやれよ。お前がしくじれば水の泡だ。それどころか被害拡大だ」

 いかにも高級そうなスーツを身に纏い、きっちりと髪をセットしキメたクールな男がつめたく諫める。SA-F00のリーダーを務めている碓氷うすいリオだ。


「分かってるよお。リオは真面目を通り越して怖いんだよいつも」

「怖くて何が悪い。お前の上司だ。お前の失敗は俺の責任になる」

 いつ何時もクールな我が上司に諦めの表情を見せると、向かってくる光の方へと向き直った。

「頼むよお、レイド」



 速度を落とさず空を飛んでいくレイドに蝶の群れが距離を縮めようとしていた。

「ナイアさん、これもっとスピード出ないんすか!?」

 レイドが愚痴をこぼす。するとレイドが見ていたHUDの画面がいきなり乱れた。進路やリオたちの位置がノイズで不明瞭になる。


「ユミルさん、なんかノイズ発生してるんすけど!」

 ユミルがディスプレイを見ながらホログラムのキーボードをたたき込んでいく。ディスプレイにはけたたましい量の情報と数字の羅列が流れる。


「まさか、ジャミング!?」

 ディスプレイに表示された蝶の画像を睨むユミル。

「蝶から放射はなたれてるってこと!? ってことは蝶は自然生物じゃなくてテクノロジーが生み出している可能性も……」

「ちょちょ、ユミルさん、俺それどころじゃないです! 方向距離速度が全部バグっててヤバイですって」


「蝶が電波を妨害してるのかもしれない。レイドくん、蝶から距離あけられる?」

「俺じゃなくてグライダー次第なんで、無理かもです! あと無線も途切れてきました」

「それじゃあ無線での誘導も難しくなるし、そっちの方角分からないとキツいかも、リオくん!」


 突然危機的状況を振られたリオがナイアと目を合わせる。

「なーんか、雲行きあやしいですね」

 責任を逃れようとする素振りのナイアをリオの視線が咎めた。

「お前、グライダーの性能上げたとか言っていたな」

「おっかしいな、レイドが思ったより重いのかな」

 目を泳がせているナイアを見るとリオがチッと舌打ちをした。


「え! 今舌打ち聞こえたんすけど。俺にじゃないですよね!? てか今の誰ですか!?」

 レイドに応えることはなく、リオがジャケットの内側に忍ばせていたホルスターから銃を取り出す。シリンダーからバラバラと弾を落とすと、ポケットから取り出した1個の弾を装填する。


「冴島、聞こえてるか。南東の方をよく見ておけ」

 銃口を真上に掲げ、引き金を引くと煙が尾を引き打ちあがる。空高くに伸びていくと火花が散った。

「おお! 信号弾。助かります!」


 レイドがいよいよ勢いをつけ宙を掛ける。

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