第43話 中垣内に書店で少女向け恋愛小説を探していたら、白檮山さんが腐女子であることを知ってしまったよ

 さて、翌日の放課後は、中垣内なかがいととのユーチューブ投稿用の動画の撮影日だ。


 放課後になって俺は中垣内なかがいとに声をかける。


「どうだ、国語の勉強ははかどってるか?」


 俺がそう聞くと中垣内なかがいとは小さくうなずいた。


「うん、国語の教科書を声を出して読んで、意味がわからないところを調べるだけでもだいぶ違うね。

 たださ……」


「ただ?


「あんたの言ってた、小説家になろうぜって、サイトの異世界恋愛の作品を読んでみたんだけど、全然意味わかんなかった」


「あ、ああ。

 なろうぜはちょっときつかったか。

 それは悪かったな」


「いや、別にいいんだけどさ」


「まあ、やっぱりちゃんとした恋愛小説を本屋で金出して買ったほうがいいな。

 なろうぜはそもそも素人が書いてるところだから、勉強用の題材として十分ではない場合も多いし、お約束や暗黙の了解で成り立ってるところも大きいし」


「なんかそんな感じはしたよ」


「じゃあ、国語の教科書を音読するくらいなら家でもできるし、今日は本屋に行ってみるか?」


「うん。

 でもあたし本屋って入ったことないんだよね」


「雑誌とか漫画とか書店で買わないのか?」


「あたしは雑誌はコンビニで買うし、漫画は読まないよ」


「なるほど、そうなるのか」


「仮に漫画を読むとしても、いちいち本屋で買わないで、スマホアプリで読むでしょ?」


「まあ、たしかにな」


 高校生や大学生で漫画を読む割合は約5割程度らしいのだが、女の子の場合は殆どはスマホアプリで済ませてしまう事が多いらしい。


 あとSNSのトリッターマンガは読むよ、というやつもそれなりにいるようだ。


 まあ、紙のコミックを買い揃えるとなると場所も取るしな。


 だから最近の女子高生はマンガを読んでくれないと思われてるわけだが、正確には本屋でコミックを買ってくれないというのが正しいのだろう。


 男のほうがコレクター気質持ちが多いのか、漫画のコミックなどを買う割合は高いらしい。


「まあ、たまには本屋で紙の本を買って読むのもいいと思うし、今から一緒に買いに行くか?

 本屋ってどこに何があるかわかってないと、目当ての本がどこにあるかすらわからないことが多いしな」


「うん、そうしてもらうと助かるかな」


 これは小さな書店がバタバタ潰れている昨今では、特にその傾向が強いと思う。


 図書館などもそうだが、大型書店の通路って慣れていない人間には、新宿駅や梅田駅の地下通路並みの迷宮みたいなもんなんだよな。


 更に棚の中から目当ての本を探すのも一苦労だし。


 そこで苦手意識が付けば、余計に大型書店に人が寄り付かなくもなるわけだ。


 まあそれは置いておいて、俺は中垣内なかがいとと一緒に駅の近くにある書店へ向かった。


 そして棚の間を迷わずに進み、棚を指し示す。


「少女向けのレーベルというと、このあたりだな」


 だいたいこの手のレーベルは男性向けラノベと隣接した場所にある。


 そして男性向けラノベは漫画と近い場所にあることが多いので、そんなに迷うことはない。


「ふーん、随分いっぱいあるのね」


「比較的読みやすそうなのはマンガン文庫かビーズ文庫、ビーンズログ文庫、二迅社文庫アイリスかな?

 マンガン文庫は、1976年発刊とかなり歴史もあるし、名作も多い。

 それに文庫は四六判に比べて、安くて場所を取らないのがいい」


 少女向け恋愛小説を買おうとするときに気をつけないといけないのは、BL小説やTL小説が近くにあったり、下手すると棚に混じっていたりすることだったりする。


 これは漫画でも同様だが、漫画の場合はいわゆる少女漫画でも、結構過激な性描写があったりするもんだから、なおさらたちが悪い。


「マンガン文庫で人気があるのは、この男爵と妖精かな?

 アニメ化されてるから、まずはそっちを見てもいいと思うぜ」


「ふーん、じゃあとりあえずこれを買ってみるわ」


 とりあえず買う本が決まったところでレジへ移動しようとして、ばったり知人と出くわした。


 それはバイト先のパティスリーの先輩の白檮山かしやまさん。


彼女はどう見てもBL小説の”秘められた情熱”という本を棚から手にとっているところだった。


 さらにBLコミックも手に持っていたりする。


「あ!?」


「あ!?」


 俺に気づき、顔面蒼白状態となった白檮山かしやまさんと目が合い、一瞬お互いに硬直状態となる。


 とはいえ、ここは見なかったことにするのが、武士の情けというものだろうか。


 そして中垣内なかがいとがレジで精算を済ませたら本屋を出る。


「んじゃ、今日はここでばいばいだな。

 読み終わったら感想をきかせてくれ」


「ん、わかった」


「言っておくが、あくまでも小説は国語の勉強のために読むんだから、そっちに夢中になりすぎんなよ」


 俺がそういうと中垣内なかがいとがちょっとむくれたように言った。


「あ、あたりまえでしょ。

 そんなこと、あんたにいちいち言われなくてもわかってるわよ」


「なら、いいんだけどな」


 そう言いつつ中垣内なかがいとなら、ドハマリしてもおかしくないんだけど。


 そして中垣内が離れたら、肩を背後からがっしりとつかまれた。


「秦くん。

 ちょっと二人だけで、お話したいのですけども、いまからお時間いいですか?」


 振り返ってみると、やはりというべきかそれは白檮山かしやまさんだった。


 ここで嫌ですと言ったら、肩を握りつぶされるのではないかと思うくらい、強い力で肩を掴まれてそう言われてはうなずくしかない。


「え、ええ、いいですよ。

 他の人に見られたり聞かれない場所がいいんですよね」


「そうですね」


「なら、カラオケかネットルーム、もしくはレンタルスペースが良さそうですけどね。

 どこにしましょう?」


「じゃあ、ネットルームに行きましょう。

 カラオケだと歌っていないのは不自然だし、レンタルスペースだと高いでしょうし」


 というわけで俺と白檮山かしやまさんは二人で入れる、鍵付き個室で防音完備のネットルームに向かう。


 そして個室に入って白檮山かしやまさんは言った。


「私のこと、BL好きな気持ち悪い女って思った?」


 俺はそれに対して首を横に振る。


「いや、別にそんなことはないですよ。

 今はBL小説や漫画は普通に書店のかなり広い面積で売られてますし、俺もBL漫画一冊持ってますし」


「え、秦くんって腐男子なの?」


「いや、別に狙って買ったわけじゃなくて、普通のラブコメ漫画と勘違いしただけなんですが、結構面白かったんで」


「そこは普通、表紙で気がつくんじゃ?」


「いや、可愛いメイド服姿の方を男とは思わんでしょ?」


「いやいや、でもそれなら良かった。

 いやあ、せっかくちゃんと普通の人の擬態してたのに、さっき秦くんにバレたときはどうしようかと思ったよ」


「ああ、漫画やラノベだといかにもオタクって感じのテンプレの腐女子にされてますけど、実際は綺麗で、オシャレで、お化粧なんかもかなり勉強して、コミュ力も高いのが腐女子みたいですね。

 コピックでイラスト書いたり、コスプレもしたりするんですか?」


「おおう、よくわかってるね。

 さすが腐男子。

 まあ、コスプレは今の所してないけど興味はあるよ」


「いや俺は腐じゃなくて、腐も許容できる雑食なだけです。

 BLだろうがGLだろうが、結局それは『性癖』みたいなものですけど」


「つまり秦くんは両刀バイセクシャル?」


「ただし二次元に限るですよ。

 現実に女の子みたいに可愛い男の娘なんて……」


 そこまでいって剛力くんという、その見本みたいな人間が身近にいることに気がついた。


「女の子みたいに可愛い男の娘がいたとして、それに対して恋愛感情なんて持ちませんよ」


 俺はそういうと白檮山かしやまさんがニタリと笑った気がした。


「へえーえ、なんかこころあたりがありそうだねぇ」


「くっ、あなたはニュータイプですか」


「いや、ちょっとカマかけただけなんだけど、いるんだねぇ、へえぇ。

 それならぁ、たまに私とBLについて話したりしない?」


「いや、俺はそこまでBL詳しくないですけど」


「黒板✕チョークとか」


「いや、そこでなんで無機物カップリングなんです?

 ちょっと初心者には難易度高すぎません?」


「いやいや、でもこれでついてこれるあたり、秦くんも相当だよ?」


「あぐ、言い返せないのが悲しい。

 とはいえほんと大したことはわかりませんよ」


「大丈夫、最初はわからなくてもだんだんと知って、深みにハマっていけばいいだけだから」


「それって底なし沼ですよね?」


「まあ、そうとも言います」


 くすくす笑う白檮山かしやまさんはどこまで本気なのやら。

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