458 3年春〜到着
「「アレク司厨長ながい間ありがとうございました」」
食あたりから復帰した若い司厨長さんと助手さんが深くお辞儀をしてくれたよ。
でも長くなんかないよ。楽しかったし短か過ぎるって思ったくらいだったんだよ。
アレク司厨長なんて言わなくてもいいのに。ただのアレクとか狐仮面でいいのにな。
「病気は誰もがなるものです。お気になされずに。もう大丈夫なんですか?」
「はいおかげさまですっかりよくなりました」
「それはよかったです」
「アレク司厨長には伏せっている間におもゆからお粥までご用意いただきありがとうございました。とてもおいしかったです」
「ホントにおいしかったです!」
助手さんもそう笑顔で言ってくれたんだ。
「アレク司厨長‥‥あの‥‥司厨長はひょっとしてしぇふですか?
「!はい。あははは懐かしい呼び方ですね。ヴィヨルドのご領主邸ではシェフと呼ばれましたよ。よくご存じですね」
「やっぱり!」
ガタッ!
そう言った途端。目を大きく見開いた司厨長さんが片膝をついたんだ。
「「「えっ?!」」」
驚いたのは俺たち3人と司厨長の助手さんも同じだったんだ。
「し、司厨長?」
そりゃ助手の人も驚くよ。
そんな片膝をついたままの司厨長さんが助手さんを叱ったんだ。
「お前も料理の道を志す者だろう。知らないのか!王国でロジャー様の披露宴料理を取り仕切った幻のしぇふの話を!」
「ま、まさか‥‥」
「そうだ。アレク様こそ幻のしぇふその人だ!」
ガタッ!
「し、失礼しましたしぇふ!」
えっ?幻のシェフ?なんだよそれ?
それにしても子どもに頭を下げる大人のこの構図。恥ずかしいよ!
「失礼ついでにしぇふにお願いがございます。どうかこのあと最後の夕食をしぇふの采配でお作りいただけませんか?」
「お願いします!」
ああそういや帰港前。最後の夜は金曜カレーの日だもんな。これはたしかにみんな期待してくれてるよなたぶん。
「はい逆にお願いします!」
「「やった!」」
「幻のしぇふの幻のカレーを作るところから見られるぞ!」
こうして本物の司厨長さんと俺たち5人による夕食の準備が始まったんだ。
さすがに本職の2人に手伝ってもらったから準備も楽々できたよ。
「「「辛うまーーーいっ!」」」
「なんとうまい‥‥!これが幻のカレーなんですね!」
「幻って司厨長なんなのですか?」
「ああ見習い水兵の君たちは知らなくて当然だよ。
このカレーは昨年王国のヴィヨルド領で中原中にその名を知られるロジャー様の結婚披露宴にふるまわれた料理なんだよ。
美食に慣れた中原中の国主や一流冒険者の舌さえ奪って虜にした幻のメニューがカレーなんだよ」
「それで幻なんですね」
「へぇー知らなかったなぁ」
「先週はどうだった?うまかっただろ?」
「はいそれはもう!」
「「めちゃくちゃうまかったです!」」
「しぇふその‥‥カレーの素は我々にも手に入るのでしょうか?」
「ああこのカレールーですね。そろそろ手に入るんじゃないかな」
「そうなんですね!」
目をキラキラさせて司厨長さんが言ったんだ。
カレースパイスはシシカバブ一家がどんどん栽培してくれてるはずだし、それをブレンドして小麦粉を加えたカレールーのレシピはサンデーさんに伝えてるからね。
製品までをサンデーさんが手配してくれてるはずだよ。
だからもうすぐ帝国でもカレールーは手に入るはずなんだよ。
「司厨長。食材の購入はどこがやってるんですか?」
「我々の演習船を含めて海軍の食材その一式は海軍の資材部が取り仕切っています」
「そうですか。じゃあ俺から帝都のミカサ商会さんに連絡して司厨長さんに試食用としてお送りしておきますね」
「いいんですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます!」
「アレク司厨長これはいったい何を作るんですか?」
「これはデザートのプリンです」
「ぷりん?」
明日帰港するからコッケーの卵も使っていいって司厨長が言ってくれたんだ。だから食後のデザートも用意したんだよ。
卵で作ったデザートといえばやっぱプリンなんだよね。それも王道のカスタードプリン。
カラメルの濃い醤油のような色めはメイプルシロップで代用できるもんな。
メイプルシロップも持ってきといてよかったよ。
「「「まだかまだか」」」
「「「あのカレーの匂いが‥‥」」」
「「「よだれが‥‥」」」
それは商人たちはもとより水兵の第1陣も同じみたい。まだラッパの音がする前から食堂の前で待ってるんだ。
でも見習い水兵たち。そんなとこ見られたら艦長に怒られるよ!
掲示板にはリリアーナに書いてもらったメニューの文言が貼られている。
金曜カレーの日
デザートにプリン付
最後の夜ごはんは金曜カレーの日だ。
お米はないからスパゲティ仕様だ。
そんなカレースパにはキーサッキー(マイカ)フライをトッピングしたよ。
デザートにカスタードプリン付。もちろん冷たい水も飲み放題だ。
「(司厨長アレクしえふが退艦されたらこのうぉぉたあさあばあは下げないといけませんね)」
「(そうだな。俺たち2人の魔力ではこの水を満タンにはできないからな)」
▼
「「めちゃくちゃおいしかったですアレク司厨長」」
「「ありがとうございました」」
「「ぷりんもめちゃくちゃうまかったです!」」
「あははは‥」
もうやめてよ。空のお皿と笑顔だけで十分。お礼は要らないよ。
それから30数年を経て。
若き司厨長も後進を指導するようになった。海軍のみならず帝国有数の一流調理人となって。
そんな彼は退職するそのときまで現場にこだわったという。
乗船した商人からどれだけの好待遇で誘われても軍艦を降りることはなかったともいう。
指導を兼ねて赴任した艦船の先々の厨房で。
最初にしたことが厨房に額装を飾ることだった。
額装されても尚劣化して字が見難くなったメニュー表。そこにはこんな文言が飾られていたという。
金曜カレーの日
デザートにプリン付
▼
そして翌朝。
帝都の港に着いたんだ。
―――――――――――――――
いつもご覧いただき、ありがとうございます!
「☆」や「いいね」のご評価、フォローをいただけるとモチベーションにつながります。
どうかおひとつ、ポチッとお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます