452 3年春〜船旅
「帝国海軍のイーゼル・フォンバートだ。イーゼルと呼んでくれ給え」
そう名乗ったイーゼルさんは前皇帝陛下と同じく、真っ白の制服をキッチリカッチリ着こなす中年後半の人族の軍人さんだった。
軍服の上からでもわかる筋骨隆々の鋼の肉体。小麦色に日焼けした肌に金髪の短髪が映える。肌のキメが荒く見えるのは海風に晒され続けているからだろうか。鋭い眼差しはいかにも歴戦の海の男と思わせる。
「帝国までは海路2週間。さてアレク君はどちらにするかな?選んでくれ給え」
えっ?何を?
「帝国に着くまでの2週間。
お客様としてのんびり過ごす。商人と語り合ったりしてな。これが最初の案だ。君は前皇帝陛下の客人だ。宿泊もこの艦長室を使ってくれていいぞ。
もう1つはこの船に乗る新兵と一緒に毎日を修練しながら狭い部屋で寝泊まりして過ごす。キツい思いをしながらな。
もちろんどちらも新たな経験になるぞ。さてアレク君はどちらがいい?」
これはもう即答だ。
「後者でお願いします」
「ワハハハハ。予想どおりだな。
では客人ではなく帝国海軍軍人、しかも新兵と同等として扱わせてもらうよ。たった2週間だが少しでも経験を積んでもらうからな」
「はい。よろしくお願いします」
「うむ。経験は積めば積むほど人生の糧となるからな。若いアレク君にもなにかプラスになればいいんだがな。たった2週間だがなにかを掴んでいってくれ給え」
「はい!」
帝国に向けて出港した船は外洋仕様の大きな軍艦だった。
戦闘員を含めて。この軍艦には商人10人と帝国軍人が40人も乗りこんでるんだって。
「イーゼル艦長、軍艦に常設の海軍。さすが帝国ですよね」
「ははは。王国にこの制度は無いからな。
わが帝国は平和であろうとなかろうとふだんから軍を海軍、陸軍、騎士団、魔法軍と軍を4つに大別してるんだよ」
「それは常在戦場ということですか?」
「さすが皇帝陛下の覚えのあるアレク君だ。いい言葉を知ってるな。
そのとおり。平時より軍を整備しておけばいざというときに慌てなくていいからな」
たしかにそうなんだろうな。でも無駄っちゃ無駄なんだよな。その軍隊を養っていくお金がかかるんだよなぁ。
「この船は海軍新兵の演習を兼ねているんだ。
乗船しているのは商人が10人と帝国新兵が40人。教官が5人だよ。
だから海軍軍人とはいえほとんどはアレク君と同じ学生だ。
船が進む先には予想もつかないことごある。凪も荒海もすべては人生の縮図なんだよ。
君たち若者はこの航海も含めてすべての経験が今後の人生の糧になるのさ」
なんか重いな。簡単な言葉がグッとくる。熱い艦長さんだな。
「たった2週間の船旅だ。忙しくなるぞ。覚悟はいいか?」
「はい!よろしくお願いします」
「アレク君は基本朝から新兵として過ごしてもらう。あとで君の仲間を紹介するからな」
「はい」
「午後4点鐘から。食事前から君は別行動だ。そこからは私が君の講義を受け持つ。帝国史を学んでもらうからな。6点鍾の食事から再び新兵と一緒だ」
「はい」
「じゃあ時間が惜しい。今日は中途半端な時間だからな。早速歴史の勉強から始めようか」
「えっ?は、はい」
良い人だなイーゼル艦長って。偉い人自ら教えてくれるんだ。
そう思ったのは‥‥実は最初のここまでだったんだ。
1点鐘が過ぎ、2点鍾が過ぎ、3点鍾が過ぎた。その間イーゼル艦長はずーーーーーっと話し続けている。腹減ったな。いつ終わるのかな……。
「勉強もしやすいだろうアレク君」
「えっ?は、はい‥」
「君が作ったという紙はどんどん使ってくれ。この紙はいいな。この船にもホラこのとおりたくさんあるからな。遠慮なくどんどん使ってくれていいぞ」
「あはははは‥」
後で聞いたんだけど艦長さんは帝国海軍艦隊の艦長として第一線にいたらしい。壮年期を過ぎたこともあり乞われて陸に上がり教官として座学を教えていたそうなんだ。
だけどやっぱり海の男が海に出ないのには納得がいかないと前皇帝陛下に直談判。
念願叶って演習艦の艦長になったそうなんだ。
長い長い講義は結局6時間ほど続いた……。
パッパッパッパッパァァァァァーー
艦内にラッパの音が響いた。
「ん?もうそんな時間か。まだまだぜんぜん足りんな」
マジかよ!?俺昼メシ食ってないよ、おやつもないよ。
「よしアレク君。残念だが食事の時間だ。続きは明日だな」
「は、はい‥」
「狐仮面アレク君の相棒を呼んでくれ」
艦長が筒みたいなものに声をかけたんだ。そしたら1分もしないうちに2人の新兵がやってきたんだ。
コンコン
「「艦長失礼します!」」
呼びかけに応じてやって来たのは俺と同年代の男女2人だった。
「自己紹介をし給え」
「はい!帝国海軍新兵ベックです!」
ニコニコ笑ったベックはくせっ毛の赤髪、そばかすがいっぱいの俺より頭1つ背が高い陽気な男だった。
「同じくリリアーナです!」
俺と同じくらいの背の高さ。短髪のストレートブラウン。意志の強そうな大きな瞳がかわいいリリアーナ。
彼女を見た瞬間、サウザニアのミリア・シュナウゼンを思い出したんだ。
「「よろしくお願いします!」」
「王国ヴィヨルド学園から来たアレクです。2週間よろしくお願いします!」
「じゃあ2人は艦内を案内してから食事に行ってくれ。
明日から2週間。彼は夕の4点鐘から私の講義。あとは一緒にやってくれ」
「「ヨーソロー!」」
へぇー。帝国海軍の返事はこうなんだ。アイアイサーみたいなもんなんだな。
「ではアレク君また明日な」
「あ、ありがとうございました!」
あー明日もか……。
「「失礼します!」」
ビシッと敬礼した2人が俺を連れて艦長室をあとにした。
艦長室から十分に離れてから。
2人から改めて挨拶されたよ。かなりくだけた雰囲気は同年代らしい心地よさだ。
「ようサンダー王国からの噂の留学生アレク。あらためてよろしくな。俺はベック。艦長のなげぇー講義にびっくりしただろ。俺はあの人の講義の時間は睡魔との闘いで必死で口を噛んでるよ」
「こらベック!あんたは艦長に対してなんて失礼なこと言うのよ!
まあまるまる否定はしないけどさ」
「リリアーナも眠気と闘ってるじゃねぇか!」
「それを言葉にするのは新兵でもあんたくらいよ!
あっ私はリリアーナ。よろしくねアレク君」
「2人ともよろしくな」
ベックとリリアーナ。
最初の出会いから俺たちは意気投合したんだ。気が合うっていうのかな。
「なぁイーゼル艦長っていつもあんなふうなのか?」
「「当然だろ(よ)」」
「あの人は話し出すと止まらないんだよ。3時間や4時間は当たり前なんだぞ」
「熱くて良い教官だし知識もすごいのよ。ただ‥‥話し好きなのよね」
「お前明日から2週間4点鐘から講義なんだろ。正直同情するわ。ワハハハハ」
「私もちょっぴり同情するわ。フフフフ」
「そうなんだ‥‥」
「じゃあ早速艦内を案内するからな。とっとといこうぜ。俺は腹減ったよ」
「ベックはいっつもお腹が空いてるわね!」
「失礼だぞリリアーナ。いっつもじゃねえぇ。メシ食ってるときは腹減ったって思わねぇぞ。腹が減るのはメシを食う前までとメシを食い終わってからだ」
「意味わかんない」
そんな2人の掛け合い漫才みたいな会話を聞きながら。新しい友だちと過ごす2週間の船旅がいよいよ始まったんだ。
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