408 虚偽の代償



 カラーーーンッッ カラーーーンッッ カラーーーンッッ‥


 昼の1点鐘の直後。

 領都ヴィンランド中に時計塔の鐘が再び高らかに鳴った。


 それはいつもと変わらぬ鐘の音。

 だが永くこの街に住み、毎日鐘の音を聴きながら暮らしをしている者にはなぜか心地よい響きには聴こえなかった。

 なにかいつもと違う、と。


 それは冒険者ギルドにおいても。


 「ん?まさか‥‥もうダンジョンから帰還か?どう思うタイラー」


 「ああ。帰還じゃねぇか。聞いてる限り、今年のメンバーなら充分あり得るだろ」


 「やっぱりな。でもよ、まああの馬鹿にしたら逆にラッキーじゃねぇか」


 「ガハハハ。ロジャーの言うとおりだな」


 「よし。タイラー俺ちょいと出かけてくるわ」


 「ああロジャー。俺も準備やら根回しやらをしとくかな。

 ヒロコすまんがちょいと学園行ってあの馬鹿連れてきてくれ」


 「はいギルド長」


 「ついでに学園長にも一声かけといてくれ。まあ、なにも言わなくてもわかるはずだがな」


 「わかりました」



 「「おもしろくなってきたな」」


 がははははは

 わははははは




 ▼




 2年めの学園ダンジョン探索。

 なんと4泊5日?で5階層から帰還したんだ。

 おそらくっていうか、間違いなく史上稀にみる不出来なパーティーだろうな。


 だってほとんどのパーティーがその日のうちに5階層まで着くんだよ?よっぽど慎重なパーティーでも1泊くらいだろうね。


 でも今年は4泊5日!うん、これは今後も破られない記録だろうな。


 5階階層主のゴリラに敗れて敗退ならまだわかるよ。でもねーこの体たらくはないな……。






 万能薬エリクサーとセーラの回復魔法の効果は絶大だった。


 瀕死の先輩たち5人組が自身の力で歩けられるように回復したんだから。

 全員にかけられたセーラの回復魔法はなんと彼らの心まで快癒してくれたみたいなんだ。



 「あー疲れたなー」


 「ああリーダー。しっかし、ホントえらい目に遭ったよなぁ」


 「俺なんか未だに夢なんじゃねぇかって思うわ」


 「「「俺もだぞ」」」


 ワハハハハ

 アハハハハ


 「しっかしゴリラは腹立つよな。クソーーっ!今度はもっといい装具で借りを返さないとな」


 「「「おおよ!」」」


 ときどき笑いあいながら冗談まで言ってるよ。

 なにこの人たち?

 6年が最後の学園ダンジョンだって知らないの?

 ああそれとも土日に一気にここまで‥‥来れるわけないよな。



 ブーリ隊のヒューイ先輩はすっかり俺たちと同じ気持ちになったみたいなんだ。意識してボル隊との会話を避けてたもんな。



 行きと同じ。学園ダンジョンの入口では守衛として騎士団の人たちが待っていた。


 「10傑の生徒、ああボル隊はこっち、ブーリ隊はあっちだ」


 「(え?なに?わかるアレク?)」


 「(わかんねぇ)」



 帰還そのままに。

 守衛の騎士団員さんに連れられてダンジョン入口近くにある小部屋に移動したんだ。ボル隊はずっと奥の部屋に。手前の部屋には俺たちブーリ隊が。それぞれ分かれた部屋に通されたんだ。


 「なんだろうね」


 「去年も先生たちの会議に出たよね。あれとまったく違いますね。聴聞会ってことはなさそうだし‥‥査問会かしら。」


 「聴聞会?査問会?どっちも一緒じゃね?」


 「アレク隊員。2つはぜんぜん違うぞ」


 「えっ?ユーリ隊長一緒じゃないんすか?」


 「「「フッ(プッ)」」」


 ユーリ隊長だけじゃない。ライラ先輩もヒューイ先輩もセーラでさえも、あのかわいそうな子を見る目で俺を見たんだ。


 「アレク隊員。ボル隊が今聞かれてるのがおそらく査問会だ。懲罰前提の会だな」


 うんうんとみんながやってるから俺も一緒になってうんうんとやったら、ますますみんなから生暖かい目で見られたよ!


 「で、このあと俺たちブーリ隊が聴かれるのが聴聞会だ。聴かれるのはいつどこで何があった、先行のボル隊はどういう発言をしたのかっていうやつだな」


 「それはどう違うんですかユーリ隊長?」


 「ボル隊の懲罰を前提に、それぞれの事実認定と整合性を図るのが目的だな」


 「ってことはユーリ隊長俺らは怒られないんですね!よかったー!」


 「いやアレク隊員。お前だけは違うぞ」


 「えっ?!なぜ?」


 なんか急に不安になってきた。また俺何かしでかしたのかな。


 「俺だけ‥‥叱られるんですか?」


 「ああ。アレク隊員だけはな。

 それはライラ隊員と格闘の練習をしたときと背中から抱きつかれたときだ。

 さらにはセーラ隊員に魔力を流したときだ」


 「ま、まさか‥‥」


 「どちらも鼻を膨らませて邪な考えを抱いたからな」


 「えっ??




 なぜバレた?!」



 「「「‥‥ほらな。ライラ隊員、セーラ隊員。言ったとおりだろ」」」


 「「隊長の言ったとおりでした‥‥」」


 「だろ。アレク隊員は‥‥」


 




 「「「変態です(だ)!」」」


 わはははは

 アハハハハ

 あはははは





 ▼




 

 しばらく、結構な時間を待っていると、ゾロゾロと先生たちが室内に入ってきた。

 ユーリ隊長が言ったとおりに、そこでは俺たちブーリ隊に対してずーっと聴き取りが行われたんだ。


 それは誰もが喜んでくれた去年にはなかったような出迎えだったよ。


 先生以外にも領の保安部っぽい人もいたよ。目つきが鋭くて漂う雰囲気からそっち系の人だとすぐにわかったけど。



 聞かれたのはダンジョンに入る前の編成の仕方からダンジョン内での詳細な探索の様子。

 もちろんブーリ隊の俺たちは包み隠さずこの4、5日の様子をすべて話したよ。


 最初はボル隊の先輩たちと同じ思考だったとヒューイ先輩が懺悔する話はとても説得力があったよ。


 すべての始まりは魔力増強服を着て自分たちが強くなったと過信したことからなんだって。



 「最後の質問だ。2年1組のアレク君」


 「はい」


 「君はブーリ隊の彼らに契約魔法をかけたね?」


 「はい。先生のおっしゃるとおりです」


 えー?契約魔法をかけたのはダメだったの?


 「他の4人に質問するよ。君たちはアレク君の契約魔法にボル隊への強制はなかったと誓って言えるかい?」


 「「「はい。ありません」」」


 「アレクは一切強制してません」


 セーラありがとう。お前はやっぱり俺の友だちだよ!


 「アレク君。君の契約魔法、魔法陣はリズさんから習ったものだね?」


 「はい」


 「そうかい。魔法陣に描いてある内容と発動した内容がまるで違うんだよなぁ。表面からはわからない構造なんだよな。うん実に素晴らしい‥‥あー最後のはわたしの独り言だ。わはははは」


 あははは。これはあおちゃんが手伝ってくれたおかげだな。


 「わかりました。では話はここまで。ああブーリ隊のみんなには最後にお願いがある。

 この話はもちろん部外秘だからね。

 特に5年1組のライラさんと2年1組のアレク君とセーラさん。

 君たちは来年もダンジョン探索のメンバーに選ばれる可能性が高い。だから、記録にもこの聴取に至る一件は触れないように」


 「ってことは?‥‥どういうことか具体的に仰ってください」


 「うん。アレク君そうだね‥‥なんというかな。

 彼らの行いは正しくない。それは事実だよ。それに対しての報いも当然受けてもらう。

 だけどね、未来永劫その名前と所業を記録に残すことはどうだろう。

 今回はボル隊が5階層の階層主に負けた。

 ただそれだけのことさ。それ以上でもそれ以下でもない。


 わかるね?」


 「「「はい‥‥」」」


 先生たちが言ってることがなんとなく理解できたんだ。

 俺は思ったんだ。これが大人になることなんだなって。













 査問会の結果はあとからサミュエル学園長に教えてもらったよ。だって学園長は俺にとって大好きな親戚のおじちゃんだもん。


 ボル隊の先輩たち5人は査問会の席上、自分たちは何をやっても許されると嘯いていたそうだ。


 魔力増強服の使用も使用禁止と謳われていない以上はセーフだと。


 総隊長、副隊長の任命も人族優位も、貴族優先からくるものでひいては獣人差別も当たり前なんだと。

 さらにはそれらを肯定する論拠として4対6の多数決の結果なんだと主張したそうだ。

 

 先生方に君たちに爵位はないのではと問われると、自分たちも貴族ですと疑いもせずに発言したそうだ。


 多数決も、途中から5対5になったのでは?との問いにも最初に決めたことがすべて正しいんだと言ったそうだ。


 階層主に負けたこともエリクサーを使ったことも無理やりボル隊に契約魔法をかけられた結果なんだと虚偽の報告をしたそうだ。


 「アレク君。君の契約魔法は素晴らしい効果を発揮したと魔法学の先生たちから大絶賛だったよ」


 「えっ?」


 「エリクサーという言葉がトリガーみたいだね。

 彼らは先生方が質問をしなくても自然にすべてを洗いざらい話しだしたそうだよ。しかも話せば話すほど少しずつ苦痛が和らぐみたいだったらしいね。我先に告白してたって」


 「学園長。実はここだけの話なんですが‥‥」


 「なんだいアレク君。僕たち2人の会話だってここだけの話だけどね」


 「はははは。そうですよね。

 実は俺の契約魔法はまだまだ不完全なんです。それを階層主のナイトメア、白馬のあおちゃんが手伝ってくれたんです。

 あおちゃんも俺とおなじくらいの歳の日本人の転生者なんです」


 「わはははは。白馬だからあおちゃんか!」


 サミュエル学園長もすぐに納得してくれたよ。それどころか、あおちゃんのネーミングが素晴らしいと大笑いだった。


 「わははは。こりゃこのことを他の先生たちには伝えられないな。よし、学園長権限でこの件は伏せよう。わはははは」




 【 領都ヴィンランドのとある場所 】


 「『ろくおんでぇた』は聞いたか?」


 「ああ。すべて草からの報告のとおりだ」


 「しかしこの『ろくおんでぇた』は便利だな」


 「ああ。会話のすべてを記録してるんだからな」


 「ではご領主様への報告書はダンジョン内での会話をそのまま文字に起こしてそのままを伝える」


 「草もついに合格レベルだな」


 「ああ。若いが奴も充分使える男に成長したよ」










 ヒューイ先輩を除くボル隊6年の先輩たちはしばらくして学園から見えなくなったよ。

 噂では先輩たちの親も貴族爵を剥奪となったそうだ。ただエリクサーの費用弁償もあって5人の親の仕事は変わらず、それも極めて薄給の10年契約になったそうだ。



 ▼



 小部屋を出たところにはヒロコさんがいた。


 「えっ?ヒロコさん?」


 「さっ、アレク君行くわよ」


 「どこへ?」


 「決まってるじゃない。国際武闘祭に参加するんでしょ?」


 「あっ!そうだ!参加できるんだ!うん!行く行く!」



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