290 台風



 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 「うわっ!」

 「わわわわっ!」


 休憩室の扉を開けてすぐだった。

 41階層。

 吹き荒れる雨風はまったく容赦がなかった。こういうのを「洗礼」っていうのかもしれない。


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 シルフィとシンディは早々と俺とマリー先輩の合羽の中に避難している。


 ビュュュュュュューー

 ドドドドドドーーーー


 「くっ、前が見えないわー!」


 ただでさえ凄い雨風に時おりさらに激しい台風並の突風や目を開けてさえいられないくらい滝のような雨が降り注ぐ。


 「アイゼンは大正解だったなーー!」

 「足下がしっかり安定するわねーー!」

 「リアカーも安定してますよーー!」

 「合羽も脚絆も濡れなくてよかったよねーー!」

 「大正解ですよねーー!てか大声で言わなきゃ聞こえなーーい!」


 昨日までに作ったものはどれも大活躍した。

 本当はそれを喜びたいんだけど‥‥。

 あまりに凄い雨は俺たちから成果への喜び以上に多くのものを奪っていった。

 体力、気力はもちろん、今の場所、今の時間はおろか思考力さえ奪っていくのだ。

 さらには進むべき道さえもわかり難くする豪雨には辟易する。

 間違えてそのまま進んで行ったらどうなるんだろう。それさえわかんないけど。


 もちろん500メル後方のブーリ隊なんてまったく見えない。

 でも獣人のタイガー先輩とゲージ先輩がいるから心配ない。距離を保ったままついて来ているはずだ。


 「キム先輩こっちですよねー?」

 「ああー」


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 辛うじて石畳とわかる旧道をゆっくりゆっくり進む。リアカーも4輪にして正解だった。重い荷物のためもありなんとかひっくり返らずに進めている。リアカーを引くシャンク先輩の力強さのおかげだな。


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー



 41階層。ここは襲来する魔獣との闘いじゃない。自然との闘いなんだ。学園ダンジョンにはこういう試練もあるんだと俺たちは知った。


 「えなじーどりんくもおいしいねー」

 「そうだねー」


 歩きながら摂取する経口補水液エナジードリンク。糖分と塩分を摂取できて薬草の効果もある。尚且つセーラの癒しの力も付与されている飲料水だ。

 これを飲んでいるともう少し頑張ろうという前向きな気持ちになれる。



 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー



 「おさえて!」

 「風で引っ張られる!」

 「どっせーいっ!」


 向かい風のときはリアカーを後ろからみんなで押したし、飛ばされそうなときは後ろからみんなで支えた。



 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 「まだーアレクー?」

 「わかんねぇー」


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 「まだーアレクー?」

 「わかんねぇー」


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 「まだーアレクー?」

 「わかんねぇー」


 何回も繰り返す同じ会話。


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー














 「「「‥‥」」」




 ついにはセーラを含めて誰も話をする気力さえなくなった。

 ただ前へ前へ、ひたすら進むのみ。








「ハーハー、おそらくもう夜のはずよ。今日はここでこのまま野営をするわ。アレク君野営の準備をしてくれる?野営はブーリ隊も一緒よ。キムどう?」

 「ああ朝からずっと魔獣の気配は一切しないな。だから野営も一緒で大丈夫のはずだ」



 襲ってくる魔獣に対して共闘をしない限りは『学園ダンジョン』からレッドカード認定はされない。つまりはこの階で一緒に野営することは問題ないはず。


 「どう?シルフィ、シンディ?」

 「ええ何も感じないわ」

 「野営も大丈夫でしょうね」


 記録どおり魔獣の心配はしなくていいだろう。必要なのは雨風凌げる野営陣地だ。頭の中でイメージするのは分厚いコンクリート製のトーチカ。地面からわずかに銃眼だけが開いた半地下のドーム型野営陣地だ。


 「いでよトーチカ!」


 ズズッ。


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 うーん……。


 「いでよトーチカ!」


 ズズッ。


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 うん‥‥ぜんぜんみんなに聞こえてないな。リアクションがないって寂しいな‥‥。もっとゆっくり大声で言おうかな。メガホンみたいなものを発現して詠唱しようかな。



 「もうばかアレク!早くしてよ!誰もアンタの詠唱なんか聞きたくないわよ!」

 「だって‥‥」

 「だってもへったくれもないわ!ただこれ以上濡れたくないだけよ!わかった?」

 「‥‥さーせんシルフィさん‥‥」



 「いでよトーチカ!」


 ズズーーーーーーーーーッ!



 砲弾の直撃を食らってもぜんぜん平気な円型トーチカができた。1人用歩哨サイズの入口もつけたよ。螺旋階段で降りる地下1階にある感じ。


 すぐにブーリ隊も合流した。




 「「「お帰りー」」」

 「「「ただいまー」」」





 「アレクのせいで無駄に濡れたんだからね!すぐに乾かしてよね!」

 「さーせんシルフィさん。すぐにやります‥」



 「アレク今やってるそれは精霊さんの髪を乾かしてるんですよね?私もやってください!」

 「はい‥」

 「私もやってほしいの」

 「はい‥」

 「シルフィだけずるいよ。私もやって!」

 「はい‥」

 「アレク君私もお願い!」

 「はいわかりました‥」



 トーチカの中で風魔法を使って人間ドライヤーになる俺だった……。



 この日の夜は疲れ果てて超簡単な食事にした。干し肉も雨に濡れたからカビる前に食べなきゃってことでダンジョンメシ初の『ダンジョンあるあるメシ』である。

 干し肉と干し野菜のスープ、粉芋のマッシュポテト、堅いパンの定番メシだ。



 「これ去年まではふつうに食ってたよな」

 「ああ、俺なんかこんでもうまいって思ったぜ」

 「それでも量は少なかったよなギャハハ」

 「こうして思うと今の食事事情は本当に贅沢なことだね」

 「「「うんうん」」」




 翌朝の朝ご飯もカンタンそのものだ。


 炊きたて白ご飯、鮭の塩焼き、干し野菜のスープ。

 お昼ご飯にはまたシャンク先輩に作ってもらったエナジードリンクとひと口サイズの堅パンを用意した。



 「さあ今日もがんばるわよ。うまくいけば今日中、悪くても明日には次の回廊につけるわ」

 「「「はい(ああ)」」」




 ▼




 トーチカから出た翌朝も続く雨風の洗礼。


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 途中、エナジードリンクを飲む以外はひたすら歩いた。


 ヒュュュュューーーー

 ゴォォォォォーーーー

 ザァァァァァーーーー


 永遠に続くとも思えたこの試練が唐突に終わった。回廊が現れた。


 「やっと着いた‥‥」


 休憩室を出発して丸2日以上。ひょっとしてそれ以上かもしれない。何せ時計もないし、明るさも変わらないから。

 ようやくたどり着いた回廊。


 「はーはーはー」

 「ハーハーハー」

 「‥‥」

 「もう僕ダメ。歩けない‥‥」

 「私もダメです‥‥」


 みんなリアカーの周りに倒れこむように腰をつけた。



 ▼



 「「「お帰りー」」」

 「「「ただいま‥」」」


 1点鐘もしないうちにブーリ隊のみんなも到着した。

 みんな合羽の外はずぶ濡れ。這々の体だ。


 「オイ以外オメーらみんなまだまだだな」

 「ゲージお前人間やめたのか?やっぱりご先祖様のほうだったか!」

 「ギャハハ鰐獣人だから雨はぜんぜん気にならないからな」

 「はは本当すごいよ」

 「ああさすがに獣人の俺もヘトヘトだよ」


 タイガー先輩を筆頭にみんなが疲労困憊だった。約1名ゲージ先輩だけはふつうに元気いっぱいだったが。


 「オニール先輩、リズ先輩は?」

 「ココだ」



 「フッ」

 「「ハハハ」」

 「ギャハハ」


 ブーリ隊の先輩たちの声を抑えた控えめな笑い声。

 オニール先輩が指さす先はリアカーの中。

 リズ先輩はシートの中で丸まって熟睡していたのだった。




 ――――――――――――――



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