281 それぞれのトラウマ(中)
【 セーラside(中) 】
即座に3歳の自分となった。そこになんの疑いもなかった。
「久しいなセーラ」
「叔父さま‥‥」
あのときのまま冷酷にセーラを見つめる叔父がいる。
手足が震えるほど怖い。あの目に見つめられていると自然と恐怖心が尽きない。呼吸も辛くなる。
ぐっ
唇を噛み、両手を前に力強く握る。
そして1歩また1歩と前に向けて歩きだす。
「叔父さまは父さまと血を分けたたった2人の兄弟だったんですよね?」
「ああもちろんだとも」
「じゃあなぜ?」
「それは兄貴が、お前の父親が悪いんだよ」
「優しかったころの叔父さまは今はもういないんですか?」
「さてどうだろうな」
「なぜ叔父さまは父さまと仲違いをしたんですか?」
「それはお前の父が悪いからなんだよ」
「父さまが法皇の座を譲らなかったからですか?」
「もちろんそうだよ」
「では父さまが法皇の座を叔父さまに譲ればこんな争いはなくなるんですね?」
「ああそのとおりだよ」
「‥‥叔父さまにとって法皇とは何ですか?」
「法国の代表さ。女神さまの教えを代表して中原の民に伝える者だよ」
「女神さまの教えをですか?」
「ああ女神さまの教えだよ」
「女神さまのお教えは中原のどの教会でも、どの神父様でも、どのシスターでも‥‥万人に聞こえるんですよね?」
「ああそうだよ」
「私はここヴィヨルドの地で女神さまの教えに従い日々勤めております。この地ではダメなんですか?」
「ああダメだ。女神教の中心、法国の本教会でなければな」
いつしか身体の震えは止まっていた。
叔父の目の前に立つセーラ。叔父が座る椅子の真下に立った。
「叔父さま‥‥叔父さまは女神さまの教えに反しています。それは‥‥」
【 シャンクside(中) 】
「おやおやあのときの熊のガキかい?」
狐獣人の年配の女が刺すような眼差しをシャンクに向ける。
「う、うう‥‥」
即座に思い出すのはあのときの辛い思い出と恐怖心。
ガクガクガクガク‥
シャンクの唇を揺らし身体中を震わせる恐怖心が甦る。
▼
檻に入れられてから。あれから2、3度の食事が与えられた。
「お前はこっち、お前はあっち‥」
その間に、奴隷とされた者たちの檻は用途別に分けられた。
虎獣人や鰐獣人など強そうな獣人ばかりを集めた檻。そこに収監された獣人には足枷どころか手枷も付けられた。
人種を含む若い女ばかりの檻には「掃除」と称して外から水をかけられていた。
そのほか比較的年長者の檻、シャンクやトールなど子ども獣人の檻などなど。
「明日にはお前たちの出荷先と新しいご主人が決まるからね。しっかりおやり。ケッケッケッ」
狐獣人の女が上機嫌に給仕をしたその日のあと。おそらくは4、5点鐘あとだろうか。その日の深夜。
隣でぐっすりと眠るトールをみながら、せめてトールだけでも逃したいと願うシャンク。
タッタッタッタッ‥
小動物が走る音が聞こえる。どの檻にいる獣人も基本的に人族より圧倒的に耳が良い。
そんな小動物が走ってくる音は従来知っている小動物のそれとは何かが違っていた。
そして檻の外から恐れを知らないのか小鼠が1匹中に入ってきた。シャンクもトールも含めて檻の中にいる7、8人ほどの獣人がその小鼠に注目する。小鼠が口を開く。
「ちょっと聞いて!このあと騒ぎを起こすわ。このまま奴隷となって一生日陰者として過ごすのか、ここから逃げるのかどちらかを選ぶんだよ」
そう言った小鼠は走って隣の檻に行った。おそらく同じ話をしているんだろう。
「おいティマーがいたのか!」
「まさかこの中に動物使いがいるのか?!」
ティマー又は動物使い。
それは文字どおり動物を意のままに使役することができる能力である。中原のみならずこの世界において引くて数多の能力。主に軍事国家や非合法の職種が支配する世界においては圧倒的に需要があるのがティマーであった。
しばらくのち。
タッタッタッタッ‥
再び小鼠が現れた。
「もうすぐ鍵を開ける。どうするのかは自分で考えるんだよ」
「あの小鼠さん」
「ん?なんだ熊の子ども」
「奴らから鍵を奪ってくるんですよね?」
「そうだよ?」
「もし‥‥できるなら僕たちも連れていってくれませんか?」
「さあね。このあと騒ぎになる。できるんならコイツについておいで」
「ありがとうございます」
「ありがとう小鼠さん」
「ふふふ」
トールが無邪気なお礼を言った。
しばらくして順番に檻の鍵が開いた。これもティムされた小さな猿の仕業だ。
ジュッ ジュッ ジュッ ジュッ‥
松明が消されていく。
シーーーーーン
静寂ののち、いきなりの喧騒となる洞窟内。
うわあーーーー
わあぁーーーー
キャァーーーー
逃げろーーーー
脱走だーーーー
捕まえろーーー
シャンクとトールのいる檻からも。我先にと5人ほどの年若い獣人たちが逃げていく。
2人だけが残った檻の中で。
「ついておいで」
小鼠が言った。
「いくよトール」
「うん、シャンク兄ちゃん」
しっかりと手を繋いで小鼠の後を追う2人だった。
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