279 弟シリウス



 【 アレクside 】


 「あれ?兄上じゃないか。ずいぶん久しぶりだな」



 40階層の階層主戦。

 座っていたのは弟のシリウスだった。それは俺の記憶の中の弟そのものだった。そんな3歳のシリウスが椅子に座っている。


 どう考えてもこれはおかしい。でもなぜかこのときの俺はこれがおかしいだとかリアル(現実)じゃないんだとかは一切思わなかった。

 目の前にいるのは弟のシリウスで、俺の心と身体も3歳のあのと、俺の葬儀の夜に戻っていたんだ。




 「久しぶりだねシリウス」

 「てか兄上、生きてたんだ。あのとき兄上の葬式に出てやったのに俺を騙したな」

 「騙してないよ。俺はあのままだったら間違いなく死んでいたんだよ。てかシリウス、お前は俺があのとき何で死んだのか理由は知ってるのか?」

 「ん?」

 「病気じゃないよ。俺はあのとき毒薬で殺されたんだぞ」

 「そんなことあるもんか!だいたい使いものにならない兄上が殺されるもんか!穀潰しだった兄上を殺しても誰も得なんかしねぇよ。だから兄上が毒殺されるなんて意味わかんねぇんだよ!」

 「シリウス、じゃあお前は父上も俺と同じ毒薬を盛られて死んだってことは知ってるのか?」

 「そ、それは‥」

 「いや、もちろん知ってるよな。もしかしてお前も俺や父上を毒殺する側に立っていたのか?」

 「何を馬鹿な‥‥」

 「じゃあ俺はお前を信じていいんだよな?」

 「‥‥」

 「俺はねシリウス、父上と俺に毒を盛ったのは家宰のアダムとお前の母親のオリビアだと思っているんだよ」

 「ば、馬鹿な‥」

 「王都でのお前たちのふるまいの悪さもいろいろ聞いてるよ」


 そう言いながら、俺はだんだんと冷静になってきた。感情に任せて激情に訴えるわけでもなく、怒りに任せて暴言を吐いたり暴れたりするわけでもない。ただ俯瞰で自分自身を見られるようになっていたんだ。



 「シリウスお前、俺の葬儀のあと、王都に出たきり1度もヴィンサンダー領に帰ってないよね?」

 「そ、それは‥」

 「なぜ父上が領内を隈なく巡視していたと思う?父上は領民を第一に思っていたからなんだよ」

 「‥‥‥」

 「お前はそんな父上を受け継いでヴィンサンダー領領主になったんだよね?」

 「それがどうした?」

 「父上はずっと俺に言っていたんだよ。弟のお前と2人でヴィンサンダー領を盛り上げろ、民を護れってな」

 「ああわかったぞ!なるほどなるほど!ハッハッハ、わかったわかった。

 兄上は俺が二代目辺境伯になったことが妬ましいんだな。だからこうして難癖をつけてるんだな。

 ヒャーッハッハッハ、憐れな兄上だよ。

 だけどな兄上、俺が二代目辺境伯となることは父上から家宰のアダムが託されてるんだぞ。もちろん亡くなる前の父上の書状にも二代目辺境伯は兄上じゃなく俺だって謳われているしな。だいたいとっくに王家から俺が二代目辺境伯だと承認されてるんだよ!兄上は今ごろになって何をとち狂ってるんだ。憐れだな。

 まあちゃんと頭を下げたら家臣の末席にでも入れてやらなくもないぞ。なあ、あ・に・う・え。ヒャーハッハッハ」

 「シリウス‥王都でお前が学ばなけれはならないことがあるのもわかるよ。経営学や人脈作りなどもね。

 でもねシリウス‥」


 タッタッタッタッ ‥


 俺は背の刀を抜きながら小走りでシリウスに近づく。

 背の刀は間違いなく俺の愛刀だ。何千何万回と振り続けているいつもの愛刀だ。それはいつもどおりの重さと、いつもどおりしっくりと馴染む柄のグリップ感だ。そんな「いつもどおり」が俺を支えてくれている。


 「な、なんだ兄上?お、弟にか、刀を向けるのか?」

 「シリウス、ついこないだまでの俺はお前もお前の母親も家宰もとにかくみんな憎んでいたよ。父上や俺を殺した犯人だって。それこそ殺してやりたいくらい憎んでいたんだ」

 「ヒッ‥」

 「でもねシリウス、今は違うよ。いずれ俺はお前たち3人の前に立つ日がくる。正々堂々とね。

 だから俺は恨みを晴らすためにお前たちがしたような卑怯なことはしない。同じようなやりかたでお前たちを叩きのめすことはしない。

 お前たちにはちゃんと法の裁きを受けてもらうよ。

 そしてシリウス、お前は今も大きな間違いをしているのはわかるかい?」

 「ま、間違い?」

 「ああ。お前がやることは王都で遊んでいることなんかじゃない。領民を護るために領内にいることなんだ。

 そしてお前の最大の間違い、それはね父上は自分のことを辺境伯とは決して呼ばなかったんだよ」

 「えっ‥‥」

 「辺境伯という世の中に知られている言いかたは父上の最も嫌いな言いかたなんだよ」

 「‥‥‥」

 「そんなことくらい俺の弟ならわかってるはずだよ」

 「‥‥‥」

 「だからお前や家宰、お前の母親の言うことはすべて嘘だ。

 シリウス、今のお前は‥‥偽者だ」



 ザンッ!

 ギャーーーッ


 俺が斬ったのは弟シリウスの幻影、スライムを連れたゴブリンメイジだった。

 スライムとゴブリンメイジがなんらかの共闘で俺に幻覚を見せていたんだな。






 「アレクよく気づたね」

 「えっ?シルフィ何を?」

 「だからアレクが斬った偽物よ」

 「あ、ああ‥なんとなく違うかなって。でもアイツは弟じゃないよね?本当に偽者なんだよね?」

 「まさかアレク今の幻術に気付かなかったの?」

 「い、い、いやあシルフィさん。と、当然そ、そんなことは最初っから気付いてましたよ‥」

 「あーあんたやっぱり気づかなかったんだ‥‥」

 「あは、あははは‥」


 本当はね、シリウスが避けるだろうからギリギリのところを斬ったつもりだったんだ。でも予想以上に偽者は弱かった……。


 ああ偽者でよかった。やっぱりね、シリウスは今でも俺の可愛い弟なんだよ……。





 【 キムside 】



 「な、なぜわかった‥‥」

 「なぜってお前、去年と同じ話しかた、同じ服装、同じ足運びだからだよ。不自然過ぎる」


 ザンッ!

 ギャーーーッ


 兄を語るそいつはあまりにも弱かった。そいつらは去年と同じスライムを連れたゴブリンメイジ。瞬殺だった。



 手にしたクナイをゆっくりと腰に戻すキム。


 「本物の兄貴なら俺が瞬殺されていたよ‥‥」





 【 マリーside 】



 シュッ!

 ギャーーーッ


 弓から射られた矢が従姉妹の幻影・ゴブリンメイジとスライムを貫いた。


 「マリー去年と同じじゃん」

 「本当ね」

 「カンタン過ぎるわよ」

 「フフフ」


 マリーとシンディ。いつも2人でいるからこそ、まったく惑わされることがなかったのだ。




 おそらくはトラウマという名の下に挑戦者の観察力を問うこの階層の狙い。それを理解した上で悠々と突破したマリーとキム。

 そしてなんとなく?突破できたアレクだった。



 セーラとシャンク先輩は大丈夫かな。

 マリー先輩とキム先輩は余裕だろうけどな。

 そんなことを思うアレクだった。





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