220 閑話〜火種


 「おい、カーマンの奴休みだって?」


 「ああ、王都で貴族の集まりがあるから跡取りのアイツも出席するんだってよ」


 「ああ、僕も聞いた。3か月くらい休むって申請出してたぞ」


 「でもアイツん家、貴族って言っても準男爵なんだろ」


 「しかも父親が金出して買った準男爵ってやつだろ」


 「俺もそんな噂は聞いたわ」


 「ああ、それ僕も聞いたことがある」


 「カーマンの奴、プライドだけは高いからな」


 「「「だよなぁ」」」


 「でも10傑が学園ダンジョンに行ってるんだぜ。それなのに学校休むって変わってるよなー」


 「卒業生も含めてみんなが応援してるのになぁ」


 「ああ、たぶんあれだろ。後輩のヴィンサンダーの狂犬が10傑になったからプライドが許さないんだよ」


 「愛校精神も愛国心もぜんぜん無い奴だよなー」


 「当たり前だろ。ヴィンサンダー領だぞ」


 「「わはは。違いねぇ」」



 ――――――――――――――



 「あっミリア久しぶりじゃん!お帰りー」


 「シャーリーただいま、3か月ぶりの学校よ」


 「王都はどうだった?楽しかった?」


 「なんにも楽しくなかったわ。変なパーティーばかりに連れまわされて」


 「貴族ってたいへんそうよねー」


 「ホント!無駄遣いして体面ばっかり気にしてるんだもん。ばっかみたい」


 「ふふふ。あんたぜんぜん貴族らしくないからね」


 「当たり前よ。なんであんなムダにカッコつけなきゃダメなのよ」


 「あんたのそんなとこが私は好きなんだけどね。じゃあさ、ミリア今日は学校のあと予定ある?」


 「ないわよ」


 「久しぶりに家に来なよ。おじさんもおばさんもミリアに会いたがってたわよ?」


 「うん、いくいく」




 ▼



 「おじさん、おばさんこんにちは」


 「おやミリアちゃん、久しぶりじゃないか。王都は忙しかったのかい?」


 「ええ。ムダに忙しくってうんざりよ」


 「おやおや、やっぱり男爵様のご令嬢は忙しいのね」


 「やめてよ、おばさん。恥ずかしいこと言わないで」


 「ははは。本当に男爵様のご令嬢なのになぁ。恥ずかしいなんて言うミリアちゃんはやっぱり変わってるな。しかもこんな街の食堂のシャーリーなんかと仲良くして。ワハハ」


 「おじさん、シャーリーはシャーリーで私は私よ。

 でもシャーリーはすごいんだから。同い年で氷魔法のLevel3を普通に発現する子なんて王都にもいないわ」


 「そうかい。ミリアちゃんがシャーリーを誉めてくれるのはおじさんもおばさんも嬉しいんだよ。本当にちゃんとしてるよなぁミリアちゃんは」


 「本当ね。シャーリーはいい友だちを持ったわ」



 「じゃあミリアちゃんゆっくりしていっておくれよ。あとでごはんも食べてっておくれよ」


 「うん、ありがとう。おじさん、おばさん。」



 ▼



 「やっぱり、おじさんのお料理は美味しいわ。ツクネもコロッケも最高よ!」


 「おぉ男爵のご令嬢様から誉められたよ」


 「もう、おじさんったら!」


 ワハハハ

 ふふふふ

 あははは


 「王都でもね、ツクネもハンバーグもすごく人気があったわ。

 パンケーキなんかめちゃくちゃ流行ってたわ。

 でもおじさんが作ってくれた方がもっとおいしいわ!」


 「そりゃアレク君直伝だからな」


 ワハハ

 ふふふ

 あはは



 ミリア・シュナウゼン。ヴィンサンダー領領都学校に通う騎士爵の娘である。

 父スミス・シュナウゼンは領都サウザニア騎士団団長である。



 「で、王都で何かあったのミリア?」


 「えっ?何もないわ」


 「ウソ!あんたとはそれなりに永い付き合いよ。それこそアレクや3バカと初めて会って以来のね」


 「……」


 「教会学校からつきあいのあるあんたが、そんな無理した笑顔は絶対にしないわ。

 王都で何があったの?」


 「シャーリーには敵わないなぁ…」


 「だから言いなさいって」


 「うん、あのね…」




 ――――――――――――――




 これより3月ほど前に遡る。



 王都にあるヴィンサンダー領領主の居館にて。



 「お館様お久しぶりでございます」


 「久しいなスミス」


 「はは」


 「ホセも息災よの」


 「ははー」


 「ホセは王都の私に、半年に1度は領のことを報告をしてくれる忠義の者なのだがな」


 「忠義などと、勿体ないお言葉です。お館様」


 「スミス、お主はわしが何度要請してもなかなか重い腰を上げてくれなんだな」


 「いえ…騎士団を与るこの身なれば、領民の安寧秩序のために働かねばと」


 「おや、スミス騎士団長殿、異なことを仰られますな。わがヴィンサンダー領、領民の前に大事にせねばならぬのは、お館様と次代のお世継ぎシリウス・サンダー様ですぞ」


 「よう言うた、ホセ」


 「ははー」


 「・・・」




 家宰スミス。

 ヴィンサンダー領、内内には「お館様」と呼ばれるようになった男である。


 ヴィンサンダー領、文官の長はホセが、武官の長はスミスが任じられている。


 ホセ。元商人である。金で爵位を買った準男爵の男。その息子の名前をカーマンと言う。


 スミス・シュナウゼン。ヴィンサンダー領騎士団長。先代領主アレックス・サンダーがその職に任じた男である。

 1人娘の名をミリア・シュナウゼンという。





 「我がヴィンサンダー領の未来はお前たち2人にかかっている」


 「「はは」」


 「今日2人に来てもらったのはな、ホセとスミスの両家が手を取り合ってくれれば、我がヴィンサンダー領がますます盛り上がっでくれるのだが。

 この私の思いに異存はあるのだろうか?」


 「異存など。滅相もございません。なぁスミス殿」


 「…はい」


 「そうかそうか、異存はないか。スミスもそう思ってくれていると理解して良いのだな?」


 「はい、お館様…」


 「ではな、私からの提案なのだがお前たち2家が姻戚関係を結べないか?」


 「はい、勿論でごさいます。文官の長たる私と、武官の長たるスミス殿が姻戚となれば、領民の誰もがさらにまとまるでしょうな。

 さすがはお館様。素晴らしきご慧眼でございます。ホセはすべて仰せのままに」


 「おお、さすがは忠義者のホセ。よく言うた!」


 「お館様、それは具体的に?」


 「なに、たいしたことではない。スミス、お主には娘がおったの」


 「はい」


 「ホセには息子がおるよな」


 「はい」


 「その2人が婚儀を結ぶのじゃ」


 「お館様、わが家の娘はまだ領都学校の1年生なれば婚儀には

 まだ早いかと…」


 「なに、婚約の形を採るのみでよい。実際の婚儀は双方が学校の卒業を待ってからでな」


 「はい…」


 「それともなにか。私の考えに賛同できないかな」


 「い、いえそのようなことは…」


 「そうかそうか、スミスも賛同してくれるか!よかったよかった。それでは、せっかくお主らが来てくれておるうちに国にも申し伝えねばな。誰か、誰かある」





 スミス・シュナウゼンが退席したあと。


 「うまくいきましたなお館様」


 「フッ。あのような武骨者なぞ、理詰めでいけば逆らえまいて」


 「さすがはお館様でございます」


 「あとはあ奴らの家族が王都におる間に、お主の息子とあ奴の娘を毎日、私とオリビアが出席するパーティーに随行させれば、そのまま既成事実となろう。しかも1か月も居れば相当な出費…奴には到底払えまいて。

 それもお主が肩がわりしたと言うてな」


 「いつもながら素晴らしいお考えですな、お館様」


 「フフッ。これで騎士団も意のままよ。主もシュナウゼンという貴族名を手に入れることも叶うしな」


 「ありがたく男爵にしてもらいますぞ、お館様」


 ワハハハ

 わははは




 ――――――――――――――




 ヴィヨルド学園事務室


 「今日の分、お手紙お届けしまーす」


 「はい、ご苦労様」


 「学園さんはいつも手紙が多いねー」


 「そうよ。王国、ヴィヨルド領内の関連学校から、時には他の領の学校からの手紙もあるからね」


 「すごいですなぁー」

 

 「毎日仕分けして担当部署に渡すのもたいへんなのよー」


 「おつかれさまです」



 ▼



 「えーと、これはヴィンサンダー領領都学校事務局から連絡事項だって…」



 それは10傑が学園ダンジョン探索中の出来事。


 「なになに、3年1組のカーマン君の名前の変更について。

 え〜っと『父親の準男爵から男爵への陞爵に伴い、貴学園3年1組在籍のカーマン君の名前をカーマン・シュナウゼンに変更してください』だって。

 学生課にこれ回しといて。水晶の記録を変えてくださいって」


 「わかりましたー」



 ――――――――――――――



 「なにそれ!そんなことしていいわけ!」


 「良いも何も…領主様からの命令だもの。お父様が逆らえるはずもないわ…」


 「だとしてもよ、あのカーマンと婚約だなんて!」


 「家も貴族だから、いつかは誰かとこんな形で結婚するんだとは諦めてたんだけどね…まさかそれがアイツだとはね…」


 「いつなの?」


 「6年を卒業してから…」


 「ミリア…」


 今日一日見せていた顔とはまるで異なり、今にも泣き出しそうな顔をするミリア。

 こんな辛い思いでこの3か月ほどを1人過ごしていたのだろうとシャーリーもまた辛くなる。

 なにか…なにか手はあるはずだ。諦めるにはまだ早い。

 きっと………。




 あった!


 シャーリーの頭にあの男の子の顔が浮かんだ。


 「まだ5年もあるわ。ひょっとして何か良い考えがあるかもしれないじゃない」


 「そんなのあるわけないじゃない…相手は領主様なのよ」


 「ええ、開拓農民の私にはね」


 「えっ?」


 「ミリア、1人大事な仲間のことを忘れてない?」


 「それって…」


 「そうよ、あの最悪男のカーマンが留学してるところにいる…」


 「「アレク!」」


 「まだ5年もあるのよ。それだけあれば、きっとアレクなら何か考えてくれるわ!」


 「えっ、ええ!」


 「私、さっそくアレクに手紙を書くわ。ミリアからも書いてきてちょうだい。手紙は明日すぐにでも送るわ」


 「ええ、わかったわ」


 「アレクならきっと何か考えてくれるはずよ…きっとアレクなら…」





 留学中のアレクの預かり知らぬところで。

 現在進行形で、新たな

 暗雲が広がり始めるのだった。

 

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