216 リズ


【 リズside 】


 ギギギギギーーーー


 狭く真っ黒な空間で目が覚めた少女。

 まずは目の前の重い扉を開けた。


 「こ、ここは?」


 そう、ここは25階階層主の部屋だ。


 「…そうなの」


 瞬時に。自分自身を、今の自分が置かれている立場、状況を理解する少女。


 その上で、自然と口に出る言葉。


 「また会ったの」


 『ん』


 そこには、やはり自分と同じように棺から出て来た女の子がいた。


 漆黒のローブを纏い、背丈よりも長い杖を手に持つ姿こそ、紛うことなき魔法使いである。

 が、顔を含めたその容姿全体は実年齢とかけ離れてアンバランス。


 領都学園最上級生である6年生(15歳)にはまるで見えない女の子。

 1年生のアレクからすれば初級学校4年生の妹スザンヌと変わらない見た目…。


 亜麻色のショートカットボブ。

 緑色。つぶらな瞳ながら意志の強さを表す美少女。

 美少女には違いないのだが、言葉で言えば美幼女といったところか(アレク談)



 「あなたは誰なの?」


 『あなたはリズで私もリズなの』



 あゝ、そうだった。

 たしかに去年もここで私と同じ見た目の女の子と、こんな会話を交わしてから闘ったのだ。


 「またわたしなの」


 『またわたしなの』


 「闘(や)るの」


 『闘るの』


 簡潔な言葉。

 発せられる僅かな会話の中にこめられた想いや考え。これは当人にしかわかり得ないだろう。



 15メルほど距離をおいて、2人のリズが杖を構える。


 「ファイアボール!」

 『ファイアボール!』


 杖の先から発現したのはバスケットボールほどの火の球。

 真っ赤に燃えたぎるのは確かな魔力の顕れ。


 ゴゴォォォオオオーー!


 瞬時に現れ、対面するリズめがけて真っ直ぐに飛んでいくファイアボール。


 ゴゴォォォオオオーー!


 それはもちろんファイアボールを放ったリズにも向かってくる。


 フッ!  フッ!

 シュッ  シュッ


 着弾寸前。杖先でふっと掃けば瞬時に消え去るファイアボール。

 シンクロする2つの事象。



「グラビティ!」

「フライ!」

 スーッ


 相手を含め、広範囲に地中へ沈める重力魔法を放つ。

 同時に。スーッと空中に自身を浮かべ安全を確保。


『グラビティ!』

『フライ!』

 スーッ


 ズズーーーンッ!

 ズズーーーンッ!


 両リズが放った重力魔法により広範囲に地盤が下がった部屋の床。

 魔法範囲外の床が凡そ2メルほど上部にあることからその威力が判る。


 「ふふ。やるの」


 『ふふ。やるの』


 「ファイアバレット!」

 『ファイアバレット!』


 オリジナルの火魔法Level3を発現するリズ。

 杖先よりフルオートの小銃のような高密度のファイアボールが放たれる。


 ダンッ ダンッ ダンッ ダンッ ダンッ ダンッ!


 15メル対面に位置するリズもまた杖先からファイアバレットを発現した。


 ダンッ ダンッ ダンッ ダンッ ダンッ ダンッ!


 瞬時に魔法障壁を発現する両リズ。


 「ホーリーガード(聖壁)!」

 『ホーリーガード(聖壁)!』


 セーラが発現する聖魔法を発現するリズ。

 女神教教会に属する者のみが発現できるとされる聖魔法を事も無げに。


 ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!


 ガラス窓に当たる細かな石礫のように。

 見えない障壁が振動のみを激しく拾う。


 「じゃあこれはどうなの」



 「メテオ!」

 『メテオ!』


 室内であるにも関わらず、頭上の壁面から高密度の爆炎が、まるで隕石のように降り注ぐ。

 火魔法を発現できる者でも極めて僅かな者にしか発現できない火魔法Level4だ。


 ゴゴゴゴゴゴオオオーーーッ!

 ゴゴゴゴゴゴオオオーーーッ!


 ガーーンッ!ガーーンッ!ガーーンッ!ガーーンッ…


 リズを護る障壁に激しくあたる衝撃音。

 障壁全体が大きく揺れる。


 ここまで、双方のリズは無傷である。



 『なぜ闘(や)るの?』


 対面に位置するリズが問うてきた。


 「ダンジョンの先を進むためなの。だから何もしなければ何もしないの。闘る必要もないの」


 学園ダンジョンを探索するのに、武力行使は必ずしも必要としない。だが必要があればそれを躊躇うことはしない、とリズが応えた。


 『誰のために闘るの?』


 「仲間のためなの」


 『仲間は大事?』


 「とっても大事」


 『里の仲間より?』


 「同じくらい大事」




 王国の南東部。

 中原有数の高さで聳えるアトラック山脈中腹の高原地帯に。

 魔法使いの隠れ里と呼ばれる魔法使いばかりが住む自治領ガーデニアがある。


 アトラック山脈の山麓は、黒い森と同じく強力な魔獣の生息地とされる。

 自治領は危険な魔獣が跋扈する中の僅かばかりの「安全地帯」。

 そのため、外部から訪れる人は少ない。



 魔法使いの隠れ里と呼ばれる自治領ガーデニア。その主な収益源は魔法使いの派遣業。

 魔法使いは生活に密着した魔法を発現する者として、王国のみならず中原中で必要とされる専門職であった。


 外部との交流も少ない故の血の濃さが生む優秀さ。さらには幼少期より魔法に特化した教育を受けてきた優秀さ。

 そんな里の魔法使いが王国中に派遣されている。



 魔法使いの隠れ里で50年に1度の天才と呼ばれた少女がリズ・ガーデン。

 両親もまた天才と呼ばれる自治領屈指の魔法使いである。


 両親のヴィヨルド領領主招聘に伴い、里を出たリズ。

 そのまま学校も領都学園に転校となった。


 聖魔法、重力魔法、火魔法のトリプルを発現できるリズに転校の妨げとなるものは何もなかった。



 「すげぇなぁ、あの4年の転校生。トリプルでしかもいきなりの10傑かよ」


 「チビなのにな」


 「喋らないのにな」


 「無愛想なのにな」



 「ふんなの」


 口下手で人付き合いの苦手なリズ。

 才能こそ50年に1人の天才と持てはやされたが、里の学校に友だちはいなかった。


 溢れる才能ゆえに、ただ他人行儀に賞賛されるか、妬まれるかのどちらかだった。

 この学園でもそうだろうと思っていたが…。



 リズが領都学園で出会った仲間たちは違った。



 エルフのマリーは自分よりもさらに高い魔法の才能があった。


 タイガー、ゲージ、オニールは魔法は使えなかったが、武術、体術は驚くほどの才能があった。


 キムは自分と同じように社交性は皆無だったが、索敵活動や隠密行動には目を見張るものがあった。


 ビリーは魔法使いの自分でさえ驚く知識の豊かさと、エルフ並に正確な弓矢の才能があった。


 そんな才能に溢れる仲間の誰もが、リズをまるで特別視しなかった。


 「リズ、ちびっ子のオメーはもっと食え!ギャハハ」


 「そうだぞ、食わないと大人になれねぇーぞ。ゲージみたいにデカくなったら困るがなワハハ」



 オニールとタイガーの2人は平然とリズを揶揄うが、決して不快ではなかった。


 「「「リズ!」」」

 「「「リズ!」」」

 「「「リズ!」」」


 6年1組、10傑の仲間。

 転校してきてよかったと心から思える大切な仲間だ。





 「里の仲間と学園の仲間に優劣はないの」


 『ぶー。いつかどちらかを選ぶときは来るの』


 「それでも今は違うの」


 『ぶー。大人になって悩む前に決めるべきなの』


 「それでも、それは今じゃないの」


 『じゃあこんな風に誰かが傷ついたら…』


 そう言ったリズは、リズが放ったファイアボールに片手を直撃させた。


 ゴキッ!


 鈍い音がして、片手の手首から先が反対側に曲がった。


 「ヒール」


 すかさず回復魔法でその傷を治療するリズ。


 『ぶぶー。甘いの。古い文献で『敵に塩を送る』って言うけど、闘いの最中に、敵を信じ過ぎて活かすのはダメなの。返り討ちに遭うのがオチなの』


 「それでも私は私が信じた道を行くの」



 かれこれ闘い始めて3点鐘は過ぎただろうか。


 フライ(浮遊)をし続け、重力魔法を操作するのもそろそろキツくなってきた。


 「くっ…」


 悔しくて歯を噛むリズ。魔力も尽きてきたようだ。

 対して、ヒールを浴びたリズは元気いっぱいのようだ。


 『リズは魔力が枯渇してまで敵を助けるのは間違いなの』


 「明確な敵でないと信じた自分が悪いだけなの。それでも後悔はないの」


 『ふん。そろそろ終わりにするの。心を折らせてもらうの』


 「くっ…」


 再度悔しさにぎゅっと口を噛みしめるリズ。



 ガリッ!


 そのとき、口中の飴が割れた。


 「…」


 スーッと床に降り立つリズ。

 もう一方のリズが、意地悪く呟いた。


 『ついに諦めたの』


 対してリズが答える。


 「諦めてないの。ようやくわかったの」


 『なにが?』


 「ん。これは夢なの」


 『ピンポーン。どうしてわかったの?』


 「この飴なの」


 そう言ったリズが、あ〜っと口を開いた。

 口の中には、割れた飴が覗き見える。


 「アレクは1粒ずつなめろと言うけど、それは間違い。飴はたくさん口に入れて噛むのが正解」


 『それで?』


 「口の中の飴が3点鐘も残ってるはずないの。飴は1点鐘も残らず無くなってるはずなの」


 ニッコリと微笑んだリズが正解を導き出した。



 「だからこれは夢なの」


 『ん。正解なの』


 「……」


 『……』


 2人のリズが互いを見つめ合った。

 そして……。


 「飴も無くなったからもういくの」


 『先へ進むの?』


 「ん。サヨナラなの」


 カタッ。


 もう1人のリズが杖を置く。そして本物のリズに向けてエールを送った。


 『がんばれ、がんばれリーズ!フレーフレーリーズ!』


 「ありがとうなの」


 『最後に私をいちばんの魔法で倒して行くの』



 「ヒール(治癒)」


 『ふん。馬鹿なの…バイバイ…リズ』



 どこまでも我が道をいく、心優しい魔法使いのリズだった。

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