196 12階層
サクサク…サクサク…サクサク…サクサク
「アレク、何体?」
「ジャイアントアントが10体だよ」
「やるじゃん、アレク」
「へへっ」
サクサク…サクサク…サクサク…
おー来たよ来たよ、大きな蟻さん達が。しかも10体も来てくれたよ。
「エアカッター!」
ギーッ ギーッ ギーッ ギーッ ギーッ…
早く実験をしたいから速攻で倒した。
ダンジョン内の探索。
魔獣が必要以上に寄ってくるのは困るんだよね。
大して強くはなくても、倒さないと先に行けないし。
まるでゲームの世界と同じだよ。
で、思い出したんだ。魔獣の嫌いな匂いが漂ってきたら近寄ってこないんじゃないかって。
残念ながら、魔除けの魔法は無いみたいだし。
蟻の毒腺中にあるカルボン酸は刺激臭があって他の魔獣が嫌うんだ。蟻酸だね。
だから、あまり強くない魔獣なのに積極的な捕食対象にはならない。
で、このジャイアントアントを潰してその臭気を撒き散らかしたら魔獣が寄ってこないんじゃないかなってね。
ダメなら仕方ない。ひたすら倒しながら進むだけだし。でも試す価値はあるよね。
ジユユユュュュ!
ポト ポト ポト ポト…
オークの脂肪から油を圧搾するように、土魔法でジャイアントアントを潰して蟻酸たっぷりの液を採取していく。
くんくん、くんくん
うん、ほとんど気にならない匂いだ。
でも……熊獣人のシャンク先輩はけっこう顔を顰めている。
「どうですかシャンク先輩?」
「うん…けっこう臭いね…」
鼻の効く獣人さんにこれは悪臭なんだろうなぁ。すごく渋い顔してるよ、シャンク先輩。
「シャンク君鼻に木を詰めなさい」
こともなげにマリー先輩が言った。
え〜そんな冗談みたいなことやるの、シャンク先輩?
「はい、マリー先輩やってみます」
やるんかい!
ホジホジ、ホジホジ…
そう言いながら鼻の穴に木を詰めるシャンク先輩。
鼻ティッシュならぬ、鼻コルクだよ!
「ど、どうですかシャンク先輩?」
「うん、あんまり気にならないよ」
鼻コルクのシャンク先輩が嬉しそうに応えた。
まぁいっか…。
「セーラ、この桶をフライ(浮遊)で出来るだけ遠くに浮かべられる?」
「はい、アレク。やってみますね」
集めた蟻酸液を土桶に入れてセーラに渡す。
進行方向300メル(300m)先を常に浮遊できれば、良いんじゃないかな。自然に蒸発して蟻酸の匂いが広がるはずだ。
且つ、シルフィの風魔法ウィンドでさらに周囲に匂いを拡散させれば。
「魔力は大丈夫?」
「はい、アレクに負けないように私も魔力量を増やす努力をしてますからね!このくらいは大丈夫!」
自信たっぷりにセーラが頷く。
「フライ(浮揚)!」
ユラリ。
ふわふわふわふわ…
蟻酸が入った土桶がふわふわと300メル先を漂う。いい感じだ。
「セーラありがとうね!」
「シルフィもウィンドをお願い」
「任せといて!」
魔獣が嫌う蟻酸の臭気が俺たちの進行方向を常に漂う。人族やエルフ族には臭いはほとんど気にならない。熊獣人のシャンク先輩にはけっこうキツいらしいけど。
『魔獣除けバケツ』の効果は絶大だった。
それまでは100メルに1度は必ず会敵していたのが、1,000メルに1度と、1/10に激減したのだ。
進行方向300メルを常に浮遊する『魔獣除けバケツ』。
この年以降の学園ダンジョンの定番対策の1つになったのだった。
11階層の終わり。
回廊の手前でキム先輩が待っていた。
「お前ら、めちゃくちゃ早くないか?」
「えへへ。先輩早いでしょう」
「それと、そのふわふわしてる液体は何なんだ?」
「それはですねー…」
「アレク、お前すごいこと思いついたな」
キム先輩も感心する『魔獣除けバケツ』だった。
▼
野営の後、翌朝。
ここからは12階層を進む。
11階層の次、12階層はやはり11階層と同じような雑木林だった。
2つ同じような地形が続き、魔獣は2つめの階層がより強くなる。
うん、同じパターンの踏襲だ。
「アレク君、ちょっとシャンク君と代わってポーターをやってくれる?」
「いいですけど?」
「シャンク君もこの辺でそろそろ闘いに慣れておいて欲しいのよ」
「あゝなるほど」
「後ろには私がいるから、シャンク君はアレク君と代わってくれる?」
「はい、マリー先輩」
「じゃあシャンク先輩、代わりますね」
「うん、ありがとうアレク君」
シャンク先輩に代わって山のような荷物を持つ。
俺、ダンジョンのポーター、やりたかったんだ。髭を生やしてお腹がでっぷりとした武器商人のおっさんのゲームが好きだったから。
重っ!
これは…すげぇ重いなぁ。こうして体験すると兵站の有り難みを実感できる。シャンク先輩が黙々とポーターに徹してくれるから、俺は後顧の憂い無く魔獣だけに集中できるんだよな。
ガルルルーッ…ガルルルーッ…ガルルルーッ…
ガルルルーッ…ガルルルーッ…ガルルルーッ…
ワーウルフが10体ほどやってきた。
3体くらいずつの波状攻撃だ。
熊獣人のシャンク先輩の前ではワーウルフが仔犬みたいに見えるよ。
「シンディ、魔獣やっつけなくて良いの?」
俺に憑く風の精霊シルフィが、マリー先輩に憑く風の精霊シンディに尋ねる。
「いいのよシルフィ。あの熊の子に慣れてほしいってマリーも言ってるし。だいたい熊の子だから、皮膚も分厚いわよ」
「わかったわ」
シャンク先輩の周りを取り囲むワーウルフたち。
ガルルルーッ…ガルルルーッ…ガルルルーッ
「う、ううっ」
シャンク先輩が右往左往している。
緊張してるな。
緒戦だから無理もないよ。
ガルルルーーーッ!
ガウガウッ!ガウガウッ!
一気に飛びかかったワーウルフがシャンク先輩に噛みついた。
「痛い!やめてよ!」
ガウガウッ、ガウガウッ、ガウガウッ!
「痛い、痛い!」
足にも肩にも、腰あたりにも噛みつくワーウルフたち。
熊獣人でも痛いんじゃない?
俺なら痛いと思うけど…。
「アレク!」
心配そうに俺を見るセーラ。
「マリー先輩?」
うん、ここは俺が助けに入らないと。
「アレク君」
マリー先輩は頭を左右に振る。助けは不要だと。
ガウガウッ!ガウガウッ!ガウガウッ!
シャンク先輩にどんどん噛みつくワーウルフ。
「痛い!本当にやめてよ!」
ガウガウッ!ガウガウッ!ガウガウッ!
おいおい、良いのか?
「痛い!やめないと僕怒るよ!」
ガウガウッ!ガウガウッ!ガウガウッ!
「テメーら…やめろって言ってるだろー!」
あっ!シャンク先輩がキレた…。
「テメーら、よくもやってくれたな!」
ブンッ!
ブンッ!
上から熊獣人の爪が振り下ろされた。
瞬殺だ。
肩を噛みつくワーウルフはその場で八つ裂きにされた…。
え〜シャンク先輩、半笑いしてるよ…。
なんかワーウルフが可哀想かも…。
ギャンッ!
ギャンッ!
「「え〜っ・・・」」
セーラと2人、思わず顔を見合わせた。
百獣の王に数えられるのはライオンだが、それ以上に強いと言われる地上最強の動物の1つが熊だ。北極圏にいるシロクマや北米にいる灰色熊(グリズリー)がそれ。北海道にいるヒグマも同種だ。
彼等の一撃の爪の威力はライオンや虎を遥かに凌ぐ。
うん……これからは絶対にシャンク先輩を怒らせないようにしよう。
「ヒール」
「セーラさんありがとうね」
「い、いえシャンク先輩…」
「アレク君もこれまで足手纏いの僕を守ってくれてありがとうね」
「ぜんぜん足手纏いではありません!」
サーイエスサー!
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