Song of Life

藤原琉堵

第1章

No.1

春の気配を感じた。少々気の早い桜の枝には、既に幾つかの蕾が芽を出し始めていた。とはいえ、今はまだ三月の頭。まだまだ寒い日が多い。

コートのポケットに手を突っ込んで、僕は隅田川沿いの道を歩いた。この街に来て三年にはなるのだろうか。しがない田舎者の僕が都会に憧れて上京なんて、よくある話だ。とは言っても、特に何が変わるでもなく、僕は退屈な毎日を過ごしている。昔はもっと楽しかったんだけどな。

僕は少し前までバンドをやっていた。気の合う仲間達と夢を見て、先の事なんか考えずに上京してきた。バイトとバンドを繰り返す日々を過ごしながら、いつまでもみんなと未来について語り合っていた。あの頃は楽しかった。若者らしい無鉄砲さや、希望に満ちた日々。まだほんの半年前の話だ。

バンドを辞めたのは突然だったと我ながら思う。そのせいで、他のメンバーが居場所を失った事も知っている。だけど、どうしようもなかったんだ。もうずっと前から気付いていた。僕には才能が無いって。バンドを辞めてから、僕は一度もメンバーに会っていない。何度か連絡はくるものの、出る事はない。今更、どの面下げて会えばいいのか分からなかった。

ふと、隅田川に映る僕の姿が目に入った。長い前髪に猫背の男がそこに居た。どこから見ても陰鬱な奴にしか見えない。バンドをやっていた頃、僕は前髪を分けていた。だけどバンドを辞めて暫く経った頃、僕は前髪を分けるのをやめた。この世界をはっきりと見るのが、何だか嫌になった。視界は悪いけど、これといって不自由もない。

そろそろ帰ろうかな。そう思い、僕は帰路に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る