第27話 マックス視点
「とりあえずなんとかなったぞ! あの髪飾りを渡して、エルザは1人になりたいって言って姿を消したって伝えたらシモン様は帰ってくれた。テレーズ様は正式に王家に抗議するそうだ。これでしばらくは誤魔化せるだろ。このまま諦めてくれると良いんだが、どうだ?」
「髪飾りを渡した時の反応はどうだったの?」
「じーっと髪飾りを見つめてたけど、そんだけだぜ。分かった。邪魔したなって言ってあっさり帰って行った」
「それ納得してないわ。多分、マックスの事を徹底的に調べられるわよ」
「げ、マジか。なら俺もエルザみてぇに死んだ事にした方が良いか?」
「マックスはそれで困らないの? 知り合いだって居るでしょう?」
「マックスとして活動してる時は親しい奴等は作らないようにしてる。冒険者が死ぬなんてよくある事だ。誰も悲しまねぇよ」
「わたくしは、マックスが死んじゃったら悲しいわ。それに、シモン様は鋭いの。少しでも不自然な所があれば逆にわたくしが生きていると勘付かれるわ」
エルザが目を潤ませながら俺を見る。
くっそ、なんなんだこの可愛い生き物は!
ジェラールの視線が痛い。分かってるよ! 勘違いなんかしてねぇよ!
けどよ、ちょっと頭撫でるくらい良くねえか?
チッ、ジェラールの視線が痛い。くっそ、今はダメか……。
「分かった。余計な事はしない方が良さそうだな。ヤバそうなら適当に対応するよ。いざとなりゃジェラールに助けて貰うから」
「それが良いわ。ジェラール様なら上手くやって下さるもの」
「任せてくれ! 僕ならツテもあるから上手くやるよ」
ジェラールの奴……顔が緩んでやがる。エルザがジェラールの方を向いた途端キリッとしてる辺り流石だよな。
ジェラールはマジで良いヤツだが、なんだかんだで王族だ。本気になれば、エルザはあっという間に攫われちまうだろう。
エルザ攫っちまうなんて簡単だ。エルザはお人好しだからな。ちょっと困った顔をして、エルザの力がどうしても必要だと言えば簡単にジェラールの元へ行っちまうだろう。
けど、ジェラールもお人好しだ。
エルザに爵位を用意したから来いと言えば良いだけなのに、エルザに選ばせようとしてる。
だから俺も、あまり卑怯な真似は出来ない。
エルザにシモン様が迫って来てるから危ねぇとか言えば、隠れ家に攫っちまえるんだけどなぁ。
あの隠れ家は、師匠との思い出が詰まった大事な場所だ。魔法で隠蔽してあり、ちょくちょく場所を変えている。まさか、そこに女の子を連れて行きたいと思う日が来るとは思わなかったぜ。
2人で貧しく生きてた俺達の家に、師匠が来た日の事は今でも覚えている。師匠は魔法が使えなかったが、エルザと同じ特殊能力を持っていた。母は師匠と親しくなり魔力が大幅に上がった。そのまま貧してくても仲良く暮らせば良かったのに、母は俺の為にもっと稼ごうとした。
師匠のおかげで、魔力が高くないと働けない城のメイドになれると出稼ぎに行った。お金を稼いで戻って来ると笑っていた母は……魔力が高く美しいと国王の目に留まり、嫉妬した王妃に殺された。
母の死の真相を知ったのはずっと後だった。いつまで経っても帰って来ない母を心配して、師匠が調べてくれたのだ。知った時にはもう王妃は死んでいた。勢力争いに負けて失脚し、毒杯を賜った後だったのだ。
師匠は、俺に何度も謝ってくれた。自分の身内がとんでもない事をした。申し訳ないとガキの俺に頭を下げてくれた。
俺は、師匠は悪くない。これからも今まで通り俺の師匠でいてくれと頼んだ。
師匠は俺の初恋の人だ。成人する前は何度も好きだと言ったけど、子どもの戯れだと思われて本気にして貰えなかった。あの頃の俺は駆け引きなんて知らなくて、ただ好きだ好きだと師匠に言うだけだった。
結局、俺は師匠の特別にはなれなかった。
年齢差があり過ぎたんだ。俺の事は身内としてしか見れないとハッキリ言われた。
その後、身体を壊した師匠はあっさり死んじまった。
200年経っても、師匠への気持ちは変わらなかった。あの時、もっと魔法が使えたら師匠を助けられたかもしれない。その気持ちから必死で魔法の研究をするようになった。師匠は、たくさんの魔法の資料を残してくれた。師匠の手書きの本は俺の宝物だ。だから俺は、自分が死ぬ前に師匠の遺産を託せる人を見つける必要があった。師匠のおかげで高くなった魔力を利用して、魔法で寿命を伸ばして生き続けた。
けど、俺の時間は残り少ない。身体を維持する為に必要な魔力がどんどん増えていた。焦った俺は顔や名前を変えて複数の冒険者を演じ、師匠の遺産を託せそうな人を探しまくった。ある程度地位のあるヤツじゃねぇと有効活用してくれねぇんだけど、貴族はクソばっかりだった。まともそうな平民の金持ちを探すか、いっそ師匠の遺産をクズに利用されねぇように隠れ家を燃やしちまうか……迷っていた時にエルザに会った。
最初は、勘当された公爵令嬢なんてどんな我儘お嬢様だよ。そう思っていた。
だけど、エルザは俺の知っている貴族とはまるで違った。
最初は少しだけ手助けするつもりだった。けど、本のお代だと自分に言い訳して世話を焼いているうちに、いつの間にかエルザから目が離せなくなっていた。
エルザがドブさらいや煙突掃除をした時はどんな冒険者より真面目に働いていた。依頼人にお礼を言われると嬉しそうに笑った姿が可愛かった。
依頼料で、俺に飯を奢ってくれた。
ああ……この子は違う。長年凝り固まっていた貴族や王族への偏見が一気に解けていった。
そうなったらもう止まらなかった。やり過ぎだと分かっていても、魔法でエルザを守るようになった。親切な人のフリをして声をかけてくる男が居たから、エルザから見せて貰った本にあった認識阻害魔法をガチガチにかけた。
エルザは俺が信頼されているから困った事はないか声を掛けて貰えると思っているが、違う。モーリスとしての俺はそれなりに街で信頼を得ているが、エルザに声を掛けてきたヤツらは女好きだ。困っていそうな時に声を掛けるならともかく、エルザが楽しそうに買い物してる時や、花を選んでる時に声を掛けるなんて単なるナンパだ。
ジェラールが現れなければ、近いうちにエルザを口説こうと思っていた。依頼人と冒険者としての関係を解消し、エルザとの距離を縮めようとしたらジェラールが現れた。
ジェラールと話す時のエルザは、リラックスしてるように見えた。すっかり口調が戻っていたから、やっぱ無理してたのかと思った。
ジェラールと結ばれればエルザは幸せになれるだろう。ジェラールなら、エルザを真綿で包むように大事にする。けど、ジェラールは亡くなった婚約者の事を今でも想ってると勘違いされてる。エルザが何度もそう言ってたからな。ちょっとだけ哀れだなぁと思うが、訂正なんてしてやらねぇ。俺は、師匠の事が好きだったなんてエルザに言ってない。
だから、俺の方が有利だ。
俺は狡い。けど、それで良い。こんなに人を好きだと思えたのは、200年ぶりなのだから。
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