第25話
ジェラール様がご提案してくれたのはふたつ。
ひとつは、このまま平民として暮らす事。定期的にマックスが様子を見に来てくれるし、遠い国だからシモン様に気付かれる可能性は低いだろうとの事。
それでも、いつバレるか分からない。だからお守りに魔道具を渡されました。マックスが以前住んでいた隠れ家に転移出来る魔道具で、転移したらマックスとジェラール様とお姉様に伝わるようになっているそうです。
「これがあれば、魔力のないエルザ嬢も転移が出来る。一度使うと壊れるが、何かあれば遠慮なく使ってくれとマックスが言っていた。僕も貰っているし、テレーズ様も持っている。マックスならまた作れるし、肌身離さず身に付けておいて」
「分かりました。ありがとうございます」
「作ったのはマックスだからお礼は彼に」
「材料の提供は、ジェラール様でしょう?」
魔法が使えなくても、魔法の勉強はしていたのです。マックスの身分では手に入らない材料が使われている事は明らかでした。
「……まぁ、そうだね。僕なら特に負担なく集められる物だから。けど、マックスが自分で採って来た材料もあるよ」
「そうなのですね。おふたりとも、ありがとうございます」
以前なら、申し訳ない。ごめんなさいと付け加えていました。けど、今はそんな事言いません。
ジェラール様も、マックスも、わたくしが謝罪しても困るだけ。だってふたりとも、わたくしの為にやりたくてやって下さっているのだから。それなら、ありがとうと微笑む方が良いと思うのです。
いつもわたくしがシモン様の為に何かをすると笑ってお礼を言って下さいました。それが嬉しかったから、どんどんシモン様の望みを叶えようと頑張りました。
そしたらいつの間にか、シモン様に尽くすのが当たり前になりました。シモン様も、周りも、わたくしがシモン様に尽くす事が当然だと思うようになりました。
わたくしは、期待に応えたくて必死で努力を重ねました。無理もしたし、こっそり泣いたりもしました。だけど、弱音を人に見せてはいけない。そう教えられていたので……辛くても誰かの前で弱音を吐いた事はありません。
次第に、シモン様は笑ってなんでも押し付けてきました。少し仕事が遅れると罵倒されるようになりました。
辛かったです。でも、結果を出せばシモン様は優しかった。だから、縋ってしまったのでしょう。
わたくしは、シモン様のようにはなれない。やってもらって当たり前だなんて思えない。ジェラール様とマックスには、改めて恩返しをしたいと思います。
けど、今は。
わたくしがこれからどうやって生きるのか。それを考えなくては。
決めるのは……自分です。
両親でも、シモン様でもない。
「やっぱりエルザ嬢はそうやって笑っている方が良いね。シモンは本当に愚かだ。僕なら……貴女を大事にするのに」
「ありがとうございます。けど、わたくしは幸せですわ。大変な事も多かったですけど、たくさんの事を学べました。マックスが言ってたんです。タダで色々学べてラッキーだと思えば良いと。わたくしも、そう思いますわ。それに、シモン様の事は大嫌いですけど、ジェラール様のようにお優しい人との出会いもありましたもの」
「貴女は、強いね。貴族嫌いのマックスがエルザ嬢を気にかけるのも当然だ。身分なんて関係ない。貴女はただのエルザとしてたくさんの人を味方に付けているんだ。だけどね、やっぱり君は貴族なんだよ。気付いてる? 口調がすっかり戻ってるよ。無理して言葉遣いを変えていたんだろう? 平民の暮らしも気楽で楽しいだろう。だけど、貴族には貴族の役割がある。エルザ嬢さえ良ければ、僕の国に来ないか? そうすれば、貴女が今まで学んできた事を活かせる。爵位は以前より低いが、子爵位を用意してある。貴族になれば義務も発生するけど、当主はエルザ嬢だから、以前よりも自由に動けるよ。これはね、僕の独断じゃない。我が国の首脳陣の総意だ。エルザ嬢が追放されたと報告したら、探して保護しようと皆が言い出したんだ。それくらい、君は頑張っていたんだよ。みんな、貴女の努力を知っていたんだ。テレーズ様の元にいる間、宰相様の仕事を手伝っていたんだってね」
もうひとつの提案は、予想外なものでした。ジェラール様の国で貴族として生きる道です。
「お義兄様を介して少しだけお手伝いはさせて頂きました。けれど、本当に少しだけですよ。わたくしはもうシモン様の婚約者ではありません。機密に触れる訳にも参りませんし、あくまでもちょっとしたお手伝いです」
「お手伝いは、楽しかったんじゃないの? マックスが言ってたよ。エルザ嬢は楽しそうに書類を捌いていたと聞いてるよ」
「それは……確かに、楽しかったですわ」
「仕事は沢山ある。貴族が嫌なら、城で仕事をするのも良いだろう。エルザ嬢の提案で、民の暮らしが良くなるかもしれない。貴女は王妃となる為に多くの事を学んできた。それを一部しか使わないのは勿体無い。僕の国なら、君の力を思う存分発揮出来る。貴女はシモンの為に学んだんだと思う。けど、あれだけ努力していたエルザ嬢を不要だと言ったのはシモンだ。なら、貴女を僕の国に呼んでも問題はないだろう?」
わたくしを必要だと言って下さるジェラール様のお言葉が、とても嬉しいです。
けど……また貴族として生きていけるのか。迷いは、あります。エルとして始めた仕事だって、不定期だけど誰かの役には立っています。
平民の暮らしは、穏やかで心地良くとても幸せです。
「どちらを選んでも構わない。もちろん、僕らの提案を両方拒否しても良い。今すぐ決める必要もない。けど、こうなった以上シモンは必死で君を探すだろう。だから、その転移の魔道具だけは肌身離さず持っておく。それだけは約束して欲しい」
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