第11話

「すまない、どうしてもエルさんに聞きたい事があるんだ。部屋に入れてくれないか?」


「男性を部屋に入れるのはちょっと……」


「なら、ドアを開けておけば良い。そうだろう?」


はぁ、仕方ありません。ドアを開けておくと言われてしまえば断れません。それに、近くに護衛も潜んでいます。ここでジェラール様を追い返して、無礼な奴だと目をつけられても困りますもの。


「わかりました。中にお入りください」


仕方なくジェラール様を招き入れます。すると、突然ドアが閉められました。


「やはり、貴方はエルザ嬢だね?」


「な、なんのことでしょうか?! 私はエルです」


「平民は、男女が話す時にドアを開けておけば良いなんてルールは知らない」


そうなんですの?! そういえばマックスは気にせず部屋に入ってましたね! ど、どうしましょう。誤魔化さないと!


「それは、ジェラール様が強引に話を進めたからですわ!」


「言葉遣いも、おかしいよね。仕事中は丁寧な平民言葉だったけど、なぜ今は貴族言葉なの? 立ち振る舞いも変だね。貴女は平民じゃない」


も、もう駄目です。どうしましょう?!


「あ、憧れの貴族様の言葉や仕草を真似ているのです」


「言い訳にしても苦しいね。それに、案内の時もおかしかった。どうして森から出てきたばかりのエルさんが他国の事まで詳しいのかな? 特産品の説明を聞いていたけど、上手に知識を足していたよね。僕は、多少なら言葉がわかるんだ。完璧ではないし通訳はお願いしてるけど、貴方の説明は通訳の仕事の範疇を超えていたよ」


あぁぁぁぁぁ! やってしまいました! 一刻も早く仕事を終えたくて、取引がまとまるように余計な事をしてしまいました。


ジェラール様は騙されてくれませんでしたか。これ以上足掻いても無駄でしょう。このまま国に連れ戻されるでしょうか。それだけは嫌です。場合によっては、隙をみて逃げ出しましょう。


でも、もう少し足掻きましょう。シモン様ならともかく、ジェラール様ならちゃんとわたくしの話を聞いて下さいます。


「お察しの通り、わたくしはエルザと呼ばれておりました。ですが、もう勘当され、婚約破棄された平民です。お願いですから、もうわたくしに構わないで頂けますか? ジェラール様のように高貴な方が平民の家に来るなど、スキャンダルでしかありませんわ」


ジェラール様はお優しいですから、うまくいけばこのまま黙っていて下さるでしょう。


「突然押しかけた事は謝る。だが、エルザ嬢はあんなにシモンを慕っていただろう。シモンにふさわしいのはエルザ嬢だと思う。平民として暮らすのも悪くないだろう。でも、エルザ嬢にはもっと輝ける場所があるはずだ」


「わたくしはここで幸せに暮らしておりますわ。貴族に戻ったところで、魔力なしのわたくしに居場所はありません。シモン様は魔力の最大値を記録しておられたのですから、わたくしのような魔力なし、捨てて当然でしょう」


「そもそも、それがおかしいのだ。何故魔力がないだけで今までのエルザ嬢の努力が無かったことになるのだ。ナタリーもいつも言っていた。エルザ嬢が目標だ、彼女ほど頑張っている人はいないと」


ナタリー様とお会いしたのは数回程度ですが、たまに手紙のやり取りをしておりました。丁寧な字に、ジェラール様への愛がこもっておられましたわ。突然ご病気になられ、あれよあれよという間にお亡くなりになってしまわれました。


葬儀にはシモン様と出席しましたが、あの時のジェラール様は見ていられませんでした。


ジェラール様は、未だに婚約者がお決まりになられません。きっと、今でもナタリー様を愛しておられるのでしょう。


「わたくしの頑張りなど、魔力なしと言われたら無くなる程度のものですわ」


わざと、意地悪く言います。ジェラール様はお優しいので、罪悪感を刺激して帰っていただく作戦です。


「それは……」


「シモン様は、あっさりわたくしを捨てましたわ。親友だったマリアンヌもわたくしを睨みつけていました。誰も、わたくしが魔力なしでも良いだなんて言いませんでした。ジェラール様に助けて頂いた事はとても感謝しておりますが、魔力もなく、特殊能力もないわたくしは無価値。あの国に居ればわたくしの幸せはありません」


言っているうちに涙が溢れてきてしまいました。割り切ったつもりでしたが、魔力なしではわたくしに価値はないと判断されたのが、悔しくて堪らないのです。


あの忌々しい魔力検査の日に、お姉様とジェラール様だけはわたくしの味方をしてくれました。お姉様は、わたくしに魔力も特殊能力もなくても妹として可愛がってくれるでしょう。そう言ってもらいましたし、お姉様は信用できます。わたくしも、お姉様の事は大事な家族だと思っています。


ジェラール様も、今までのわたくしの頑張りを認めて下さいました。


ジェラール様は信じられます。


ですが、申し訳ありません。わたくしはもうシモン様の顔を見るのも嫌なのです。

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