第2話 ライチ
霧島らいちは尻が軽い。
初めて出会ったとき。らいちと梅香が川遊びをしているのを見かけたあの時、声をかけてきたのも彼女だった。
幼い顔立ちに、そんなに細身では無いが、それを差し引いても余る、存在感のある胸。そして、誰にでも明るく振る舞う人懐こい性格で、男の影が常にチラついていた。
そんな彼女の最新の男は、どうやらクズらしい。
そんな彼女を心配する心優しき友人から、俺は2人を別れさせるようお願いをされていた。
「らいち、中間どうだった?」
中間テストが返されるタイミングで、さりげなくスマホにメッセージを入れてみる。
「赤点」
「無い」
「優勝」
一言ずつ返信が入る。「お祝いするか」と送信した瞬間。脊椎反射で返信をしているのだろう。即座にパフェの絵文字が帰ってきた。
「きょーちゃんありがと!」
目の前には、満面の笑みでシャインマスカットのスペシャルパフェ2800円を堪能するらいちが座っている。
ファミレスのこぢんまりとしたパフェを想像していたが、軽く想定外のものを所望され、すでに俺は消耗していた。
「らいちはダイエットとかしないの?」
思わず嫌味が漏れる。俺は店で1番安いと言う理由だけで注文した、アイスティーを啜っていた。
「んまい!」
らいちは返事すらしない。
「ねえ、きょーちゃんも食べたいんでしょ? くださいって言って」
いや、そのパフェの代金は俺が払うんですけどね。腹は立つが、今日ははらいちの間男と勘違いされるように、積極的にいちゃいちゃするよう、上から指示されていた。
「らいちさん、ください」
「ワン?」
「わん」
「よーしよしよし」
らいちは笑顔でシャインマスカットと生クリーム、そしてぶどうシャーベットを次々と口の中に詰め込んでくる。
なんだこの茶番は。と自分に突っ込みながらも、かわいい女の子にあーんしてもらうのは、想像していたよりかなり楽しい。思いがけないパフェプレイを堪能していると、テーブルの上でスマホが震えた。
「写真」
上、と言うか梅香から次の指示が入った。おもむろにパフェをあーんしている2人を自撮りする。らいちもつられて自分のスマホで同じ構図の写真を撮った。証拠写真確保だ。
引き続き、俺の財布が許す限りらいちと遊んだ。
それで改めて気がついた。彼女は距離感がおかしい。以前からちょっと近すぎないかと思い気持ち引きめで接していたが、今日は作戦上、全てありのままに受け入れてみた。そんな感じで半日一緒に過ごすうちに、付き合ってもいないのに、イタいくらいのイチャイチャカップルみたいになってしまっていた。多分、お願いすればキスくらいはできちゃうんじゃないだろうか。
別れ際、背が低いらいちは上目遣いになりながら言った。
「なんか、今日の杏ちゃん優しいよね」
優しいだと? どこが? どちらかと言うと、程々の距離感で接している普段の方が、自分では思いやりがあって優しいと思うんだけど。彼女からしたら一切拒まず、ベタベタしている方が優しく感じるのだろうか。女ってわかんないな。
「そう?」
「うん。めっちゃ豪遊しちゃった…優しすぎ」
あー……確かに。そっちね。すっかり軽くなった財布のことを思い出した。
「次、らいちの金で遊ぶわ」
「むりー、働くの私向いてない」
「マジかよ」
「お金以外で返すよ。私ができる事だったらだけど」
らいちはわざわざ耳元に顔を寄せて囁いた。……なんだよそれ。エロ漫画かよ。思ってた以上にちょろすぎるらいちに、梅香の気持ちを思うとやるせなくなる。
こんなにちょろい女なのに、梅香は女ってだけで恋愛対象になれない。せめて次のバイト代が出たら梅香を接待しよう。
「きょーちゃん?どしたん? 返事してよぉ」
「あ、ごめ」
「きょーちゃんの言うこと、聞いてあげるよ!」
「んー考えとく」
らいちは俺の回答に一瞬だけ戸惑ったような顔をして、すぐ笑顔に戻り、じゃあと手を振った。
ふう。危なかった。俺の大きな目標は百合の間に挟まることだ。それがなければ、色々とお願いしてしまうところだった。
良かったな、らいち。俺が百合を嗜む男で。彼女の後ろ姿に、心で語りかけた。
しかしいくら百合を嗜むと言っても、このモヤモヤした行き場のない気持ちはどうしたものか。ちょっと待って、もしかしてこれって恋かしら? やだ! どうしよう?
軽く混乱している最中、肩を掴まれた。
「君、だれ?」
知らない男がオラついた顔して話しかけてきた。
「いや、お前が誰よ?」
「俺? らいちの彼氏」
おっと。梅香さーん? なんか、らいちの彼氏に現場を遠目に目撃させるから、俺には危険がないようにするとかなんとかって作戦じゃなかったですかぁ? なんか、暴力の予感がするんですけどお? 梅香さーん? おーい。
上にテレパシーでsosを送るが伝わるはずもなく、もし奇跡的に伝わったとしても梅香が来たからってどうにもならない状況である。
キョドると舐められるぞ。
山で熊に遭った時は、視線を外さずにゆっくり後ろに下がれと、死んだひいじいちゃんが頭の中でアドバイスをくれる。
「で? 彼氏が何の用事?」
よく見たら幸いなことに俺の方が背が高い。そして、らいちの彼氏も俺も同じくらいのヒョロさだ。一方的にボコられることはなさそう。ありがとう、ひいじいちゃん。
「ええと、あの、きょーちゃんってあんたのこと?」
「多分」
「曖昧だな。きょーちゃんなら話あんだけど」
「あ? コーヒー奢ってくれるなら聞いてもいいけど」
「は? 何で? わかったよ」
いいのかよ。ラッキー。なんだかムラムラ、じゃないモヤモヤして、このまま家に帰りたくない気分だったし、財布は空で困っていたからちょうど良かった。らいちの彼氏と一緒にチェーンの喫茶店へ入って、お茶ついでに話を聞くことにした。
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