ゆりのまにまに

山本レイチェル

二人の女の子に恋をした日

 恋は『落ちる』でなく『ハマる』。そんな感覚だと思った。

 

 8月後半の14時過ぎ。定時制高校に通う俺は、このくそ暑い時間帯に登校しなければならない。

 将来の夢があるわけでもないし、親にどうしてもと頼まれ、どうにか高校に通っているので、この暑さの中の通学は憂鬱以外、何者でもない。サボればよかったかな。でも、その後がめんどくさそう。そんな、消極的な理由が毎日の動力源だ。

 学校の裏手にある橋に入ったところで、下を流れる川から涼しげな水音に混ざり、人の声が聞こえる。

「なんだ?」

 橋の上から覗き込むと、2人の女神が水浴びをしていた。


 あ、ちょっと言いすぎた。

 全日制はテスト期間で短縮授業なのだろう。同じ学校ではあるが、定時制の生徒ではない女子高生が二名、川で水遊びをしていた。

「小学生かよ……」

 はしゃぐ姿に、つい小声で突っ込む。

 

 川は太陽を反射しながら流れていて、女の子たちが水飛沫と歓声を上げて遊んでいる。あ、一人コケた。すかさずもう一人が手を伸ばして引き起こすのかと思っていたら、一緒に座り込んで見つめ合う。

 ……見つめ合うの長くね? 何してんだ?

 そのまま彼女は、コケた方の女子の頬を両手で包む。おっと。キスじゃね? これってキスの体勢じゃね? 白昼堂々、こんなところでいいのかよ? 見ている俺が焦って周りを見回す。

 田舎の昼は驚くほど人がいなかった。よかった。安心して、彼女達のキスをしっかり見守ることにする。って、あれ? キスした……のかな? 見守りを再開したときには、すでに二人は立ち上がっていた。しかも仲良く手を繋いじゃっている。あの2人、距離感近すぎないか? っておい。今度は抱き合ってるんだけど? いちゃつきすぎだろ。つい突っ込むくらいに、仲睦まじすぎる様子に目が離せなくなった。

 

「あー……すっげぇかわいいな。あの二人、百合なんかな? 挟まりてぇ……」

 ついでに願望も一つ。


 百合に挟まりたい。


 いやいや、ちょっと待て。今まで思ってもみなかった願望が顔を出したぞ。まじか、俺はあの外道の、百合に挟まる男になりたいのか? 戸惑いながらも、生まれたての感情を反芻する。

 あの眩しい女神達は百合であってほしい。そして、その間に挟まりたい。以上。それでしかなかった。

 

 もとより、百合に男が介入するのはタブーと言われている。しかし、禁断の果実ほど甘い。多分。


「川、冷たいよー。君も入る?」

 女神の片割れがこっちを見上げている。俺が初めての感情に戸惑い、自問自答している間に見つかってしまった。

「入りたいけど、今から学校」

「定時制なんだー? じゃあ入れないねー」

 女神はあっさりと背中を向けて、二人で遊び始める。


 ……待てよ。

 今のって千載一遇の百合チャンスだったのではないだろうか。だとしたら、学校なんてどうでもいい理由で断ってしまったらダメなやつだ。

「やっぱ入るわ」

 急いで橋のたもとから川岸へ走り、鞄を岸辺に放り投げそのまま飛び込んだ。



「……マジ?」

「ええと……大丈夫?」

 制服のまま川に飛び込んだ俺を、よく見たらきちんと運動着で水遊びをしていた女神たちが覗き込む。心配を通り越して、哀れむような視線を受けるが、びしょ濡れの運動着が肌に張り付き、濡れた髪で、ビッタリと肩を寄せ合う百合に、この時確かに『ハマった』。


「大丈夫。ほんと、ありがとう」

 なぜか感謝の言葉が出てきた。


「大丈夫じゃなさそう」

「川で頭冷やそうか?」

 そんな俺を女神達は楽しそうにからかう。


「そうだね。冷えるかな……」

 

 俺はきっといま、最近でいちばんの笑顔だと思う。だって、恋をしたのだから。

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