この物語の最後に僕は死にます

松浦

最終話「お母さん」

 何もない白い空間。


 鼻腔から感じる匂いも、手先の感覚も、何も感じない。


 ただ一つ、感じることができるのは隣にいるはずであろう温かい存在。


「……誰だ?」


 俺は咄嗟に呟いた。


「う~ん、なんて言ったらいいんだろうね。この世界では赤の他人、かな?」


 その言葉の主の方を振り返ってみても、姿や形、顔や髪型などの容姿はなにもわからない。


 唯一わかることとすれば、声の主は女性であることぐらいか。


「あ、そういえば。俺って死んだんだっけ」


 唐突に現実に戻され過去を振り返ったところ、そういえば自分は死んだことに今更ながら気づく。


「そうそう! でもでも、かっこよかったよ!」


「死んだ後に褒められてもなあ……」


 ぽりぽりと頬を掻き、少しだけ照れくさくなってしまう。

 だって自分でも格好いい死に方だと思ったから。


「これって俺この後どうなるの?」


「さあね。それは私にもわからないよ」


 その声はどこか温かで優しくて、それがなぜか安心感をもたらしてくれている。


「まあいっか。死んだ後だし」


 俺は笑った。

 死んだ後に何をしても何を願っても死は死。

 この現実なのか夢かわからないこの現状を受け入れるしかない。


「ねえねえ! 君の冒険の話を聞かせてよ!」


 女性が興奮した様子で興味津々に尋ねてきた。


「そんなに知りたいなら教えてあげなくもない」


 なぜか自慢気になってしまった。


 あれ、なんでこんなに喋りやすいんだろう。


「私に聞かせてよ、英雄さん」


 そしてその女性がにっこりと微笑んだ。


 女性の顔が現れ、徐々に容姿、体が浮かび上がってくる。


 いや、正確には俺がこの世界に慣れて来たのか。


 そして俺はその姿に驚き、笑ってしまった。


「————なんだ、母さんだったのか」


 涙を流しながら、笑ってしまっていた。


 その涙は疲れから来たものなのか、怒りから来たものなのか、はたまた安心感から来たものなのか。


 俺にはわからない。


 しかし、もう死んだからどうでもいいのだ。


 天国か地獄かわからないところで母さんと出会えた。


 それだけで嬉しかった。


 やっと、帰って来たのだ。


「聞いてくれよ、まず変な女と出会って……」


 そして、話し始める。


 自分が異世界に転生してきたこと。


 異世界で何があったか。


 どんな人と会ったのか。


 どんな冒険だったか。


 どんな、英雄譚だったかを。

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