レガリア国記~王と騎士は盤上で踊る~

レガリア歴史保存委員会

序章00

──古の時代。そこには深淵があった


深い闇を抱いたその王国には、そこに沈む神秘と溢れる魔力(マナ)、そして厄災があった

光の差さぬ神秘は漆黒に秘匿され

魔力は人に新たなる理を齎し、また、災いを与えた

弱き国は周辺諸国の侵攻により疲弊し進退窮まり、王は国家の興廃を暗闇の奥底に沈む憧憬に賭けた

多大な犠牲を払った王は、残りし僅かな配下と遂に深淵に至る──



00.序章


 私は剣を振るう。その力を濫用することはなく、剣を交える相手には敬意を払い、決して奢ることはなく真っ向から打ち砕く。それこそが王への忠誠であり、騎士としての我が矜持。


 決して歪むことなく砕けることのないもの。

 

 その矜持があって尚込み上げる激情は我が内面から熱を上げ、蒸気となって冷静を曇らせる。


 誰に乞うものではないが、赦してほしい。


 対峙せんとする者が、彼の者であるならば。


「シュピーゲル卿、あの旗は」

 

 兵が慄きながら、そして信じられぬものを見たような面持ちで私に報告する。

私は思考するより先に呟いた。兵に応える訳でもなく、今この時に心の儘に無意識に発した言葉。


「残念です。ええ、本当に──」



──。


────。


────────。



 崩れかけた階段を一段一段登る。


 つい先日まで栄華の象徴であったその建造物は、今や瓦解の表象となってしまった。


 足が縺れる。多少血を流しすぎたのだろう。今は滴る血液を拭うことも止血する時間も惜しい。


 本来は流れることのないそれが足跡となって床を汚していく。

 

 焦燥感に身体が追いつかないことに感情が泡立つ。

 

 能力を行使しようにも、先の戦闘で既に角はひび割れその限界を越えている。認めたくはないが満身創痍だ。


 壁に肩をぶつけ、倒れそうになる身体を強引に持ち直し、自らの不甲斐ない姿を美しかった回廊に映しながら、しかし決して立ち止まることはせず歩みを進める。


 一刻も早くたどり着かねば。




 その刻が訪れる前に。




 枢機へ。




 いつもであれば、到着するのに時間を要すことなどない王の間へ漸く辿り着く。

 破壊された大扉の向こう、その最奥に彼の偉大なる王は玉座に腰掛けることなくその足元に背中を預け、小さな肩を大きく上下させていた。

 私は一歩ずつ歩み寄り、崩れるように跪く、膝当てが地面を叩く音に気付いた我が王は薄っすらと目を開いた。私はその気配を察しながらも尊顔見ること適わずに言上する。


「王よ、申し訳ありません。私は……間に合わなかった」


 我が王は大きく息を吸い込み言葉を発する。


「何を言っている。俺は生きているぞ……。戦況は」

 

私はその現状に言葉を詰まらせる。


「ふん、卿が言わずとも総て解る。俺は、王だからな」


 私はその御言葉を受け一層頭を下げることしか出来ない。


「大義であったな。そして……残念であった」


 ”残念”という言葉が私の働きの成果に掛かる言葉でないことはその声色で伺えた。そしてその労いの御言葉に私は言葉を絞り出す。


「申し訳ありません。騎士の身でありながら、王に……此の様な」


 王は少し呆れられたような声ポケットから煙草を出して咥えながら


「暗い顔をするな。傷に障る」


と仰った。


「はっ」


 煙草の火が弱く王の手前へと広がっていく。そして王は甘い香りの煙を大きく吐き出し、もう一つ息を大きく吸って仰った。


 「……なぁ、卿よ。俺は、間違えていたのだろうか。領土を拡げ、国を統べ、護り、進めてきた俺は。王として誤っていたのだろうか」


 私は断固とする意志を以て顔を上げて申し上げる。


「いえ、そのようなことは決して。王の判断は常に正しく、その行いもまた道理です」

 

 我が王は少しいたずらな表情を浮かべながら


「では、こうなることも俺が導き出した正しき結末ということか?」


 その御言葉に返答を困る私をご覧になって


「ふっ、口が過ぎたな、赦せ」

 

 そう仰ると、王は咳き込んだ。それが煙草によるものでないのは口元に滴る血液から察せられる。


「王よ……私は」


 纏まらない言葉や感情がそこから先、どう言葉として紡ぐべきかを考えながら私は口を開く。その言葉を先に知っていたかのように王は


「卿は、良く尽くした、此処で少し休むと良い。咎があると思うなら、黙って此処に居ろ」


 その御言葉に紡ぎかけた言葉もより固く喉に引っ掛かった。やっと絞り出せた言葉。


「身に余るお言葉」


 王は玉座に頭を深くもたげ目を閉じながら仰る。


「俺も、少し疲れた。少しだけだぞ。」


 言葉が詰まったままの私に王は二呼吸ほどついた後に穏やかなお声で仰る。


「こうして、ゆっくり話すのも久しく思える。どうせお互いもう動けぬ身だ。それに……」


 我が王はそう仰って次の言葉を躊躇ったご様子で話を続けられた


「……。なぁ、卿よ」


「はい」


「セカイが終わるその日まで、君とここで話をしよう……」

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