突破口

 しかし、昆虫の習性である負の走光性を発揮するスカベラは、民家の影に隠れて俺達の視線を掻い潜る。新聞紙を丸めて血相をかいて台所で大立ち回りを演じた過去の伝来により、その厄介さは身に染みて分かっている。


「オラァ!」


 羽を広げてトーマスの一太刀を避けるスカベラの姿を視界の端で捉え、俺は苦虫を噛み潰した。生理的嫌悪感を催すゴキブリの形態から付かず離れない機能を持ったスカベラとの戦闘など、悪夢でしかない。


「他にもスカベラが潜んでるぞ!」


 姿形は見えずとも、周囲への注意を怠るなと注進するリーラルは、一匹目に邂逅したスカベラをトーマス、カイトウ、ウスラに任せて目を光らせた。


「加勢した方がいいんじゃないか?」


 手分けして巡視を続ける間にも、会敵したスカベラの攻勢は三人を蝕み、あえなく打ち倒されてしまう末路を辿るぐらいならば、皆が力を合わせて一匹のスカベラと向き合う方が事態を好転させるきっかけになるのではないか。


「いや、三人を信じて周りを警戒した方がいい」


 恐らくリーラルのこの判断は、より多くの生存を睨んだ合理的な思考によって弾き出されたものであり、悲喜交交な感情を随意に引き出して論ずる脆さは、俺が今回の依頼に参加して感じた周囲との認識のズレから解っていた。はっきり言おう。俺が今最も懸念しているのは、「復讐」の機会を逸する事だ。だからこそ、俺は三人の加勢に向かった。


「カイル!」


 リーラルには悪いが、スカベラに俺の仇を取られるなど本末転倒。手をこまねいて今までの道程をみすみす徒労にする、愚にも付かない巡視に傾倒する事は避けなければならない。


 その体躯を支え、俊敏性を担う六本足の一本が、カイトウの横払いを受けて地面に落ちた。バランスを失った椅子のように体躯が左に傾いて、危機感をまさぐる触覚の慌ただしさに、俺は一抹の光を見た。古来の人々が自分より遥かに大きな相手である、マンモスを狩猟していた事を考えれば、目の前の昆虫に恐れ慄いて白旗を上げるなど拙速な判断だ。カイトウの一撃に乗じて畳み掛けようと企むトーマスは、スカベラの頭部に向かって剣を振り下ろす。


 昆虫の驚くべき所は、人間の敵意を目敏く察知して手を伸ばした頃にはその場を離れる危機管理能力にある。そして足を使わずとも、自身に備える羽を利用すればトーマスの追撃から逃れる事は容易かった。ただし、逃げる先を読んだウスラの先回りにスカベラは気付けなかった。広げた羽を外骨格に仕舞う前にウスラの剣が襲う。それは甲冑の関節を狙って剣を滑り込ませるのと似て、対象物が大きくあればあるほど、その穴を突く苦労は少なくなり、着実にスカベラを追い詰める為の一手になった。


 猫に引っ掻かれたカーテンのように見る影もなくなった羽を、何度も広げ直そうと苦心するスカベラのちぐはぐな動作は攻勢に出るきっかけになり、トーマスは頭と腹を繋ぐ節に白刃を走らせ、カイトウとウスラが手分して残った五本の足を切り落とす。俺はそんな三人の追撃に加勢して、重層的な付属肢で構成される口器へ、切先の鋭利さを味合わせる。

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