、出現す

 俺の不安定な情緒から、軽はずみに口を開けば飛び火しかねないと思われたのだろう。一様に閉口し、知らぬ存ぜぬを一貫する。病院の待合室に比肩する重苦しい雰囲気が辺りに立ち込め、打開の方法を第三者に求めた。手前勝手なその考えに応じて、点幕からカイトウとウスラが揃って出てくる。


「待たせたな」


 三日間という日数を掛けてここに至った事を考えれば、殊更に苛立って「長い」と悪態をつくのは馬鹿げている。天幕の中で行われた会話の結果を雛鳥のように口を開けて待つのみであった。


「私達はここから南方に向い、エブリン村の調査を行う」


移動の際の重荷として働いていた甲冑は、調査という名目を掲げながら、スカベラとの戦闘を念頭に置いたドレスコードであり、漸く日の目を浴びる時がきた。


「ふー」


 緊張の色とはどうしてこうも青々しく、初々しさと紙一重なのだろうか。浮つく心は出し抜けに吹き込む風にこむら返り、腹部に力が入る。今にも震え出しそうな膝頭を足踏みを繰り返す事で取りなした。


「行くぞ」


 カイトウの宣言をきっかけに再び騎乗し、「エブリン村」での調査に向かう。荒涼たる灰色の大地にも、緑は数える程度に点在し、それはそのうち俺達を誘導するかのように増えていき、味気なかった灰色の地面はすっかり色付いた。風景と捉えるのに無理がない、打ち捨てられた石造りの民家がポツリポツリと目に入り始め、俺は「エブリン村」の一端に触れる。町外れに相応しい踏み均されて作られた人道の脇に生えた雑草や、水を打ったような静けさを通して、長い間手付かずにある町の在り方を目と肌で感じた。


「不気味だなぁ」


 昼間の活動時間をどれだけ有意義に使えるかが、人の営みに関わり、雑多な生活音が一つも聞こえてこないというのは、人間界から隔絶された土地の侘しさとして真に迫る。七人もの人間が集団を形成して歩く音はとりわけ大きく、異物感があった。


 この肌寒さは雰囲気に醸成されて感じ取った怖気なのか。それとも温度の変化を鋭敏に感じ取った冷覚によるものなのか。それらを区別する明確な判断基準は存在せず、寓意に言葉を用いて思い悩むより、ただ「寒い」とだけ定義すればいい。そうすれば、


「たしかに。少し、肌寒いかも」


 マイヤーの同調によって俺の感覚は定められた。町の奥へと続く荒れた人道の名残りを追っていれば、均整を失った石によって泣き崩れる民家の直ぐ隣に、自立する影法師を見つけた。まじまじと凝視を続けているうちに、影は色を差し、輪郭だけに留まらず形を分けて認識できた。それは、草の根を掻き分けていれば簡単に見つかるような、カメムシと似た外形をしており、黒々とした外骨格に節足動物ならではの節と細長い六本足を有する。そして、尻を支柱に世にも珍しい昆虫の立ち姿から察する、二メートルはあろうかという体長にひたすら度肝を抜かれた。まるで、人間が着ぐるみに身を包んでいるかのような奇妙さは、迂闊に近付く事を本能が忌避した。


「スカベラだ……」

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